21話 それが独占欲であることを彼女はまだ知らない
新年明けましておめでとうございましたがもっさんのやること為すことは変わりありません。
時は少し遡って。
間を置いた数日ぶりに、凪紗は放課後の香美屋へ向かった。
この間、風邪を引いてしまった時に、誠には随分と迷惑をかけてしまった。
今朝も、お返しをしたいから何かしてほしいことは無いかと尋ねたが、彼は何故か慌ててトイレへ逃げてしまった。
その時はよほどトイレに行きたかったのかと思ったが、
「(よくよく考えたら、“不攻不落の速水城塞"が、特定の男子に自分から話しかけるって状況が、そもそもおかしいわけだよね……)」
凪紗とて、学園における自分の付加価値を全く知らないわけではないし、むしろそれなりに客観視しているつもりだった。
が、まさかちょっとお返しをしたいと言っただけであぁなるとは、さすがに思わなかったが。
そのせいで、彼にまた迷惑をかけてしまったし、あらぬ誤解が学園に広まってしまった。
お返しがまた増えた、とは思いこそすれど、それを負担には思わない。
先程は訊きそびれたようなものだったが、香美屋の中で、忙しくない時にでも訊けばいい。
そう軽く考えながら香美屋に入店したら、
カウンターの中に見知らぬ女の子が一人。
誠から話を聞けば、どうやら彼女――新條結依は、新しいアルバイトらしい。
とりあえずは常連客ですと挨拶すれば、結依は緊張しながらも礼儀正しくお辞儀してくれた。
可愛らしい見た目で、庇護欲を誘いそうな気弱さ、そして真面目で丁寧。
そんな彼女が香美屋で誠と一緒になって働くのだ、店の雰囲気も華やかになるだろう……と思ったところで。
「(……なんか、モヤモヤする)」
こう、苛立ちのようでそうでもないような、胸の奥を生温い靄が包んでいるような、不快感。
「速水先輩?どうしたんです?」
不快感が顔に出ていたのか、誠に心配されてしまうが――不思議と、彼の顔を見ると不快感が和らいだ。
「ん?なんかモヤモヤしてたんだけど、君の顔を見たら消えちゃった」
変な話だよ、と苦笑する凪紗。
ついでにこの流れで、今朝のことも。
「なんて言うか、今朝はごめんね。大変なことになっちゃって」
「いやまぁ、先輩のせいじゃないでしょう(ある意味じゃ先輩のせいでもあるけど)」
「……そうなの?今なんか、妙な間があったんだけど」
「気のせいですよ」
上手くはぐらかされてしまった。
「ふーん、まぁいいか。それより、今朝も言ってたお礼の話。さっきはコーヒー一杯でいいって言ってたけど、遠慮とかしなくていいよ?」
「いや、その。お礼とか本当にいいんですって。当たり前のことしただけなんですから」
「はぁ……君はほんとに欲がない人だね」
「人並みの欲はあるつもりですよ?」
言いませんけど、と付け足す誠。
「でもなぁ、借りを作りっぱなしなのも嫌だし……なんかないの?」
「そうですねぇ……」
誠は頭を悩ませる。
すると、香美屋の固定電話のコール音が鳴った。
「っとごめん椥辻君、新條ちゃん見といてくれる?」
「はいっ」
マスターが電話応対に出ている間は、誠が結依の面倒を見る。
「あの、椥辻先輩、質問があります」
「はいどうぞ」
「えーと、さっきの……」
結依の質問に対して、誠は答えられる範囲で分かりやすく教える。
その様子を見ていた凪紗は、
「(また、なんかモヤモヤしてきた……)」
理由は分からない。
分からないが、誠と結依が並んであれこれしているのを見ると、胸の奥がモヤつくのだ。
気を紛らわそうとコーヒーを一口啜っても、それは晴れてくれない。むしろコーヒーの苦味のせいで余計に気分が悪くなる。
そう、結依が顔を綻ばせて誠に礼を言って、誠が頷いている様子を見ていると。
「~~~~~……」
またモヤモヤするし、それどころか今度は何となく苛立ちを感じる。
苛立ちの正体が分からず、凪紗はモヤモヤしっぱなしだった。
今日はもう帰る。
そう言って、凪紗はお会計の現金だけカウンターに残して、不機嫌そうに店を立ち去っていった。
「今日の先輩、なんか変だったな……」
この時間帯の常連客もほぼ全員帰り、店内も閑散とする頃、誠はそう呟いた。
お返しをしたいと言う彼女に対して、「そんなに気を遣わなくていい」と遠慮したのが、そこまで気に食わなかったのだろうか。
もしそれで不快な思いをしたのなら、お返しのことも真剣に考えなければと誠は焦る。
マスターは「なんでだろうねぇ」と何だか知ってそうな笑みを浮かべていたが、それを訊いても答えてくれないだろう。
すると、「あの……」と結依は困ったように。
「もしかして……椥辻先輩と、速水先輩って、お付き合いしてるんですか?」
「へっ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして――慌てて否定した。
「違う違うっ、俺と先輩はそんなんじゃないよ?」
「え、でも、今日学園でそんな噂もありましたよ?こう、“不攻不落の速水城塞"が陥落した、とか、なんとか……」
「それは、噂に尾ひれが付きまくってるだけだから」
そもそも俺と速水先輩が釣り合うわけないだろ、と釈明する誠だが、結依はきょとんとするだけ。
「その……先輩は、いいと思いますよ?」
「新條さんにそう言ってくれるのは嬉しいけど、でもなぁ……」
マスターはマスターで、「若いなぁ、青春だ……」と眩しそうに見ているだけ。
何がなんだかと思いながらも、誠は店内の掃除を始めることにした。
今年もこすもすさんどをご贔屓に、地道にこそこそとよろしくお願いいたします。




