23話 嘘は本当になるが、真実は誤解にならない
"不攻不落の速水城塞“の陥落と言う噂は、一夜の内に沈静化しつつあった。
誠の弁解や、早苗や渉が発信した事実も理由のひとつではあるが、一番の沈静化の要因は、凪紗自身による否定だろう。
誠が時の人と化したのを同じくして、凪紗もまた時の人となったのだが、
「 は ? 」
と言う氷点下の一言が、『嘘か本当かはどうでもよくて、とにかく自分にとって面白いようにわざと誤解したくてたまらない』姦しい連中を怯え竦めさせ、
「彼、"城塞攻略者“(失笑)じゃないけど?」
と、"不攻不落の速水城塞“の顔と声で言ってのけるものだから、野次馬根性丸出しの連中を茫然自失にさせる。
つまり、凪紗にとっていつもと全く同じ、有象無象の雑魚を踏み潰していくようなものだった。
そのようなこともあって、三年生周りは特に混乱も暴動も起きること無く、粛々と"不攻不落の速水城塞“の陥落と言う誤情報は取り下げられつつあった。
しかし、ただ一度の偶然に相違は無いにせよ、あの"不攻不落の速水城塞“が男子に気を許したと言う事実はあまりにも大きく衝撃的であり、完全な終息にはまだまだ時間がかかりそうだ。
そんな中で。
「ねぇ椥辻くん。今日さ、バイト先に行ってもいいかな?」
休み時間、早苗は誠にそう切り出した。
「ん?それはいいけど、って言うかわざわざ俺の許可とか取らなくてもいいよ?普通にお客さんとして来てくれるなら歓迎だ」
「それはそうなんだけど、わたし、そこの場所知らないし……だから、ね?」
「つまり、連れていってほしいってことか」
「そうそう。今日は委員会の仕事もないから、放課後すぐでも大丈夫だよ」
和気藹々と話す誠と早苗。
その二人の間に割って入ってくるのは、
「おぅおぅなんだ、二人で放課後デートの予定か?俺も混ぜてー!」
もちろんこの男、渉である。
「デ、デート!?ち、違うよ!?今日の放課後、岡崎くんの叔父さんのお店に行こうって話で...…!」
「混ぜてーって、渉。お前今日もサッカー部の部活あるだろ」
慌てる早苗とは反対に、誠は至極冷静に切り返す。
「ぐはっ、そうだった……俺も誠の仕事姿を一目拝みたいと思ってるんだけど、なかなかどうしてタイミングが悪い……!」
だばー、と滝涙を流す渉。それもすぐに立ち直って。
「つっても、香美屋は古い喫茶店だし、お客も爺さん婆さんばっからしいから、面白みがあるかどうかは、微妙だけどな?」
「喫茶店に面白みを求めるって言うのも、なかなか新しい発想だな……」
渉の的を外した見解に、誠は苦笑するしかない。
それと同時に、
「(一ノ瀬さんが香美屋に来るなら、速水先輩に一言言っておくべきだな)」
と腹積もりを決めていた。
元より凪紗は、学園での顔見知りとの関わりを避けるために香美屋に通っているのだ。
結依のようなケースは多少仕方ない面はあるが、結依も凪紗が頻繁に香美屋へ来ることを他人に言い触らしたりはしないだろう。
が、これ以上凪紗の実情を知る人間が増えると、どこから情報が漏洩しないとも限らない。
昼休み辺りに凪紗に伝えようかと思った誠だが、そこで一度待ったをかけた。
「(いや、学園内で俺の方から速水先輩に接触するのはまずいか……)」
昨日の今日だ、『椥辻誠が"不攻不落の速水城塞“を陥落させた』と言う誤報はまだ完全に消えていない内に凪紗と接触すれば、周囲は「やはり噂は本当だった」とわざと誤解する。間違いなく。確実に。賭けてもいいだろう。
となると、早苗が香美屋に来店することをどう伝えるべきか。
「(俺が話し掛けても不自然じゃなくて、なおかつ速水先輩とも接点がある人……)」
該当者は、一人しかいなかった。
昼休みに入るまでに、誠は授業中にペーパーメールを書き綴り、しっかり四ツ折りにする。
そして昼休みに入ってすぐに、誠は一年一組の教室に向かった。
廊下から教室を伺い、つい最近に見覚えるようになったベージュ色のふわふわヘアを発見する。
数人の友達と机を囲んで弁当を広げている。
勝手に入るわけにもいかないので、教室に廊下から手近にいた男子生徒に声をかける。
「君、ちょっといいかな?」
「はい?俺すか?」
「そう。そこにいる、新條結依さんを呼んでほしいんだ」
「はぁ、はい」
特に不満を言うことなく、男子生徒は結依を呼び、廊下まで連れてきた。
「こんにちは、椥辻先輩。何かご用ですか?」
「新條さん、いきなりで悪いんだけど、この手紙を三年三組の、速水先輩に届けてほしい」
「速水先輩に?でも、どうしてわたしが?」
自分で渡せばいいのでは、と言う結依の疑問は尤もだろう。
「その……ほら、今、俺と速水先輩って、付き合ってるんじゃないかって噂があるだろ?実際は違うけど。それで、香美屋に関することで大事なメッセージがあるんだけど、連絡先知らないし、俺から先輩に直接伝えに言ったら、また妙な噂が立つかもしれないから、新條さんにメッセンジャーをお願いしたいんだ」
「香美屋に関すること、ですか……とにかく分かりました」
誠はポケットからペーパーメールを取り出して、結依に手渡す。
「放課後までに渡してくれればいいから、頼む」
「はい、確かに承りました」
結依が頷いてペーパーメールを懐にしまうのを確認してから、誠は「ありがとう」と会釈してすぐに自分の教室へ戻る。




