90.処罰と勧誘
「ご主人様、大丈夫ですか?」
ユールのその言葉には2つの意味がある。
それはシフトの身体とこの騒動の結末がどうなるのかだ。
「問題ないよ。 心配してくれてありがとう、ユール。 どちらかというとあれの自滅によってこの先どうなるのかが気になるがな」
ギャンザーを見ると未だに地面を転げまわり高価な衣装が埃塗れになっている。
「はぁ、父様・・・なんてことをしてくれたのかしら・・・」
聞き覚えがある声がしたので振り向くとベルの姉であるリーンがドレス姿で立っていた。
「ああ、たしかベルのお姉さんの・・・」
「リーンよ。 父様が迷惑をかけたわ」
リーンはスカートを掴むとシフトに向けてカーテシーをする。
「まぁ、僕は怪我してないから問題ないけど、ヴァルファール伯爵家が問題になりそうなんだけどね」
「ええ、まさかこのような場であんなことを言い出すなんて・・・あなたたちだけなら口外しないようにお願いするんだけど、市井の人々の口を閉ざすのは無理があるわ」
そう、この場には多くの地元民や観光客がいる。
リーンは自分の父親が仕出かしたことに頭を抱えた。
「僕を殺そうとしたのはともかく謀反はさすがに不味いだろうな・・・」
「ヴァルファール家もお終いかもね・・・」
リーンが暗い顔で応えていると騒ぎを聞きつけた王国の騎士と魔法士たちが駆けつけた。
騎士と魔法士を見たユールが驚いている。
「あのエンブレムはたしか第一騎士団、第一魔法兵団ですわ」
「はぁ・・・わざわざ一級戦力をここに向かわせてきたのか?」
シフトが呆れていると騎士の1人がやってくる。
「失礼。 あなたがギャンザー卿と事を構えていた者だな」
「そうだよ。 もっとも先に剣を抜いて仕掛けてきたのはあいつだけどな。 なんならこの場で観戦している者たちに聞いてみるがいいさ」
「いや、その必要はない。 直接見ていたからな」
「グラントめ、こうなることを見越してこいつらを寄こしたな」
グラントのほくそ笑む顔が脳裏に浮かぶ。
「それでこれからどうするのかな?」
「はい、国王陛下よりあなたを王城に案内しろと言伝を承っております」
「できれば辞退したいのだが」
「国王陛下としても国家を揺るがす者を捕まえたことに敬意を表したいと」
すでに周りには騎士と魔法士たちが取り囲んでいる。
シフト1人なら強引に突破もするが、ユールとリーンを連れてとなると無理だろう。
シフトは溜息をつくと騎士に答える。
「・・・わかった。 招待に応じよう」
「それでは王城へ案内します」
シフトたちは騎士の案内で王城へと足を運んだ。
王城・謁見の間へと続く扉の前。
そこにはシフトとユール、リーンだけでなくルマ、ベル、ローザ、フェイもいた。
なぜここにいるかを聞くとルマとフェイはタイミュー女王陛下にお願いされて、ベルとローザはシフトたちと同じ境遇で連れて来られたらしい。
リーンはベルを見るとすぐに抱きついた。
ベルは藻掻くが抜け出せないでいる。
そんな微笑ましいやり取りを見ていると扉の前に立つ1人の騎士が声をかけてきた。
「そろそろ国王陛下との謁見の時間です」
それを聞いたリーンはすぐにベルから離れてキリっとした表情と仕草になる。
切り返しの速さにさすがは伯爵令嬢と思ってしまう。
「それでは扉を開けますがくれぐれも粗相のないように」
それだけ言うと騎士たちが扉を開ける。
獣王国でも感じたが無駄に広いと感じていた。
実際には多くの臣下に声を届けるのにこれくらいないとダメなんだろうが・・・
とりあえずシフトは歩き出す。
そのあとをルマたちとリーンが続く。
玉座にはグラントが座り、その隣には1人の女騎士が立っていた。
グラントとの距離がだいたい10メートルのところで止まると作法など知らないシフトはどうしたものかと思案する。
助け舟を出したのは意外にも国王であるグラントだった。
「よく来たな、シフトよ」
「招待ありがとう・・・と言うべきか?」
