22話 自分の長所が周囲の反感を買うこともある
「椥辻君、手間で悪いんだけどね、帰りは新條ちゃんを送ってやってくれるかな」
店内掃除もそろそろ終わると言う時、マスターは誠にそう頼んだ。
「そうですね、もう外も暗いですし」
誠もその頼まれた意味を理解し、一も二もなく結依の送迎を引き受けようとしたが、その送られる側である結依は慌てて断ろうとしてきた。
「あの、わたしなら大丈夫ですから」
「新條ちゃんは知らないから言っておくけども、少し前にここの常連さんが、ストーカー被害に遭ったことがあるんだよ」
マスターは凪紗のことをぼかしながらも、少し強い口調で結依の遠慮を遮った。
「す、ストーカー、ですかっ」
「センター街はまだ明るいけど、外に出たらもう暗い。新條ちゃんみたいに可愛らしい娘が一人で歩くにはちょっと危ない。そうだね?椥辻君」
いきなり同意を求められたが、誠は慌てることなく頷いた。
「はい。そんなわけだから新條さん、途中までは送るよ。頼りないボディーガードで申し訳ないけどな」
後半部分は自嘲ついでの冗談で言ったつもりの誠だったが、
「そ、そんなことは、ない、と思います……」
一応、躊躇いがちながらも、結依は否定してくれた。
「はは、新條さんは優しいなぁ」
掃除道具も片付けて、エプロンから制服のブレザーの上着に着替えてから
「ではマスター、お疲れ様でした」
「お、お疲れ様でしたっ……」
「はい、お疲れ様。二人とも今日もありがとうね」
マスターに見送られて、誠と結依は香美屋を出てセンター街の地上へ上がる。
「新條さんの家は、この近く?」
「いえ……わたし、電車通学ですから」
「そっか」
駅までで大丈夫です、と言う結依は、どこか誠と距離を取っている。
「まぁ、会って間もない男に途中までとは言え、一緒になって歩くのは、さすがに抵抗があるか」
多少なりとも警戒されるのは当然だな、と誠は結依の行動を疑問に思うこと無く、駅の南改札口まで先導する。
「いえ、あの……抵抗、と言うか」
会話をするためか、結依は少しだけ誠との距離を詰める。
「その……椥辻先輩も、電車通学ですか?」
「いや?俺は徒歩圏内。ここからでも十五分くらいで帰れるよ」
「そ、そうでしたか、良かった……」
「良かった?」
何が良かったのかと訊ね返す誠。
「あっ、いえっ、その、…………」
何か誤魔化そうとしたようだが、思うところがあったのか、結依は自分のことを話し始めた。
「マスターさんから聞いてるとは思いますけど……わたし、これまでいくつかアルバイトをやってみても、長続き出来なかったんです」
結依の「長続き出来なかった」と言う言葉にどこか引っ掛かりを覚えた誠は、「うん?」と続きを促す。
「その……自分で言うのもなんですけど、料理を作るのが趣味と言うか、得意で。だから、飲食関係のアルバイトなら上手く働けるんじゃないかって思ったんですけど……」
飲食関係のアルバイトで、調理に慣れているのは大きなアドバンテージだ。現に誠自身がそれを体感しているのだから。
長続き出来なかったとは言え、飲食関係のアルバイトをいくつかこなしてきたと言うのも、香美屋で採用された理由としては大きいだろう。
それが人間関係の失敗にどう繋がったのかと言えば。
「上手く行きすぎたんです。他の人よりも早くに仕事を任されるようになって。それは良かったんですけど、それが他のバイトの人にとっては気に入らなかったみたいで、その、陰口とか言われたり、嫌がらせされたりとか……環境を変えて、他のアルバイトもやってみたんですけど、どこも同じような感じで……」
酷い時は「見た目が可愛いから気に入られてるだけ」と言われたこともあります、と結依がそこまで溢したところで。
「……なんだよ、それ」
誠は、結依を取り巻いていた環境に憤った。
「どうかしてるだろ、そこのバイト連中!そこは「自分も頑張らないと」って思うところなのに、なんでそこで相手を貶したがる!?」
「ひっ」
誠の荒げた声と怒気に結依は思わず竦む。
「……ごめん、ちょっと熱くなった」
でも、と誠は憤りを溜め息に変えて吐き出した。
「新條さんが、「長続き出来なかった」って意味がやっと分かったよ。『長続きしたくても周りがそうさせなかった』んだな」
「そ、そこまでは言ってません。それに、わたしが悪いところだってあったと思いますし、だったら少しくらい手際を悪くすれば良かっ……」
「新條さんが悪かったところなんて、何も無いだろ。いや、俺が断言出来るような立場じゃないし、話を聞く限りだから実際はどうだったか知らないけど。少なくとも、俺が新條さんと一緒にその職場で働いていたら、そいつらを怒鳴り散らして、いいや今からでも怒鳴り込みに行ってやろうか」
周りの妬みを買わないためにわざと手際を悪くするなんて考えられない、と誠は強い言葉で結依を肯定する。
「あの……椥辻先輩」
「あぁごめんな、嫌なこと思い出させて。でも、それはいくらなんでも酷すぎる」
「違うんです。ちょっと、嬉しかったんです。わたしのために怒ってくれて、溜飲が下がったって言うんでしょうか」
結依は俯いていた顔を上げて誠と目を合わせて。
「ありがとうございます。わたし、椥辻先輩と一緒だったら、頑張れそうです」
「別に俺が一緒じゃなくても、新條さんなら大丈夫だと思うけど」
「先輩が一緒だから頑張れるんです」
「お?おぉ、そっか……」
結依の食い気味の強い口調に、今度は誠が思わず竦む。
駅の南改札口前に着いて。
「それじゃぁ椥辻先輩、お疲れ様でした」
「お疲れ様。新條さん、気を付けてね」
「先輩もですよ。また明日、学園か、香美屋で」
あ、電車来ちゃう、と結依は少し慌ただしく会釈して、ホームへ急いでいく。
彼女の姿が駅の中へ入っていくのを見送ってから、誠も踵を返した。
これからの香美屋での勤務を、少し楽しみにしながら。




