57話 椥辻くんをちょっとだけ変身させよう大作戦
それは数日前のRINEでのやり取りに起因する。
渉:おぉ、我が親友よ!そなた、今週の予定はどうなっておるか!
誠:なんか急に仰々しくなったな? 土曜日は午前中バイト、午後はフリー、日曜日は凪紗先輩とデートだけど
渉:ヨシッ! なら土曜の午後は空けといてくれ!
誠:いいけど、どこか遊びに行くのか?
渉:それはその日のお楽しみにってことで
誠:なんだよ、気になるな
渉:それと、手持ちの資金に余裕は持っとくんだぞ!
誠:?????
渉:そゆわけで、!ーバダラサ
誠:一バダラサってなんだ?
そんなわけで、土曜の午前中は結依と香美屋のバイトに入り、昼前に上がった後、どこかで簡単に昼食を取ってから渉と合流する予定だったのだが。
「新條さんも、渉に呼ばれてたのか?」
午後の予定に、何故か結依も同行していたのだ。
「えぇとですね、一ノ瀬先輩から誘われたんです。意見を出せる人は一人でも欲しいからと」
「一ノ瀬さんから?」
渉の話をしているのに何故早苗の名前が挙げられるのか。
経緯は不明だが、結依も間接的ながら誠の午後の予定に関係するらしい。
イートインスペースのあるコンビニで簡単に軽食を取ってから、渉 (と恐らく早苗も)との待ち合わせ場所である、センター街の中心部に向かう。
「うぃーっす、誠ー」
「新條さん、こんにちはー」
先に待ってくれていたらしい、渉と早苗。
そして、
「待ってたわよ椥辻くん。新條さんも、こんにちは」
何故か梨央もここにいた。
「んん?これは、どういう状況だ?」
渉と早苗は分かるとしても、何故梨央までこの場にいるのか分からずに困惑する誠は、今日の集まりの立役者だろう渉に目を向ける。
「俺が全員呼んだんだよ、お前のためにな」
サムズアップをキメてみせる渉。
「俺のため?」
殊更どういうことかと誠は続きを促すと、
「簡単に言うと、『椥辻くんをちょっとだけ変身させよう大作戦』だよ」
その続きは早苗が答えてくれた。
"ちょっとだけ“なのに、"大“作戦と言うのは単なる響きの良さか。
「へ、変身?」
ますます呼ばれた理由が分からなくなる誠は、梨央に助け船を求めて目を向ける。
「まぁようは……椥辻くんを、凪紗に相応しいと誰からも思われるように仕立て上げよう、と言う話ね」
さらに結依からも、
「椥辻先輩と速水先輩のため、及ばずながらご助力しますっ」
最後にもう一度渉。
「今日はお前と速水先輩のために、みんな一肌脱いでくれる。そゆこった」
「渉……」
やはりと言うべきなのか。
普段はちゃらんぽらんでお調子者なのに、その行動力は人一倍。
梨央とは文化祭の時に一度顔を合わせているからまだ分かるにせよ、結依とはほぼ初対面のはず――誠が知らないだけで一度くらいは会っているのかもしれないが。
それでも誠の知人であるならばと、今回の作戦に協力を仰いだのだろう。
「持つべきものは友って言葉を考えた人は天才だな」
「だろ?」
誠の言葉に同調するように、ドヤ顔をしてみせる渉。
「そんじゃぁ早速、『椥辻くんをちょっとだけ変身させよう大作戦』、開始だ!」
渉の号令により、状況開始。
「それじゃぁ椥辻くん、まずは美容院ね」
最初にそう進言したのは、梨央。
立案したのは渉だが、詳しい進行は他女子三人がそれぞれ担当する運びだ。
「美容院ですか?」
「私の目から見ても、椥辻くんは少し髪に手を加えるだけでも化けると思うのよ」
今一つ分からない誠であったが、梨央が悪ふざけでいい加減なことを言うとは思えず、とりあえず信じてみることにした。
「美容院の予約も取ってあるから、まずはそこに行くわよ」
梨央に先導されて、後ろから渉達に押されるように、誠は美容院へ足を運んだ。
美容院にて、美容師は梨央のオーダー通りに誠を仕立て上げ、次は服を見繕うためカジュアルブランドに赴くことになった。
ちなみにここの担当は早苗だ。
「椥辻くんは線が細いって言っても華奢って言うほどでもないから、ここはシンプルスタイルで攻めたいと思いまーす」
楽しそうな早苗を前に、誠は「よ、よろしくお願いしまーす……」と気後れした声で応じた。
先ほどの美容院でも梨央があれこれとオーダーし、その通りに仕上げられるまでに随分時間がかかったのだ。
ここも同じくらいかかるのだろうか、と思うとげんなりしそうになるが、これも凪紗のためだと思うと自然とやる気が入った。
誠のポケットマネーでもお手頃価格で揃えられる大手ブランドなので、買い上げ点数の割りにそれほど出費しなかったので、彼としてもありがたかった。
そうして最後は結依の担当だ。
「えぇと……最後の小物は、僭越ながらわたしが担当させていただきます」
ぺこんと頭を下げる結依が案内したのは、アクセサリーショップだ。
髪と服は分かるとしても、小物まで追求する必要はあるのだろうかと誠は呟いたが、
「髪と服装さえ整えれば自分にもチャンスがあると、他の人にそう思われてもいいんですか?」
そう結依に言われてしまえば返す言葉が無く、誠はもう一度気合いを入れ直して、小物選びに取りかかった。
美容院、カジュアルブランド、アクセサリーショップの三門を回り終えた頃には、もう辺りは暗くなりつつあった。
「いやー、思いの外時間かかったな」
渉は背伸びする。
彼は何をしていたのかと言うと、同じ男子の目から見た感想を述べる役回りだった。
「ありがとうな、渉」
「いやいや、俺よりもお三方に礼を言ってくれや」
俺はただの立役者だしな、渉は梨央、早苗、結依の三人を指した。
「これなら、凪紗の隣に立っても恥ずかしくないわね」
「うんうん、椥辻くんならきっと大丈夫だよ」
「先輩、明日のデート、頑張ってください」
三者三様から励ましの言葉を受けて、誠は深く感謝した。
明日は凪紗とのデートだ。




