009:狂喜の中で狂気していた
?「お前は誰だ。 ここで、何をしている」
信じられない……真逆、こんな事が起きるなんて。
この状況は夢……違う、現実だ。 意識を保て……現実逃避するな。
例え目の前の出来事が、信じられなくてもだ。
ああ……だが。 こんな事……こんな事を信じろと?
?「……聞こえないのか? 言葉は通じるはずだ」
ほんの1分もしないうちに……
D「ああ……」
?「答えろ。 お前は、誰だ」
自分以外の3人が、目の前のこの少女に!!
為す術無く殺されて? しまうなんて……!!
B「動くな。 動けば撃つぞ……動くんじゃねぇぞ」
A「安心しろよぉ? 大人しくしてれば何もしねぇからよ」
そうだ……さっきはまず四人で少女の周囲を囲んで……
?「………………」
そうだ、この時から異常だったんだ。
銃を突きつけられているのに、平気な顔をしている。
そもそも、迷い人は本来の場所からここへ迷い込んでいる。
慌てるだろう。 恐慌状態、錯乱……泣きわめいたり、怒鳴ったり。
子供なら、まず親を探すはずだ。
だというのに、この少女はどれにも該当しない。
真後ろにいる自分以外を、ゆっくりと見回している。
余裕なんだ。 素人でも分かるくらい、冷静に状況を把握しようとしている。
C「……おい、こいつただのガキじゃねぇんじゃねぇか?」
一人が、流石に違和感に気が付いたようだ。
A「だな……落ち着きすぎだ……もしかして、スパイか?」
そうだ……可能性は、ある。 ……いや、それなら逆におかしい。
スパイなら、怪しまれないようむしろ子供であろうとむしろ泣き叫ぶ演技をするはずだ。
未熟なスパイ? ……だったら、こんな場所にはこれないだろう。
……訳が分からない……何だ? こいつは……
状況が膠着した。 流石にこの状況で強姦とは行かないのだろう。
そして状況を動かしたのは……俺だった。
D「確か、最近……
日本から、誘拐した連中がいたよな? ならこいつはその……」
この一言を発した次の瞬間。
D「……………………<ブジュ……>え?」
自分以外の三人が。 崩れ落ちた。
……違う。 潰れた。
ここは非常に寒い。 だから俺達のアーマーは、全身を覆っている。
この場所……辺境の惑星、地球ならどの軍隊の精鋭にだって勝てる。
正規軍のお下がりだが、性能はそれくらいはある。
遠距離、近接、電子。 この世界のどんな戦闘にも対応出来る。
今自分が所属している軍隊……カルトーン星団国の魔導兵器なら、負けるはずがない。
どんな攻撃も防いで、手にしたブラスターは、この星のどんな兵器も打ち砕く。
なのに……そのすべてが一切効果を発揮しなかった。
自分同様、アーマーを含めて完全武装だった三人は俺の目の前で。
少女に銃を向けたままの姿勢から。
まるで中身が急に無くなったように、自重で潰れてしまった。
……違う……無くなってない! 中身が……装備の隙間から零れる液体は真逆……
認めたくない。 認める以外にない現実を。
目の前に、人間を一瞬で殺す力を持つ少女がいる現実を突きつけられて。
全身の毛が逆立つような恐怖が。
逃げるべきだったという後悔が。
俺の全身を襲っていた。
?「………………」
そして現在。
俺は、振り返った少女に真っ正面から見つめられている。
……感情が見えない。 何なんだ……何が……お前は……
ストラ「ストラ・ツァラトゥストラ。 私の名前だ」
言葉を紡げない俺に少女……ストラは、名を明かした。
ストラ「名を名乗られても、返さないのはお前の星でも無礼ではないのか?」
ジーン「……ジーンだ」
これ以上黙るのは危険だ。 何より、少女……ストラの言う事は正しい。
ストラ「ジーンか。 ……お前はこいつらとは違うようだな」
ジーン「違う?」
ストラ「股間から栗臭い匂いを立てて、見ず知らずの少女を強姦しようとする連中とは違う」
そういう意味だ。 と、ストラは薄く笑う。
ジーン「……ああ。 ………………正直、ほっとした」
ストラ「ほっとした? 仲間がこうなっているのに?」
ジーン「強姦魔の仲間はいない」
そういう意味だ。 と、俺は返す。
ジーン「……俺をどうするつもりだ」
三人が殺されたのは、まあ当然だろう。
要するに、彼女は襲われるのが分かったから防衛したんだ。
どんな能力かは知らないが、何らかの方法で。
次は自分かも知れないが……まあ今は、ざまぁみろだ。
ストラ「質問に答えてくれればいい。 嘘はつくな。
言うまでもないが、通信も、反撃もするな」
ジーン「少なくとも、しばらくは大丈夫と?」
ストラ「少なくともな」
恐らく、自分が回答を終えるまでは死なない……のだろう。
ストラは何かを知りたがっているからだ。
なら、それが終わったら……
ジーン「……分かった」
だが今は、回答をしてその時間を延ばす以外に手はない。
沈黙が続けば、いつ自分も溶かされるか。
できる限り、回答を続けて……何とか、なるのか?
