34話 理由理屈はどうであれ祭はとにかく楽しめ
二年二組のお化け屋敷から出でる涙と悲鳴は、新たな犠牲者を呼ぶ狼煙となる。
そろそろ最初の90分に差し掛かろうと言う時に、交代の生徒がやって来て、受付を担当していた早苗はそれぞれのポジションを離れる。
早苗が幽霊のコスチュームから制服に着替えてくるのを待ってから。
「お待たせ、椥辻くん」
「お疲れさん」
「いやぁ、すごい人気だねぇ……」
「ほんとにな」
今なお聞こえてくる断末魔が、自分達が作り上げたお化け屋敷の完成度を語っている。
「それじゃぁまずは……速水先輩のクラスの演劇だっけ?」
「あぁ、そろそろ第二公演の時間だ」
凪紗が主演の三年三組の演劇は、前評判もあって凄まじい人気らしく、座席数が足らずに立ったまま観覧していた者もいるほどらしい。
「どんな内容かなぁ」
楽しみ、と嬉しそうに笑う早苗だが。
「(まぁ、俺は原作小説も読んだから、ストーリーは全部知ってるけど)」
実のところ。
誠は台本だけに飽き足らず、それの元になった原作小説もネット小説サイトで読んでいた。
タイトルから検索したそれは、コミカライズ化もされていたらしく、それ相応の評価もあった。
実際にそれを読んでみても、読みやすく面白く、その内容の台本への落とし込みも絶妙であり、かなり計算されて作られていたと思われるほどのものであった。
そのおかげもあってか、誠は台本の台詞を全部覚えるほど読み込んだものだが、それを凪紗にRINEで呟いたら、『プレッシャーかけてくるね……』と苦々しそうに返信されたものだ。
まぁそれもこれも、実際に劇を見てからだな、と誠は早苗と一緒に三年三組の教室へ向かう。
公演直前と言うこともあってか、既に教室前には行列が出来ており、複数人の生徒が列の整理を行っている。
『最後尾はこちら!』と言う看板を掲げる生徒の元へ向かい、そこで待機。
「大変長らくお待たせしましたー!お入りくださいませー!」
公演時間が来たようで、案内に従って教室の観覧席へ。
【追放聖女、隣国皇子に溺愛される ~その聖女の加護、無限じゃありませんよ?~】
美しい黒髪を持つ豊穣の聖女『アクア=ラピスラズリ』は、真の聖女を自称する『ダリア=ヘマタイト』に謀られて、デュランダル王国第一王子『ダニエル=デュランダル』から一方的な婚約破棄と王国からの追放を命じられてしまう。
アテも無く放浪していたところに、アクアは隣国のミレニアム皇国の第一皇子『フレデリック=ミレニアム』に拾われ、ミレニアム皇国に迎え入れられる。
アクアはミレニアム皇国で聖女の力を振るい、皇国は急激にその国力を増し、やがてフレデリックに見初められて溺愛される毎日を送る一方、アクアの加護を失ったデュランダル王国は、坂を転げ落ちるように凋落を始め、真の聖女を自称していただけの無能であったダリアと婚約してしまったダニエルは、"本物の聖女”であるアクアを取り戻そうと画策する。
しかしその動きを察知していたフレデリックによって、アクアを拉致しようとしていた決定的瞬間を捉えられ、聖女アクアの拉致を目論んだとして断罪される。
やがて国力を維持できなくなったデュランダル王国がミレニアム皇国へ降伏、真の聖女を詐称していたダリアもまた断罪され、ミレニアム皇国はさらなる躍進を遂げ、アクアとフレデリックは結婚、いつまでも幸せに過ごしましたとさ――。
拍手、割れるような拍手が、三年三組の教室に響き渡る。
「いやぁ、面白かったね」
まだ興奮してるよ、と早苗は余韻に浸っている。
「役者さんの演技もプロみたいだったし、完成度高かったな」
原作小説を読み通した誠でさえも納得の演技だった。
余韻も冷めやらぬ内に、そろそろお昼時が近付いてくる。食べ物屋の出し物はここからが本番だ。
「そろそろごはんにしよっか」
お腹も空いてきたし、と言う早苗の意見により、まずは腹ごしらえだ。
「それなら、新條さんのクラスの出し物に行こうか。中庭で焼きそば屋さんをしてるみたいで、けっこう美味いって評判らしい」
「焼きそばは定番だね、うんうん」
双方不満もなく、誠と早苗は中庭へ向かった。
屋台が立ち並ぶ中、一年一組の焼きそば屋の周りには人集りが出来ている。
「焼きそばお求めのお客様ー!こちらからお並びくださーい!」
列の整理を呼び掛ける生徒に従い、並んでいくお客の中に、誠と早苗も混ざる。
屋台の中には、香美屋でも着用しているエプロンを着けた結依が湯気を立ち昇らせる鉄板の前で切り盛りしている。
「はーい、焼きそば二人前ですー!」
出来上がった焼きそばを隣のスペースに置いている大皿へどかっと放り込み、盛り付けとパッケージングは別の生徒が担当していく。
すぐ近くで焼きそばを啜っている生徒達からは、
「この焼きそばうんまっ!屋台レベルじゃねぇよこれ!」
「やっべ、もう一個買うわ」
と言う声が聞こえてくるあたり、評判通りのようだ。
列が進み、誠と早苗が結依の前に立つ。
「いらっしゃいませ、あっ、椥辻先輩と、えぇと……一ノ瀬先輩」
ぺこりと会釈する結依だが、焼きそばを焼く手は一切の淀みが無い。
「こんにちは新條さん、凄い人気だな」
「はい、想像以上に忙しいです。二人前ですか?」
「うんうん、二人前お願い」
早苗が二人前のオーダーをすると、結依はすぐさま「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」と焼きそば屋らしからぬ丁寧な言葉遣いで了承した。




