42話 不攻不落の速水城塞、陥落
「あーーーーー……確、かに」
それは、誠にも理解できた。
何せ少し前に、凪紗が誠に対して「お礼がしたい」と言っただけで、学園中が大炎上したのだ。
そんな矢先に『"不攻不落の速水城塞”の陥落 (ガチ)』を聞こうものなら、火薬庫で花火大会、あるいはガソリンスタンドでファイヤーダンスだ。
「俺達のことは、誰にも知られないようにしますか?」
「それは無理。私が椥辻くんのことを好きだって言うのは、もう梨央に読まれてるから」
「梨央?えぇと、柿原先輩か」
誠は脳裏に、赤茶けたショートヘアの三年生を思い浮かべた。
「まぁ、梨央は口が固いから、あの娘から言い触らすことは無いよ」
100%完全にバレないとは思わないけど、と付け足す凪紗。人の噂など、どこからどうなるか分かったものではないからだ。
「よかった。……それで、とりあえずは隠し続けるとして、もし訊かれたらどう答えますか?」
「嘘ついちゃおっか」
「嘘ついちゃうんですか」
「嘘ついて身を守るか、正直に言って身を危険に曝すか、どっちがいい?」
「大袈裟だって笑えないのが笑えないですね……仕方無い、今しばらくはそうするしかないか」
不本意、全くもって不本意ではあるが、致し方無し。
誠も具体的な解決策が無いため、とりあえず先延ばしだ。
二人して他愛もない話をしている内に日も暮れ始め、校庭の中央に木材が積み立てられ、赤々とした炎を灯す。
「キャンプファイヤー、始まりましたね」
「始まったね」
火の粉が夜空へ舞い上がる様を、三年三組の教室の窓からぼんやりと眺める二人。
「ねぇ、椥辻くん」
「はい?」
「さっき、付き合い始めた男女が、最初にすることって何?って話をしてて、お互いのご家族とか友達に挨拶するって案が挙がって、それはしない方向になったけど」
「あ、でも、香美屋のマスターとか、新條さんには話しておいた方がいいと思います。後々で余計な詮索とかされても困りますし」
香美屋のマスターや結依なら、付き合っていることを黙っていてほしいと口止めしておけば、勝手に言い触らしたりはしないだろう。
「そうだね。それなら……明後日の振替休日って、椥辻くんはバイト入ってる?」
今日が文化祭、明日が文化祭の後片付けとなっており、明後日はその振替休日になっている。
「その日は入ってなくて、その翌日の放課後から入れてます」
「ふむふむ」
そう言いつつも、凪紗は自分のスマートフォンを取り出し、予定を確認している。
そこで誠は一度固唾を飲み込み、
「その、振替休日なんですけど……その日、俺とデートしませんか?」
――恋人をデートに誘った。
「デート?デート……デエト!?」
訊き返し、考え込み……驚愕した。
「よ、よくよく考えたら、お互いの家族や友達に挨拶は、『しなければならないこと』であって、俺と速水先輩が『したいこと』はなんなんだろうって思いまして」
「デ、デ、デートって、あの、休日に、男女が、二人きりで、お出かけするって言う、あのデート?」
「そうです、そのデートです。いや、どのデートかは分かりませんけど、多分それで合ってると思います」
「……誰と、誰が?」
「俺と、速水先輩が」
「な、なるほど」
しばし、沈黙。
ややあって、凪紗はおそるおそる挙手した。
「な、椥辻くん先生」
「何故先生呼ばわり?」
「デートって、何したらいいんでしょうか?」
「……そこからですか」
そう、そこからである。
誠なら、早苗と言う親しい女友達と、その周りとの付き合いもあるため、延長線上ではあるものの、"男女のお付き合い“に関する知識とイメージはある。
が、問題は凪紗の方である。
自分に言い寄ってくる男なんて大抵ロクでもない、と公言しているくらいなので、同年代の男子とどうこうするなど考えたこともない。
そんな彼女に、この日いきなり恋人が出来たのだ、故に「デートって、何したらいいんでしょうか?」と言う質問が出たのだが。
「(もっと俺の方からエスコートするべき……でも先輩の心情を考えると、ぐいぐい引っ張るのも良くないだろうな)」
エスコートはしつつも、凪紗のペースにも合わせる。難しい匙加減だ。
「えーーーーー、と。速水先輩、明後日の予定が既に入ってたり?」
まずは、凪紗の予定確認から。
「入ってないね」
予定はない、つまりはフリーだ。
「よ、よし。じゃぁ、明後日は俺とデートしませんか?」
次に、デートをするか否かの確認。
「デ、デートするのはいいけど……何をするかって話をしてたわけで」
「俺とデートすること自体は、大丈夫なんですね?」
「う、うん、大丈夫、頑張る」
デートすること自体に問題は無し。
ならば。
「今晩の内に、俺がデートプランを考案します。明日、それを先輩も確認して、問題無いならそのまま明後日デートへ。これでどうでしょう?」
「椥辻くんが考えてくれるの?」
「先輩がどこか行きたい場所とかあるなら、そこをベースにして考えますよ」
「や、リクエストとかは特に無いから。えぇと……椥辻くんにおまかせ、と言うことで」
「おまかせですね。分かりました、ベストを尽くします」
100%満足させられるのは難しいが、それでも可能な限り楽しませてあげたい、と言う誠の心からの善意だ。
――やがて本格的に辺りも暗くなり、キャンプファイヤーの周りでフォークダンスを踊る男女の姿も見られるようになる。
その様子を眺めながら。
「速水先輩」
「ふぁっ、ふぁいっ!」
誠に急に話し掛けられて、凪紗は背筋をピンと伸ばしながら反応する。
「そ、そんなに驚かなくても」
いきなり凪紗に驚かれて、誠も驚く。
「ご、ごめん、急に話し掛けられたから、びっくりしちゃった。それで、なんて?」
お互い落ち着き直してから。
「これから、よろしくお願いします」
「あ……こ、こちら、こそ、よろしくお願いしま、す……」
互いに、深く頭を下げ合った。
――今ここに、"不攻不落の速水城塞“が陥落した。




