5歳児になる恋人
僕の彼女は特殊な体質をもっていた。好きな男に近づくと、子供になってしまうのだ。精神的に、ではない。肉体が子供になるのだ。好きな男の半径1メートル以内に近づくと、見る見る背が縮んで子供になる。そして、その範囲から離れると、今度は見る見る背が伸びて、大人の体に戻る。
この現象は彼女が相手の男を好きであればあるほど程度が増し、戻る年齢の振り幅が大きくなる。
また、この現象は彼女が近くにいる男に気づいていなくても起こる。だから、彼女のうしろから好きな男がこっそり近づいていっても、彼女の背丈は縮んでしまう。
そんな彼女の名前は雪子。知り合ったのは18歳のときだ。同じ大学の文芸部に入ったことがきっかけだった。
僕は雪子に一目惚れした。猛アタックの末、彼女は僕と付き合ってくれることになった。
付き合い始めた頃は、彼女の体質を知らなかった。一緒に手を繋いでいても、背が低くなることはなかったからだ。しかし、彼女と一緒にいる時間が長くなるほど、その変化は見過ごせないほど大きくなっていた。いや、小さくなったといった方が正しいか。
彼女が僕に好意を寄せてくれればくれるほど、繋いでいる手はどんどん小さくなっていった。彼女の背丈も僕の肩くらいまであったのに、気づけば、胸辺りまで縮んでいた。
僕はどういうことなのか尋ねた。僕が住むアパートの一室で。すると、彼女は自分の特殊な体質について話してくれた。彼女がそのことに気づいたのは高校生のときで、そのときにも彼氏がいたが、この体質がきっかけで別れてしまったという。言葉を濁していたが、明確な理由は性行為ができないことだろう。
彼女はそのことを泣きながら話してくれた。彼女の涙を見て、僕は決心した。決して雪子を手放すことなんてしないと。正直に言うと、性行為ができないことには大きな失望を感じていた。だが、それがどうして雪子を手放す理由になるだろうか。僕は雪子のそばにいさせてくれるだけで良かった。
そのことを話すと、彼女は僕に抱きついて、大声で泣いた。そのとき、彼女はうんと小さくなり、5歳児くらいの体になっていた。僕はそれまでにないほど縮んでしまった彼女の体に驚いた。それと同時に、そこまで彼女が自分のことを好きになってくれたのだと思い、こちらも泣いてしまうほど喜んだ。
今もあの時の心情をこの胸に思い出せる。幼くなった彼女の頭をやさしく、幸福に撫でていたあの時の心情を。そして、あの時にした決心を。それなのに……。
あるとき、僕は過ちを犯した。僕と彼女が24歳のときだ。僕は彼女と性行為をしたことが一度もなかった。しようとすれば、彼女は5歳児になってしまう。24歳の彼女とは気が狂いそうになるほど肌を合わせたかったが、5歳の彼女とそれはできない。だから僕と彼女の情事は特殊で、距離を取った状態でお互いに裸になり、自分で自分を慰める行為を見せ合っていた。
あるとき、情事の最中にどうしても我慢できなくなって、彼女に飛びかかったことがある。だが、僕が無我夢中で抱きしめたときには、彼女は小さな5歳児になっていた。彼女の幼い顔を見ると、怯えているような、申し訳ないような、そんな目をしていた。僕の性欲は一気に萎え、どうしようもない空しさだけが残った。
だから、と言ってしまえばただの言い訳になるが、あるとき僕は、職場の同僚と過ちを犯してしまった。しかも、一度ではなく何度もだ。今までの溜まりに溜った欲求不満を取り返すように。
その頃、僕と彼女はマンションで同棲していた。僕の生活は彼女の監視下にある。浮気がバレるのは時間の問題だった。
ある日、僕が仕事から帰ってくると、彼女が一枚の写真を突きつけてきた。そこには、僕と浮気相手がホテルに入っていくところが写っていた。探偵を雇って撮らせたらしい。
僕はすぐに謝った。それしかできなかった。だが、彼女の怒りが鎮まることはなく、僕に近づいて平手打ちをしてきた。
そのときに僕が受けた衝撃は凄まじかった。平手打ちの痛みにではない。大人の彼女が、僕に触れてくれたことに対してだ。
僕は彼女に襲いかかった。彼女は抵抗しなかった。僕は大人の彼女をベッドに運び、無我夢中で貪った。彼女はなされるがままだった。僕は浮気相手との行為が馬鹿馬鹿しくなるほどの幸福感に包まれていた……。
いつの間にか眠っていたようで、僕は真夜中に目が覚めた。隣を見ると、彼女が寝息を立てていた。そっと額を撫でる。彼女は大人のままだ。いつもなら寝ているときでも近づけば体が縮んでいく。僕は額にキスをして、また眠りについた。こんな夜がいつまでも続けばいいのにと願いながら。
翌朝、目を覚ますと、ベッドに彼女の姿がなかった。寝室を出て玄関を見に行くと、彼女の靴が無い。何も言わずに仕事に行ったのだろうと思い、僕は強い孤独感を覚えながら、自分だけの朝食を用意した。
その日の夜、僕は夕飯をつくって彼女の帰りを待っていた。しかし、いつまで経っても帰ってこない。電話をかけても出てくれなかった。まさかと思って彼女の部屋を探すと、合い鍵が見つかった。彼女は衣服や化粧品を残して、僕の元から去っていた。
雪子に会ったのは、あの夜が最後だ。
雪子と別れた後、僕は浮気相手だった同僚と結婚した。