勇者と私の友情物語
小さな男の子が小さな私の手を両手で捧げ持ち額に当てる
絵本で見た主君に使える騎士を真似た拙い騎士の誓い
まだ剣も持てない頃だった
あれから十数年
小さな男の子は本物の勇者になってしまった
祝賀行進で見た勇者と王女の姿は絵本のようにお似合いだった
もうすぐ凱旋の宴が開かれる
その場で勇者と王女の婚約が発表される予定だ
婚約をもって勇者は正式に我が公爵家の騎士から王家の騎士となり、王族の一員となるのだ
ただ、その王女は公爵家嫡子たる私の婚約者ですが
「世界に冠たる勇者となった騎士を一貴族家の騎士とするわけにいかぬ
勇者という唯一無二の戦力を確実にわが国に繋ぎ止める必要があるのだ
そなたにはすまないが、王家が責任を持って新しい婚約を結ぶゆえ聞き入れてくれ」
要請に見せかけた脅迫ですね、わかります
一も二もなく賛成しました 断ったら我が家が危ない、物理的に
むしろ大歓迎だ
王命で婚約しただけで恋愛感情はないし、はっきり言えばあの王女は苦手だし
婚約者の私に会いに来た王女は、いつも勇者に釘付けだった
挙句の果てに私が王城に行くときは、勇者同行を強要する始末 私は勇者を運ぶ馬車ではないのだが
小さな恋の物語はよそでやってください 婚約者の前でやるな
かなりあからさまな態度の王女ではあったが、どうあがいても公爵家の騎士でしかない伯爵三男には嫁げない
礼節を重んじる勇者は王女がどれだけ秋波を送ろうと応じはしなかったので尚更だ
王女がどこで勇者を見初めたのか知らないが、王女としては公爵家に嫁げば騎士である勇者がついてくるから婚約に応じたのではないだろうか
そういう経緯もあって、王としては勇者と王女の恋は渡りに船だった
私にとっても渡りに船だった
あくまで主君の婚約者と騎士としてしか接しない二人ゆえに王女の不貞を理由に婚約破棄はできない
万が一、二人が一線を超えたところで勇者が我が家の騎士である以上、我が家の瑕疵も問われる
最悪の場合、傷物の王女を公爵夫人として押し付けられ、さらには勇者を公然の愛人として迎えられる危険があった
しかし今なら、勇者と王女の恋に身を引くという私にとって最も有利な状況で婚約を解消できる
事情が事情だけに家格のあう令嬢はすでに婚姻婚約済みではあるが、逆に言えば王家の後押しがあるため家格に縛られずに私好みの女性を選び放題というわけだ
なのになぜ帰国前に婚約解消しておいての再婚約ではなく、祝宴の場で劇的に婚約解消、世紀の大恋愛成就などという小芝居をしなくてはならないのか
勇者を引き抜こうと虎視眈々と狙っている諸外国への牽制ですね わかります
現在、主君への忠義と王女への愛で板挟みになる勇者と、婚約者への貞節と勇者への慕情で苦しむ王女の悲恋話が王国中を席巻している
勇者と王女の結婚を劇的に盛り上げたいのは理解するが、両方にとっての恋敵ともいえる私の立場を少しは考えてくれてもいいのでは
だいたい勇者はこの国の貴族令息なんだから、よほど下手をうたなければ繋ぎ止めるまでもなくこの国に残るだろうに
まさか公爵嫡子の権力を最大限活用して何くれとなく支援し続けた私が知らないうちに、よほどの下手をうったんじゃないだろうな
さすがにないか
それにしても勇者の支援は大変だった
他人には騎士の見本のように礼儀正しく接するからわかりにくいが、実は我が強くて好みも細かく気難しいからな
魔族との戦争中に公爵家の資産がどれだけ目減りしたことか
その補填も王家からの婚約解消の賠償金として支払われるから良しとしよう
本音を言えば賠償金とは別枠で補填してほしいが
さあ、この針の筵も今日この時まで
いよいよ世紀の大団円が近づいている
王が口を開く
「勇者よ、望みはなんだ 私の持てるものならばなんでも褒美をとらせるぞ」
一生に一度は言われてみたいその言葉
今この時もっとも報われるべきは私ではないだろうか
魔王撃退はともかくこの世紀の大恋愛劇場においては
さあ、ここで勇者は王女を望み、婚約者たる私も祝福し大団円
そして私も自由だ
「私は一騎士として主君たる公爵令息に生涯仕える事を望みます」
じゆうううだああああああああああ
「今なんと」
じゆう
「本来なら私の主君は雇い主たる公爵ではありますが、剣を捧げた令息を主君と呼ぶことをお許しください
私はずっと我が剣を捧げた主君を性別すら超えてお慕いしていました
この思いが成就するなどと夢見たことはありません
せめて一の騎士として永遠に仕えることを目標にこれまで精進してまいりました
魔王を倒せたのも、旅の間中わが主君が陰ひなたに支えてくださったおかげです
命からがら逃げ込んだ村で、呂銀も尽きて辿り着いた宿で、どれほど公爵家からの支援をいただいたでしょうか
