15話 片付けにおいて重要なのは視覚的な効果である
一度帰宅した誠は制服から私服に着替えて、必要なものをかき集めて家を出ると、その道中にドラッグストアにも立ち寄って、再び凪紗の住むアパートへ急ぐ。
いくら一言断っているとは言え、一人暮らしの女子高生が住む自宅の鍵を使って部屋に上がると言うのはいかがなものかと思いつつも、ここまで状況に踏み込んでしまっている以上は、出来る限りやれるだけのことはすべきだと言う使命感で自分の心を誤魔化そうとする誠。
「お邪魔しまーす……」
他人の家に上がる以上は小声でも律儀に「お邪魔します」を告げてからドアを開ける。
自宅から持ってきたものと、ドラッグストアで買ってきたものを詰め込んだ買い物バッグをリビングまで持ち込む。
「さて、まずは……」
誠は炊飯器を睨む。
モニターには時刻が表示されているので、壊れて動かないと言うことは無さそうだ。
が、このまま埃被ったまま米を炊くわけにはいかないだろう、そもそも蒸気口が埃に塞がれているかもしれない。
予め自宅から持ち込んできたキッチンクリーナーシートを取り出し、数枚使って炊飯器を拭く。
しっかり埃を拭き取ったら、分解出来る部品は取り外して、食器用洗剤で洗い、すぐに水気を拭き取る。
無事、炊飯器が新品同然にピカピカになったところで、誠は自宅から持ってきた二食分の無洗米を使って、ボタンを何度か打ち込み、お粥モードに切り替えてから炊飯をスタートする。
これで第一関門は突破。
次は第二関門だ。
自宅から持ち込んできた買い物バッグから、道中のドラッグストアで購入した経口補水液のボトルを取り出し、凪紗のいる部屋の前に来る。
深呼吸を一度挟んで、ノックをしてから。
「速水先輩、椥辻です。入りますよ」
二秒の間を置いて返事が無かったので、ドアノブに手を掛けて、極力音を立てないようにそっと開ける。
「すー……ぅん……ふ……はぁっ、はぁっ……すぅ、んっ……」
眠っているようだが、しかし熱にうなされているようで、凪紗は少し苦しげに寝息を立てている。
「(………………寝てるなら、このまま寝かせておこう)」
経口補水液のボトルを目付きやすいところに置いておき、そっと部屋を出て、同じように音を立てないようにドアを閉めて、リビングに早歩きで戻る。
「はぁぁぁぁぁ~~~~~……っ」
第二関門、突破。
普通に、凪紗の部屋に入り、起きていれば経口補水液を飲ませ、そうでなければボトルを置いておくだけのはずだった。
……なのだが、汗をかき、喘ぎのような寝息を発する凪紗はいやに艶かしく――誠は咄嗟に理性を働かせ、自分が何をしにここにいるのかを自覚し直してどうにか堪えたのだった。
「……ったく、俺じゃなかったら寝込みを襲ってたところだぞ」
さすが俺、と自画自賛しておく誠。
"不攻不落の速水城塞“が風邪で弱っている、なんて聞いたら、"城塞攻略“を目論む連中が鼻息を荒くして攻め落としにかかるだろう。凪紗のどこを攻め落とすのかは明記しないでおくが。
落ち着いてきたところで第三関門だが、ある意味でこれが最も最難関だろう。
「さて、どこからどうすべきか……」
"不攻不落の速水城塞“、その居城の攻略だ。
リビング一面に散らかり広がった、色んな物。誇張でもなんでもなく、誠の目から見た事実だ。
恐らく凪紗も、片付けようとは思っているのかもしれないが、ここまでこうでは途方に暮れ、何も出来ないままに終わっていたのだろう。
「(とりあえず、衣類を畳んでいくか)」
雑貨、雑誌類は必要なもの、残しておきたいものの区別がつかないので、手を付けやすく目に見えて片付けが進んだと実感出来そうな衣類の整理整頓から始めるのだ。
……下着を見つけてしまったら、せめてひとつにまとめて衣装ケースに戻しておいてあげよう、そしてもしそれを問われても、"優しく“嘘をつくしかない、と覚悟を決め込んだ。
片付けの最中に、炊飯器がお粥用の米が炊けたことを報せてくれたら、衣類の整理整頓を一度中断して、自宅から持ってきた調味料と卵、ネギを使って卵粥を作る。
もう一食余分に作っている方は梅粥にするつもりだ。
出来上がった卵粥の粗熱を冷まして、同じく自宅から持ってきた市販の風邪薬と体温計、水をいれたコップ(もちろん洗ってから)、冷感シートも用意して、再度凪紗の寝室へ向かう。
ドアの前で深呼吸を一度挟んで、ノックをしてから。
「速水先輩、椥辻です。入りますよ」
「あ……うん、どぉぞ……」
ドアの向こうから、小さいながらも凪紗の声が聞こえた。
きっかり二秒の間を置いてから、ゆっくり静かにドアを開ける。
ベッドから上体を起こした凪紗は、幾分か回復したようだが、まだ明らかに熱がある顔をしている。
「具合はどうですか?」
「控えめに言って、最悪だね……でも、さっきよりはマシかも……」
これありがとうね、と凪紗は、誠がこの部屋に置いていった経口補水液のボトルを揺らす。半分ほど飲んだようだ。
「はい、体温計です。俺の家の物ですけど、きちんと消毒してますからご安心を」
「んん?あぁ、ありがと……」
差し出された体温計を受け取った凪紗は、おもむろにYシャツのボタンを外し始め――
「ちょっ、先輩!?」
誠は慌てて背を向けた。
「え……どうしたの?」
「……男の前でそう言うのはやめた方がいいです」
「ん?……あっ」
熱に浮かされていた上に寝起きなせいで頭が働いていなかったのだろう、凪紗はようやく『男の前で胸元をはだけさせようとしていた』ことに気付き、慌てて前を隠す。
「ご、ごめん、ちょっとあっち向いてて……」
「部屋から出ますから、終わったら呼んでください」
逃げるように誠は部屋から出て、ドアを背にする。
「(いくらなんでも無防備過ぎるだろ……ッ!)」
一瞬とはいえ、凪紗のはだけさせたYシャツから見えてしまった胸の谷間のラインは、ばっちり脳裏に焼き付けて。




