003:ゲームチェンジャー『フラクトロン』
現れた新しいゲームチェンジャー。
名前は「フラクトロン」。
どんな物かと聞かれれば、それは腕輪。
基本は無地のシンプルな、その気になれば作れそうな質素なそれだ。
最も、デザインは後から好きなように変えられるのだが……
この腕輪が何故ゲームチェンジャーになりえたのか。
フラクトロンの最大の特徴。
それは脳と情報をやり取り出来るという、この一点。
当時存在した、どのAR・VR機器を超える性能を持つとか。
複製や改造は不可能で、他の会社が解析しても構造を理解出来ないとか。
異常とも言える安全装置のミルフィーユ構造をもって、使用者の安全を確保しているとか。
他を凌駕する数々の特徴をすっ飛ばして、この一点が人類にまた新しい世界をもたらした。
すなわち、脳に直接視野を含めた五感情報を送る事による、裸眼による完全なARの実現。
すなわち、脳の五感情報を完全にVRと繋ぐことにより実現する、完全なVR。
通称、FIVR(完全没入仮想現実)の実現である。
当時のVR、ARを発売していた複数のブランドが販売したこのゲームチェンジャー。
当初こそ懐疑的であったものの、たった半年で世界を席巻する。
大人から子供まで、皆腕に思い思いのデザインを施したフラクライトを装着した。
AR機器を付けない裸眼で、ARを体感出来るのも楽しいとか。
故障率も低く、アフターケアもこれまでのどのAR・VR機器より手厚いとか。
当時の人達の会話は、新しい物への興奮が隠せていなかった。
しかし皆がなによりも興奮して体感したのは、間違いなくFIVRに他ならない。
体を安全な場所に預け、いくつかの安全機構が問題なしと判断した瞬間。
使用者は、現実世界を離れ仮想世界に飛ばされる。
もうリモコンも何もいらない。 いかなる機器も必要が無い。
設定したアバターは、五感を使用者に伝えてくる。
その人が、どこかの草原に降り立ったならば。
現実のような視覚は、青い空と緑の草原がどこまでも続く世界を。
現実のような嗅覚は、瑞々しい草と少しすえた大地の香りを。
現実のような触覚は、少し硬い葉っぱの感触を。
現実のような聴覚は、風にざわめく草のざわめきを。
現実のような味覚は、
興奮して思わず走り出して。
石ころにつまずいて突っ込んだ草の苦い味を。
人は、五感のすべてを仮想世界に持ち込めるようになったのだ。
人類の多くが、感動し、興奮し、喜んだ。
ビジネス、娯楽を始めすべてにFIVRは浸透……否、同化するのは一瞬と言えた。
そうしてARとVRは、完全に人類と同化してから数十年……
現代。 2050年代。
人類は完全に部屋に引きこもるほど、VRには依存せず。
ARが世界の隅々まで、寝室のベッドまで行き渡たった時代。
あたし……否、俺こと並平普は生きている。
年齢は20代。 仕事は普通にこなしている。
容姿は普通。 家族は両親とも故郷で元気。
妻と娘の、3人暮らし。
個人的な事情はともかく。
赤の他人からすれば、普通の家族。 普通の親であり、夫。
そのはずだった俺はある日を境にこの世から消え失せ。
………………あたしは。
ストラ・ツァラトゥストラは。
15回の地獄に落ち。
幾万もの子を産み堕とし。
幾億もの敵を葬り。
幾兆もの命を両手からこぼし。
たった一人の我が子を救えず。
仮想世界……いや、とてもそう呼べない異世界で。
3万年の月日、たった1つの国を統べた王。
姫王と呼ばれるあたしは。
現実世界。 俺が生きた世界に降り立ったんだ。