我らの行く先を正確に予見できるはずもなく、想定しうる進行先のすべてに支援金と物資を送ってくださったのでしょう
公爵家といえどもそれが容易かったはずはありません
命が危うかったとき、心がすり切れそうだったとき、主君からの支援が私を奮え立たせました
私がこの大役を果たせたのは、共に戦った仲間と支えてくれた沢山の人々、そしてわが主君たる令息あってこそです
私には他の願いはありません」
すごいな勇者 ほぼ息継ぎなしで言い切った
さながら舞台の主演俳優のごとくだ 誰も口をはさめない
止めてくださいよ誰か そして嘘つくな勇者
誰もが唖然としているうちに再び勇者が口を開く
「また共に戦った王女には思い人がおります
明日の命をも知れぬ戦闘の合間の逢瀬は見ている私も心打たれ辛くなるほどでした
ですが王女は我が主君と仰ぐ令息の婚約者 決して叶わぬ思いと耐えておられました
もし本当に何でも願いを叶えていただけるのでしたら、他の方を一途に思う王女と我が主君の婚約を解消していただきたいのです」
全員の顔が一斉に王女へ向く 王女の顔が真っ青だ
事実なのですね
王女は幼い頃から勇者を愛していたのではなかったのですか
諸外国の使節団を除くこの祝賀会場の出席者のほとんどが共犯なのに大きなお世話だったのでしょうか
たしか王城を出発した時点ではまだ勇者に惚れていらっしゃいましたよね
「私の想いはかなわずともせめて主君には真に主君を愛する方と結婚して幸せになっていただきたい
その幸せを私の手で守りたいのです」
おいこら
お前自分と王女との結婚の目を完全に潰したいだけだろう
勇者への友情のために王女との婚約を解消し祝福する私の見せ場をどうしてくれる
あとこの祝賀会場の空気をどうするんだ
見ろ、バナナで釘が打てそうだ
「どういうことだ勇者 なんで私がお前の嘘の責任を問われないといけないんだ
王には責められるわ王女には八つ当たりされるわ父には怒られるわ前よりもっと針の筵だ」
「身も心も削られてようよう戻ってきたあなたの騎士に、あの性格も身持ちも悪い王女を押しつけようとは酷い君主です
王女なら旅の間中側仕えと同衾していらっしゃいましたよ」
王女なにやってんの 叶わぬ思いと耐えてないじゃないか 嘘つきすぎだろう勇者
いや、明日をも知れぬ戦いに身を置いていたのだから、刹那の恋に燃え上がるのは仕方ないか
性格があわないからと厳しくなりすぎたな 命の危険に常にさらされていたんだから
いやでも婚約者なのだから、節制は求めてもいいだろ
隠せよ、せめて そんなばればれの不貞王女と結婚したら公爵家が大恥だろうが
「そうじゃなくて 王女は勇者を愛していたんじゃないのか」
「何度も夜伽を求められて断り続けたら従者といつの間にか出来ておられました」
「受けろよそこは」
なんで勇者が貞節を守っているんだよ 命の危機なんだから燃え上がれよ
「体からの愛など認められません」
ああ、好みがうるさいんだった勇者
王女も焦ったんだろうが体から落そうなんて勇者相手には悪手でしかない
勇者は処女童貞での結婚しか認めない夢見る恋愛過激派なんだぞ
理想の結婚が出来ないなら生涯独身のままでもいいという筋金入りだ
そのまま勇者を恋い慕いつつ婚約者がいるので耐える王女を続けていれば落ちたかもしれないのに
態度があからさまであまり耐えてなかったけど
「いやしかしそこは他の女性を選べばいいだろうが
どうしてくれる、あの会場の空気 思い出しただけで手が震えるわ」
「下手に女性を選ぶと本当に結婚させられかねないので」
だったら同行者の男性陣から選べばよかっただろうが
魔法使いのおじいさんがお勧めだ
死別で独身だし、お亡くなりになったから次の恋に生きると方向転換も容易だ
今更遅いけどな
それからどうなったかって
法を改正して勇者と結婚させられました
王女と結婚したくない勇者の嘘がとんだ流れ弾だ
勇者を狙う諸外国の使節団の前で大芝居打っちゃったからね 後戻りできないね
王家公爵家双方有責での婚約解消になって賠償金もなくなりました
やはり補填は別枠にすべきだった
夫たる勇者に報奨金が出たけどな 結婚したから私のものでいいだろうってそんなわけあるか
勇者が命がけの戦いで得た報償をなんで戦争支援の補填に使えるのか
そんな態度だから王家の支持率が下がるのではないでしょうか
あと公爵家の跡取りは親戚から養子を取れとのことです
勇者をこの国につなぎとめるために次期公爵としてその身をささげよって、それ嘘だから
勇者、笑ってるんじゃないいいいいい
ボーイズラブをキーワードに入れるべきか
2024/02/18 助詞修正