005:古今を繋ぐ雪景色
……雪だ。 雪が降っている。
ドロドロした黒い空から、灰色の雪が降っている。
?「姫様! 起きてください!」
聞き知った声がする。 うつ伏せに倒れたあたしの側に。
?「急がないと追っ手が来ます!」
ボロ布で最低限の部分だけを隠しただけの少女がいる。
ようやく見つけた全身をおおう大きい布は、あたしに与えて。
私はいらないお前が使えと再三告げても、頑なに拒否されてしまった。
彼女は忠臣だが、融通が利かないのが難点だ。
最初の頃から………………最後の時までそうだ。
お互いそれ以外は一糸まとわないので、こんな雪の中では大した意味もない。
吹雪く夜の風は、1枚の布程度容易に乗り越え体温を奪っていく。
拷問で受けた切り傷や刺し傷に痛みが染みて、削りに削られた心身を削る。
それでも、外に設置された檻の中に全裸でいるよりはマシだと思った。
少なくとも今は。
体の一部のようになった手枷足枷は共に、どこにも繋がれていないのだから。
……それ以上に。
彼女の優しさの方に、この時のあたしは救われていたのだ。
自分も酷い目にあっているのに、あたしを何より心配してくれている。
地獄そのもの日々から、救おうとしてくれている事に。
例えそれが失敗という結末であっても。
それ以降の地獄の中で何度も思い出した、幸福な思い出だ。
これは……そうだ、あの時の記憶だ。
エンドレスファンタジアに飲み込まれ、最初のゲームの頃。
一国の姫というロールを与えられたあたしの頃。
囚われ日々続く拷問と汚辱と陵辱の日々。
その中起きた、彼女との逃亡劇の日だ。
覚えている……結局この後捕らえられ……その場で……
その後、彼女は何年も………………
ああ覚えている。
ストラ「……懐かしい夢だ」
彼女は、この時とは違う。
彼女は、救った。 今は………………
だから。
?「姫様!!」
ストラ「……ああ、起きるよ……」
地獄の記憶を遮るように目を閉じ……
目を開ける。
景色は………………変わっている。 目覚めたようだ。
ストラ「………………寒いな」
姿勢はうつ伏せ。 夢と同じ……だがここは現実。
ゲームの中での現実だが、少なくとも夢じゃない。
夢と違うのは、そこには雪は積もっておらず代わりに……
ストラ「コンクリート……アスファルト……ここは道なのか?
濡れたコンクリートと、腐った木の葉の匂いがする。
……その割には、ほかの生活臭がしない?
ストラ「<ガバッ>……廃墟?」
飛び起きて周囲を見ると……マンション? 集合住宅?
恐らくそれらしいと思われる建物が、規則正しく建ち並んでいるのが目に入る。
昔の映像で見るような、団地を思い出す。
どうやらあたしは、団地? の間の道路に寝ていたらしい。
作りや色が、自分のいる日本のそれとは異なる気がする……海外なのか?
後口にしたとおり、どの建物も廃墟だ……ボロボロになっている。
舗装されていない場所から、木々が伸びてまるで森に還ろうとしているようだ。
嘗て彷徨った世界にも、こういう景色はあったが……
少なくとも、現在の王国には存在しないはずの……今まで見たことの無い場所だ。
ストラ「何が起こった……?」
どういう訳でここにいるのか? 何故こんな場所にあたしは立っているのか。
ストラ「思い出せ……たしか……」
それは、少なくとも記憶の中ではつい先ほど……
ストラ「輸送船全機能異常なし、問題なく運行中」
巨大な空間……船の操縦席で、あたしは船の状況を逐一チェックしている。
推進、動力、船体状況、すべて大人しい。 良い事である。
万事問題なし、本日は晴天なり。
……と言いたいが。あいにく操縦席の外は……何もない。
星は1つも見えず、見渡す限りの闇が広がっている。
何も見えないし、何も存在しない。 だが恐怖は全く感じない。
なぜならそれが正常だから。
その状態を生み出したのが、他ならない自分なのだから。
虎龍「こっちもオッケーや。 転送……転移? まで後……?」
別な場所で同じようにチェックしているのは、虎龍。
現実世界……仮想世界両方の、あたしの伴侶。
ストラ「あと10分。 それに、転送でも転移でもどっちでもいいんだよ。
意味としてはどちらでも正しい」
虎龍「そっかー。 もうすぐ、新品ピカピカのサーバーに移動するんやね」