91.晩餐会
「さて、これからのことだがシフト、そなたにも参加してもらいたい」
「国の政にか? 一般人の僕が参加するのはどうかと思うがな」
グラントは笑いながらシフトの発言を否定する。
「ははははは・・・違う違う。 シフトたちに願うのはタイミュー殿についてだ」
「タイミュー女王陛下?」
「そう、所謂ボディーガードというやつだ。 ここに滞在している間だけ頼みたい」
異国の地にタイミュー1人では危険だから知り合いであるシフトたちを護衛に抜擢する。
グラントなりの気遣いというわけだ。
「はぁ・・・わかったよ。 だけどただで引き受けるのは・・・」
「報酬は『勇者』ライサンダーたちの現在の居場所」
シフトは真剣な顔になりグラントを見る。
「正気か?」
「無論だ。 そなたが心から欲するものだろう?」
「・・・」
グラントの報酬はシフトにとって望外なモノだった。
「ライサンダーたちは神が遣わした生粋の勇者ではない。 国への功績を称えて余が勇者として任命した者だ」
「いいのか? 国の英雄を売って?」
「任命してから表立っては罪を犯してはいないが裏ではやりたい放題と聞いておる。 彼奴らの性格や素行を見抜けなかった余にも責任はあるがな」
グラントはライサンダーについて吐露していた。
「どうだ? 引き受けてはもらえないだろうか?」
「いいだろう。 ただし、約束は違えるなよ」
「わかっておる」
シフトはルマたちに命令をする。
「ルマたちには悪いがタイミュー女王陛下の身辺警護を任せるよ」
「ご主人様は?」
「僕は男だよ? さすがに女性の身辺警護は不味いだろ?」
今は普段の6人だけで移動しているときとは違うのだ。
「そうですね。 わかりました、私たち5人でタイミューの護衛にあたります」
「ああ、頼んだよ」
「待ってください。 ベルが行くなら私も行きます」
リーンもルマたちに同行することを宣言する。
どちらかというとルマたちにではなくベルと一緒にいたいのだろう。
ベルがそれを察すると嫌そうな顔をした。
「えっと・・・」
「構わんぞ」
シフトが考えるよりも先にグラントが許可を出した。
「ありがとうございます」
リーンは嬉しそうにベルはさらに嫌な顔になっていた。
グラントは先ほどマーリィア直属の騎士団団長代理に選ばれた女騎士を見て一言いう。
「それでは案内は其方に任す」
「はっ!!」
女騎士は国王に一礼するとルマたちに近づく。
「リーン名誉伯爵様、それとそちらの皆様、どうぞこちらに」
シフトたちに一礼すると扉へと歩いていく。
ルマたちとリーンもそれに続くが、よく見るとリーンはベルを逃がすまいと手を握っていた。
謁見の間から退出すると残ったのはシフトとグラントの2人だけになる。
「さて、用も済んだことだし僕はこれで・・・」
「まぁ、待て。 せっかく2人きりになったのだ、余はそなたと話をしたい」
「また魔法武器や馬がいらない乗り物のことか?」
シフトが質問するがグラントは首を横に振る。
「それについては興味があるから是非とも聞きたいが、今は別のことだ」
「?」
「右手に奇妙な紋様を持つ者たちについてだ」
グラントから出た言葉にシフトは目を細める。
「あれについて何か知っているのか?」
「残念ながら余の影に探らせてもほとんど情報が上がってこない。 できればシフトの持っている情報が欲しい」
「なら情報交換といこうか」
シフトの提案にグラントが頷いた。
それからシフトはパーナップ辺境伯領、獣王国、デューゼレル辺境伯領で起きた出来事を知る限りで事細かに話す。
それに対してグラントもシフトたちが離れてからの王国内で起きた不可思議な事件を話していく。
話を聞き終えた2人は思案顔で情報を整理する。
「まず奴らの狙いがわからない。 国王、あんたはわかるか?」
「いや、狙いがわかっているなら今頃対処させている」
「そうだろうな・・・事件は起こすがどれもこれも中途半端なんだよな・・・」
「たしかにそのようじゃな」
「組織の大きさ、人員、行動範囲、どれも謎だらけだ。 ただ1つ言えるのは手練れや命知らずが多いことかな」
王都にドラゴンを召喚したり、パーナップでタイミューを狙ったり、デューゼレルを襲撃させたりとやることは大きいがどれも中途半端に終わっている。
「いずれにせよいつか足を掬って白日の下に晒してくれようぞ」
「そこら辺は国王に任せるよ」
シフトとグラントは頷いた。
「次に今日の予定だがこの後、各国の重鎮たちと晩餐会を行う」
