30話 片付けしよう、そうしよう
帰りのホームルームを終えてから、凪紗に台本を返すべく、誠はすぐに三年三組の教室に向かおうとした。
向かおうとは、したのだ。
しかし、その三年三組の教室の近くまで来ると、何故か人集りが出来ている。
見れば人集りは、男子生徒ばかりだ。
「(あれってまさか、全員"城塞攻略者”?)」
数えなくても20人はいるだろう。
あれらが全て"城塞攻略者”だとしたら、
「(まずい、ここにいたら何されるか分からないぞ……)」
拉致して私刑ぐらいは普通にするだろう、と誠は慌ててその場から立ち去った。
一旦、二年生のクラスの階層にまで戻ってから、どうしたものかと頭を悩ませる。
今日は香美屋のバイトは入っていない。
そこで待っていれば凪紗は来るだろうが、必ず来るとは限らない。
彼女の自宅にポスティングするしかないか、と思いかけた時、ポケットの中のスマートフォンがRINE着信のバイブレーションを発した。
一応、周囲に教員や用務員がいないことを確認してから、スマートフォンを取り出して通知を見ると、凪紗からのメッセージだった。
凪紗:もしかして私の台本持ってる?
どうやら凪紗も、どこで台本を紛失したのか心当たりがあったようだ。
誠:持ってます 昼休みの時すぐに気付けなくてすいません
凪紗:よかった ありがとう
サンキュー!と言うスタンプが貼られてから、
凪紗:椥辻くんは今日も香美屋でバイト?
誠:いえ、今日は休みです
凪紗:なら手間かけて悪いんだけどウチに届けてくれる?学園で会うのは良くないから
誠:了解です ポストに入れときましょうか?
凪紗:ポスティングじゃなくて家に来てほしいかな この前のお礼もしたいし
「ン"ン"ッ!?」
家に来てほしい、この前のお礼もしたい、と言う文面を見て、誠は思わず声をあげそうになって、辛うじて喉元に押し留めた。
「(家に来てほしい、この前のお礼って……いや、でも、俺に対しては色々寛容と言うか信用してるって言ってたし、まさか……!?)」
瞬間、誠の中で凪紗と『あーんなこと』や『こーんなこと』をする妄想が繰り広げられる。
待て待てさすがにそれはどうなんだと頭を振る誠だが、こんな展開は二度と有り得ないだろう。
落ち着け落ち着けと誠はすぐに返信する。
誠:何時くらいに来たらいいですか?
少し間を空けてから。
凪紗:5時くらいで
誠:分かりました、それくらいに行きますね
凪紗:それじゃまた後で
バイバーイ!とスタンプが貼られるのを既読してから、誠はスマートフォンをポケットに戻した。
「(もし、速水先輩の言う"お礼”が、俺の想像通りだとしたら……だと、したらッ)」
「そんなわけがあるか」と言う常識的な理性と、「いやもしかしたら」と言う期待感がせめぎ合いながら、なに食わぬ顔をしつつ誠は下校する。
17時の五分前になって、誠は凪紗の住むアパートの201号室の前に立った。
恐らく凪紗は既に帰宅しているだろう。
今日、自分は凪紗と一線を越えた関係になるかもしれない。
いやだからそれは無いだろ、とセルフツッコミを自分で入れてから、インターホンを鳴らす。
『あっ、椥辻くん?もう来ちゃったの?』
「そうです、椥辻です。そろそろ5時になるので」
『えっ、もうそんな時間!?ちょ、ちょっと待っ、あっ、やばっ、あっ!』
ドタッ ガタバタゴンッ ガシャーンッ カタンッカココンッ……
「ちょっ、どうしました!?大丈夫ですか先輩!?」
今何かすごい音がドアの向こうから聞こえてきた。
『だ、大丈夫、ちょっと転んだだけだから』
インターホンで応対している時にどうやって転んだのか。
『えぇと……あと五分、五分だけ待ってて!』
それだけ言うと、一方的に通話を切られてしまった。
「………………一体何してるんだ?」
待てと言われたからには、もう五分ほど待つ。
五分とは言ったが、実際には八分ほど待たされてから。
「お、お待たせ……」
なんだか疲れた顔をした凪紗が玄関から出てきた。
「何してたんですか?」
「へ、部屋の片付けと掃除……椥辻くんが来るなら、少しでもやっておかなきゃって、大慌てで」
「あぁ、なるほど」
確かに他人を自宅に招くのに汚いままでは上げたくないだろう。
誠は凪紗の脇から部屋の様子を見ると、
「……通り道作っただけじゃないですか?」
脚の踏み場すらまともでなかった前回と比べれば、歩いて通れるだけの余裕はある。
が、それは『とりあえず端に寄せただけ』であり、とても「片付けた」とは言えない有り様だ。
「じ、時間が無かったから」
「常日頃からやっておかないから、いざって時にこうなるんでしょう」
「うぐっ、またしても正論を……」
「正論を否定したいなら、まずは行動で示してください」
「………………お言葉ごもっとも」
違うそうじゃない、今日は凪紗の部屋にダメ出しをしに来たのではない。
ない、が、片付けの「か」の字もなっちゃいないこんな部屋では興もヘッタクレもない。
カチリ、と誠の中でスイッチが入った。
「先輩、この部屋掃除していいですか」
それは、『汚部屋絶許慈悲無』に基づく、誠の堪忍袋の緒が"キレ"た音だ。
「え?」
「お礼がしたいと言っても、こんな有り様じゃ気が散るどころじゃありません。で、この部屋掃除していいですか?掃除しますよ?はい決定、異論は認めますけど聞きません」
「もう、好きにして………」
誠の目が黒く据わる時、凪紗の細やかな抵抗など無に帰す。
"不攻不落の速水城塞”、その居城の完全攻略が始まった――




