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妙メモリー

7の段売り

作者: みょめも

記憶が定かではないが、確か僕が小学2年生くらいのときだったとおもう。

後に待つテスト勉強や受験戦争など知る由もない、まだまだ学校の勉強が楽しくて仕方なかった頃で、国語では色々な漢字を学びはじめ、理科では世の中の不思議を知りはじめていた。



しかし、僕は算数が大嫌いだった。

そのきっかけが小学生2年生のときに習った「かけ算」だった。



1の段は簡単だった。なぜなら1つずつ増えていくだけだから。

2の段も1つ飛ばしだから何の苦労もなく覚えられた。

問題は7の段だった。

表現が難しいのだが、7の段は「すき間を狙ってくる感」が凄まじかったのを覚えている。

そしてそれは、1人ずつ先生の前で暗唱するという謎のカリキュラムにより全生徒を恐怖のどん底に叩き落としたのだ。



暗唱できるはずのない7の段に頭を抱えながら家路につき、その日の七草粥が喉を通らなかったことは鮮明に覚えている。



そんな日が何日か続いたある日の夕方、いつものように、ピタゴラスイッチを観ているときのことだった。


「な~なの~だん、早くしないと行っちゃうよぉ~」


何やら外から興味深い言葉が聞こえてきた。


「な~なの~だん」


もう一度聞いても間違いなくそう言っていた。

拡声器で増幅されたその声は7の段を売っている、そう言っていたのだ。



僕は小銭の入った財布を握り外に出た。

すると声の主であろうおじさんが軽トラックを停めて数人の小学生を相手に何か話しているではないか。

軽トラックのボディには「7の段売ってます」という水色の垂れ幕がさがっている。


「すみません、さっき7の段って……」


そう声をかけるとおじさんは柔和な笑みで「いらっしゃい、いくつにする?」と答えてくれた。


「1個7円だよ」


「ふ、ふたつ。で、でも僕、算数苦手で……」


もじもじしているとおじさんは7の段を2つ僕の手のひらにのせてくれた。


「7円が2つだから14円だよ」


14円を渡すと頭をぽんぽんと撫でられ、それからまた買ってねと手を振ってくれた。

手にのせられた7の段は透き通っていてひんやりと冷たく、その場で口に入れると少し甘くて柔らかかった。



あくる日もその次の日も僕は7の段を買った。小学2年生の少ないお小遣いでも買えるくらいの値段だったこともあり、しばらくのあいだ買い続けた。

いつしかおじさんも僕の家の前で停まってくれるようになり、それが2人の日課にもなっていった。



そんなことが続いた甲斐があってか、僕はすっかり7の段に対する苦手意識がなくなっていた。7の段が言えるようになった時には必ずあのおじさんにお礼を言おうと決めていた。

だからその日の帰り道に今日はいつもより多く買っておじさんを喜ばせてあげようなどと考えていると前方に軽トラックが走っているのが見えた。


「早くしないと行っちゃうよぉー」


いつものおじさんの声だと駆け寄り呼び止めようとしたときだった。


「誠に勝手ではございますが、近年の材料費高騰に伴い7円から8円へ値段改訂致します。」


おじさんは、もう7の段を売っていなかった。

8の段売りになっていた。


僕は呼び止めた手をそっとおろした。

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