「それの護衛に参加しろってことだな」
「その通り、余の周りには影がいるので問題はないだろうがそれ以外のところをお願いしたい」
「わかっ・・・あ!」
シフトは頷きかけてあることに気づいた。
「どうした?」
「僕騎士服持ってない」
「ああ、なるほど。 それなら急いで用意させよう」
「いや、会場外の警備に配属してくれれば・・・」
「そういう訳にもいくまい。 シフトもだがルマ嬢たちにもドレスを用意しないといけないだろう」
シフトの願いを却下してグラントは頭の中で纏めていく。
「はぁ・・・わかったよ。 だけどあまり目立たないので頼むぞ」
「任された。 時間も惜しいので早速用意させるか・・・誰かおらぬか!!」
グラントの言葉に扉の外の騎士が急ぎ入ってきてシフトの位置までくると膝をつき、最敬礼をする。
「陛下何用でしょうか?」
「その者に騎士服を用意せい」
「はっ!! 畏まりました。 さ、こちらに」
騎士が立ち上がるとシフトを案内してくれた。
太陽が西に傾き地平線に触れる頃、シフトは騎士然とした恰好で会場内にいる。
どうせ出入り口付近で立っているだけだろうと高を括っていたが配属された場所はなんと国王の横だった。
「おい」
「どうしたのじゃ?」
「どうしたじゃねぇよ! どうして国王の横なんだよ!!」
「余が決めたからだ」
シフトは余計なことをと内心毒突いていた。
そうこうしている内に国王のところには色々な貴族が挨拶に来ていた。
公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵と階級は様々だけど貴族たちは頭を下げ国王に取り繕っていた。
グラントはその全てをポーカーフェースで見事に乗り越えたのだ。
最後の1人が立ち去るとグラントは疲れた顔をしていた。
シフトはグラントに普通に声をかけた。
「お疲れ、国王も大変な仕事なんだな」
「わかるか? 今のを見てわかるだろうが貴族とのやり取りが一番面倒臭い」
「ああ、ここにいて王侯貴族に産まれてこなくてよかったと実感しているよ」
グラントはげんなりした顔でシフトを見る。
「庶民から見たら王侯貴族に産まれたいと思うだろうが、余としては自由な庶民が羨ましいよ」
グラントがそんなことを言っているとマーリィアとリーン、そしてドレス姿のルマとベルがやってくる。
だけど様子が変だ。
よく見るとマーリィアとリーンがまるで敵対している感じを受ける。
そしてその間に挟まれたベルがうんざりしていた。
「お父様、聞いてください! リーン名誉伯爵が私のベルにちょっかいを出すんです!!」
「国王陛下、ごきげんよう。 マーリィア王女殿下が私の妹であるベルに手を出そうとするんです」
2人の間には火花が飛び散っていた。
シフトはルマに声をかける。
「いったい何があったんだ?」
「それが・・・」
話を聞くとタイミューのところに案内されたところにマーリィアがいたのだ。
マーリィアはベルが自分に会いに来たと勘違いしてベルの手を取ったのだが、それを気に入らなかったリーンがベルを抱き寄せる。
そこからはマーリィアとリーンのベル自慢合戦が始まった。
それはそれは熾烈を極める戦いだったそうで、決着がつかず未だに牽制しあっている。
当のベルを置いてけぼりにして・・・
因みにタイミューの護衛だがローザ、フェイ、ユールの3人が担当している。
「なるほどね。 それであれな訳だ」
シフトの先にはグラントをも巻き込んでマーリィアとリーンのベル自慢合戦が再開された。
2人の発言は最初大人しかったが徐々にヒートアップしていく。
シフトはそれを見ていて、
(うん、僕にはどうすることもできないな)
早々に匙を投げた。
だがグラントは両者の言い分を聞いて一言何かアドバイス的ななにかを口にするとマーリィアとリーンはお互いに矛を収め、険悪なムードが霧散する。
流石はこの国の王、纏めるのが上手い。
納得したマーリィアとリーンはルマとベルと一緒に別の場所に移動した。
「国王、大丈夫か? 正直見ていて感心した」
「この程度国の無理難題に比べれば簡単なことだ」
グラントは玉座に戻り座ると今までとは違う衣装の人物がやってくる。
「ん? また誰か来ましたね」
シフトの視線の先をグラントも見ると目を細めた。
「どうやら今日の本命が来たようだ」
「本命?」
「他国の重鎮だ」
グラントはそれだけ言うと気持ちを切り替えた。