ストラ「お前は先ほど、なんと言った?」
質問の意味が広いな……先ほど?
ジーン「何時の事だ」
ストラ「……確か最近。 その後だ」
なるほど……
そうだ。 俺がその言葉を口にした直後、ああなったんだ。
彼女の正体が、わかった気がした。 つまり……
ジーン「……つい一週間前だ。 日本から、10名ほどの……」
こいつは、日本ゆかりのスパイか何かだ。 そう思った。
だが……
ストラ「もう一つ尋ねる」
それは違っていた。 いつの間に動いたのか……動かされたのか。
ストラは俺を見下ろしている……いつの間にか、自分は膝をついてる?
ジーン「何を……」
したんだ? 何を聞きたいんだ? それは俺の顔を覗き込んでいる。
想像外の状況に混乱しそうになる。
ストラ「……ここはどこだ? この場所。 この星だ」
日本のスパイじゃ無いのか? もしそうなら、星の事を聞くわけが無い。
自分が住んでいるこの場所の事を……
ジーン「ここは確か……ウクライナ……プリチャピ……だ。
星? ここは……
地球だ。 太陽系、第三惑星だ。 なんでお前は知らない。 お前は」
誰なんだ? と、問えなかった。
なぜなら……
ストラ「………………ふ……は……はは……ははは」
両手で顔を覆う一瞬前に見えた、驚愕の表情を見てしまったから。
それ以上に。
震えが大きくなり、同時に漏れ出す声の正体が。
覆う両手を頬に動かした事で、俺の目の前に現れた顔が。
ストラ「……アハ! アハハハハ!! アハハハハハハハハハハ!!!」
隠すことの出来ない、狂喜から生まれたものだと分かってしまったから。
俺の目の前で、それは笑い嗤っている。
両手を広げ反り返り空を見上げ。
何と俺から離れて、そこらをくるくる踊り出した。
仲間の亡骸を踏みしめている。 すると地面に赤だかオレンジだかの粘液が溢れて……
ストラ「<トン……!>アハハッ!!」
少女の踊りは、美しかった。 馬鹿みたいに。 場違いなのに。
少女の顔には、狂喜の笑みが広がり、歪み溶けている。
見開いた目には、何が映っているのか皆目見当がつかない。
三日月のように口は引き延ばされ、鋭い牙の奥底から狂喜の声があふれ出している。
醜くはない……むしろ、美しい。 恐ろしいくらいに。
少女は嗤っている。 悦んでいる。
金色の髪をなびかせて、白い服をドレスのように舞わせて。
これ以上の喜びは無いとばかりに。
まるで。
この世のすべてを手に入れたように。
この世で最も欲しい物を、その手に入れたように。
少女は、わらっている。
時折顔に手を当て笑顔を歪ませ、時折空に手を伸ばして舞うように。
時折溶け死んだ仲間の遺骸を踏みしめにじり、時折靴先で撒き散らしながら。
ストラ「アハハハハハハハハハハ!!!」
狂喜の中で、狂気していた。