51話 たとえ非難を浴びようとも、大切なもののために戦う姿は尊い
放課後。
誠は香美屋のバイトに、渉はサッカー部の部活に、早苗は風紀委員の集会に、それぞれ赴く。
早苗の、誠に対するよそよそしさはまだ拭えそうに無かったが、一朝一夕でどうにかなるものではない、時間の経過が必要になることもある。
今しばらくは気まずくなるか、と思いつつも誠は、なんとか笑顔を見せてくれる早苗に会釈を返して、教室を後にしていく。
階段を降りようとしたその時、
「あ、椥辻先輩。こんにちは」
ちょうど四階から降りてきたのだろう、結依に声をかけられた。
「あぁ新條さん、こんにちは」
「おめでとうござ、っ」
おめでとうございます、と言いそうになったのか、結依は途中まで言いかけてぱっと手で口を隠した。
凪紗とのお付き合いのことを言いかけたのだろうが、口止めをお願いしていたことを咄嗟に思い出したか。
「ンンッ、先輩も今から香美屋ですか?」
誤魔化すようにわざと咳払いしてから。
「うん。一緒に行こうか」
バイト先が同じなら、結依と一緒になっていても不自然ではない。むしろ、周囲から見た凪紗との関係性を薄弱化させるカモフラージュにもなる。
そうして並んで二階にまで降りてきたところで、その光景に気付く。
「なんでしょう?」
三年三組の教室の前に人集りが出来ているのを見て、結依は何事かと小首を傾げている。
その人集りが、何故出来ているのかを知っている誠は、不快さが表に出ないように堪えつつ、なに食わぬ顔をしてみせる。
「あれだよ、"城塞攻略”」
「城塞攻略?えぇと、速水先輩のことですか」
「前の文化祭の演劇の影響で、またさらにモテるようになったらしい」
渉からの受け売りだけど、と心の中で付け足していると、結依から案じるような視線を向けられる。
「……いいんですか?」
「何が?」
結依は一度周囲を確かめてから、小声で。
「その……"彼女さん”が、他の人に言い寄られているのに、と」
「……嫌に決まってるだろ」
思わず、声に険を帯びせてしまう誠。
人並みの独占欲があるくらいには、自分も聖人君子ではない自覚がある。
あの"不攻不落の速水城塞”の凪紗だから仕方無い、と言えば仕方無いし、学園内ではお付き合いしていることは隠すと二人で決めた取り決めを無碍にしたくもない。
あんな不愉快な光景などこれ以上見たくないので、振り払うように階下へ踵を返そうとして、
――人集りが三年三組の教室の中へ雪崩れ込み、途端に騒がしくなるのを見て、その足を止める。
「椥辻先輩?」
結依の声は耳に届かず、気が付けば誠の足は三年三組の教室へ向いていた。
教室の中は、凪紗と梨央の周りを"城塞攻略者”だろう多数の男子生徒に囲んでいる。
「だから、とりあえず聞いてくれよ!」
「大事なことなんだよ!」
「せめて気持ちだけでも!」
皆が皆、凪紗と梨央が心底迷惑そうな顔をしていることに気付きもせず――気付いたところでその意味を解さないだろうが、我先に好き勝手な主張を繰り返すばかり。
「ちょ、ちょっと凪紗、これなんかヤバいんじゃ……?」
「梨央は口を挟まないで。私が片付けるから」
"お断り”するのではなく、"片付け”呼ばわり、それも当人達を前に堂々と言ってのける。
この時点で脈など欠片も無いのは分かりきっていると言うのに、まだこの場に居座ろうとする"城塞攻略者”達。
「はいはい、お取り込み中すいません、ねぇッ!!」
誠はその、渦中の中へ飛び込むように割り込み、「ねぇッ!!」の部分と共にダンッ、と足音を立てて威圧し、守るように凪紗の前に立つ。
そうすると、彼らの視線が誠に集中する、
「……あ?何だよお前」
「こいつ、文化祭でフレデリックの代役やってたやつだぞ」
「そいつが何でここに……」
誠に向けられる視線は明らかに敵意のそれだった。
けれど、もはや誠にここで退くと言う選択肢は無かった。
「まっ……な、椥辻くん」
一瞬下の名前を言いかけた凪紗だったが、咄嗟に口を噤んで名字で言い直す。
「凪紗先輩、ここは俺に」
敢えて周囲の全員に聞こえるように、凪紗を下の名前で (先輩付きで)呼びつつ。
「速水さんを下の名前で呼びやがったぞ、こいつ」
「あぁ、そうだ」
今にも殴りかからん勢いの"城塞攻略者”達を前に、誠は――
「だって俺は――凪紗先輩の彼氏だからな」
堂々と、そう告げた。
「はぁっ!?ウソだろ!?」
ハッタリにしては度が過ぎている、と言いたいのだろうが、残念ながらこれはハッタリではない。
「ウソなもんか。俺は、凪紗先輩と付き合うことになった。だから、先輩の恋人は俺だ」
「誠……」
誠の恋人宣言に、凪紗は思わず彼を呼び捨てにしてしまう。
「へぇ……やるじゃん」
凪紗の隣にいる梨央も、感心している。
「いやっ、ウソだろ速水さん!?」
ここまで堂々と恋人宣言しているにも関わらず、まだ分からない者もいる。
「うぅん、ホント。私の彼氏はこの人、椥辻誠くん」
だから、と一拍挟んでから。
「――君達が言うところの"不攻不落の速水城塞”とやらは、もう陥落済みだよ。"ゴメンナサイ”」
ごめんなさい、の部分を取って付けたように、なおかつ強調するように棒読みする凪紗。
「先越されたのか……俺達は……」
「俺は信じない……信じないぞ……」
凪紗の口から告げられた"陥落済み”宣言に、何人かはまだ認められないようだが、
「はいはーい、そう言うことだから。解散解散!他の人も、見世物じゃないのよー」
梨央がパンパンと手を鳴らしながら、"城塞攻略者”達やそのギャラリーを追い払い、周囲はとぼとぼと教室から出ていく。




