19話 質疑応答とは失言を引き出すためにある
新しいアルバイトこと、新條結依が香美屋での面接に受かった日から。
いつもの時間帯の通学路で、誠と渉が合流し、誠は日曜日のことを話していた。
「へぇー、新しいバイト、入ってくれたんだな」
良かった良かった、と笑うのは渉。
「でもマスターが言うには、以前に何度かアルバイト経験があったんだけど、どこも人間関係で長続きしなかったらしいんだ」
対する誠は懸念点を挙げた。
「そうなのか?つかその新人、男か女かどっちだ?」
「女の子。多分同じ高校生だと思う」
「面接態度が悪かったわけじゃねぇんだよな?」
「ちょっと気弱そうだけど、すごく丁寧でしっかりした子だったって、マスターは言ってたけど」
面接を終えたその帰り際にも、誠に挨拶していたのだ、態度が悪いどころか、むしろ礼儀正しいと言ってもいいだろう。
「それじゃぁアレだ、今までの店の方が悪いんじゃね?同じバイトが先輩風吹かして、後輩イビりしてたとか、そう言うのが続いたんだろ」
「うーん……そこまでは分からないけど、彼女にとって働きやすい環境を作ってあげようとは思ってるよ」
それも今日の放課後からになるけど、と付け足す誠。
学園に到着し、靴を履き替えて二年二組の教室へ向かおうとした誠と渉だったが、その寸前で足を止めざるを得なかった。
二年生のクラス階である三階に上がると、どこかざわめいているのだ。
そのざわめきの発生原因は何かと言えば。
「お?あれ、速水先輩じゃね?」
渉が曲がり角の先を指すと、二年二組の教室の前で、凪紗が立っているのだ。ざわめきと言うのは、“不攻不落の速水城塞"が他のクラスの前で、誰かを待っているように立っており、一体誰を待っているのかと気になっているからだろう。
「確かに速水先輩だな。でも、どうしたんだろう?」
何故彼女が自分達の教室の前にいるのか。
疑問符を浮かべていると、ふと誠の視線と凪紗の視線が合った。
すると、凪紗は誠の方目掛けて真っ直ぐ歩いてくる。
「おはよう、椥辻くん」
「お、おはようございます、速水先輩」
朝一番の香美屋で顔を合わせるのと同じような挨拶をする凪紗に、誠は少し戸惑いつつも挨拶を返す。
「この間はありがとうね。本当に助かった」
「いえ、人として当然のことをしたまでですから」
謙遜してみせる誠だが、美人の先輩から感謝されると言うのは悪いものではなかった。
「当然、ねぇ。当然のことだからって、ほぼ赤の他人の面倒を見ようとする人とか、そうそういないと思うよ?」
介護士みたいだったよ、と苦笑する凪紗。
「椥辻が速水先輩の面倒を見たって……?」
「えー?あの二人どういう関係……?」
「俺達の速水先輩を一人占めしやがって……」
が、彼女のこの発言がざわめきを大きくする。
それに気付いているのかいないのか、凪紗はさらに話を進めていく。
「それでね、この前のお礼をしなくちゃと思うんだけど、何か欲しいものとか、してほしいこととかある?」
「ちょっ……」
学園一の美少女が、特定の男子に「何か欲しいものとか、してほしいこととかある?」と訊くなど、どう考えても誤解しか生まない状況である。
ここでその発言はまずい、と誠はなんとか誤魔化すように「いやいや!」と声を張る。
「い、いいですってそんな!大したことしたわけじゃないですし!」
「えぇ?それじゃ私の気が済まないよ。私、借りを作りっぱなしなのは、我慢出来ないから」
「(いやだから発言!その発言が誤解の種ですから!)」
誠は心の中で悲鳴を上げているが、それが凪紗に伝わっていない。
しかも、隣にいる渉からの「お前速水先輩に何やらかしたんだ!?」と言う視線が痛い。
「あーあーえーと……じゃぁ、今度コーヒーの一杯でも奢ってくれれば、それで十分ですよ!」
「……施しへの対価が安過ぎない?自分で言うのもなんだけど、私ってそんなに安い女?」
これ以上はまずい!!
「まぁまぁ、コーヒーってそこまで安いものじゃありませんし!じゃ、俺はトイレに行きますから!」
逃げるように踵を返してトイレのある方向へ駆け込む誠。
実際に用を足して、凪紗が二年二年の教室の前から去ったのを確かめてから、教室に入っ――
た瞬間、待ち伏せしていたのだろう渉に横合いからヘッドロックをされる。
「なんつーか、アレだ……誠。速水先輩とナニがあったのか、洗いざらい吐くまで、生きて帰れると思うなよ?」
渉だけではない、今教室にいる男子の大半が血眼になって誠に詰め寄っている。
「椥辻!あの速水先輩を、どうやって攻略したんだ!?」
「我慢出来ないとか、安い女とか、何も無かったとは言わせねぇぞ!」
「しかもその対価がコーヒー一杯って、てめぇ何様のつもりだ!?」
「ちょっ、待て待て待て!お、落ち着けって!?話すからっ、話すから!」
話すからと言っても、そのまま洗いざらい吐いて、「風邪で弱った凪紗のためにとは言え部屋に上がった」などと言えば、誠はこの教室の床の“赤い染み"になるだろう。
当たり障り無いように、なおかつ余計な誤解を生まないように、ボロが出ないように、まるで失言を引き出させようとする週刊誌の記者への質疑応答のように、誠は細心の注意を払いながら言葉を選ぶことになるのだった。