「ははは・・・まぁ、そう固くなるな。 余とて気楽に話したいからな。 いつも通りでよいぞ」
「それはどうも」
グラントが許可を出したので、ここは言葉に甘えて普通に話すことにした。
「さて、まずはあの2人の処分から行うか」
それだけ言うと国王が右手を軽く上げる。
しばらく待っているとシフトたちが入ってきた扉から2人の人物が手に枷をされて入ってきた。
1人は先ほどまでシフトを殺そうとしたベルの父親であるギャンザー。
もう1人は見たこともない女騎士だ。
役者が揃ったところでグラントが話し始める。
「ギャンザーよ。 そなたが余に代わりこの国を掌握しようと画策しているようだな。 多くの騎士たちが聞いていたぞ」
「申し開くつもりはない。 グラント、あんたのやり方は手緩い。 我が代わって王国を支配してやる」
「・・・残念だ。 これからも国を支えてくれると信じていたのだがな。 ギャンザー、そなたの伯爵の地位を剥奪する」
「・・・」
ギャンザーは恨みのこもった目でグラントを見る。
「国家反逆罪として死刑と言いたいところだが今までの功績を称えて終身刑に処す。 牢で反省するがいい」
それだけ言うとグラントは右手を軽く上げる。
近くにいた騎士たちがギャンザーの両腕を掴むと謁見の間から退室した。
重い空気が謁見の間を包み込む。
頃合いを見てグラントは手枷をした女騎士に声をかける。
「次にシルファザードよ。 そなたは娘の命の恩人に手を出そうとしたとか。 それは真か?」
「国王陛下、騙されてはなりません。 この者共はマーリィア王女殿下を誑かそうとしたのです。 それを断つのは殿下を守る者として当たり前のことです」
「マーリィアからはそのようなことを聞いた覚えがない。 余もこの者たちと面識があるがとてもそんなことをするような輩ではない」
「く、マーリィア王女殿下だけでなくグラント国王陛下まで!! 貴様ら!!!!!」
シルファザードはシフトたち、いやベルへその怒りをぶつけていた。
肝心のベルは関わりたくないのか明後日のほうを向いている。
例えるなら柳に風、暖簾に腕押しといったところだろう。
「ふぅ・・・これでは会話が成立しないな。 シルファザードよ、今をもってマーリィア直属の騎士団団長の任を解き除名する。 しばらくの間は第二騎士団への転属を言い渡す」
「なっ?! 私は今日までマーリィア王女殿下を守るために必死に努力をしてきたのですよ! なぜ私が解任されないといけないんですか!! 納得できません!!!」
「しばらく離れて自分自身を見つめ直すがよい」
グラントは右手を軽く上げると女騎士たちがシルファザードの両腕を掴んで扉へと歩いていく。
「考え直してください! 国王陛下!! 国王陛下!!!」
シルファザードの訴えも空しくそのまま謁見の間から退室した。
落ち着いたところでグラントはリーンを見る。
「さて、ヴァルファール伯爵家だがこのまま取り潰しという訳にはいかぬな。 ギャンザーの娘リーンよ。 そなたを今日から名誉伯爵の爵位を与える」
「名誉伯爵ですか?」
「ふむ、単純に言えば一代のみの名誉男爵の伯爵版だ。 そなたの正当な跡継ぎができるまでの間までの仮爵位だと思ってくれ」
「私が・・・よろしいのですか?」
「ギャンザーの世継ぎは1人だけ。 故に特例処置とするにはこれしかないのだ」
グラントの苦肉の策を察したリーンはその場で片膝をつき頭を垂れる。
「・・・我が剣は王国のために。 謹んでお受けします、国王陛下」
「ふむ、頼んだぞ、リーン名誉伯爵」
「はっ!!」
次にグラントは隣にいる女騎士に声をかける。
「シルファザードがあのような結果になってしまったのは残念だ。 お前にはマーリィア直属の騎士団団長代理を言い渡す。 後に正式に騎士団団長を任命することになるだろう」
女騎士はその場に片膝をつき頭を垂れて口上する。
「はっ!! マーリィア王女殿下直属騎士団団長代理謹んで拝命いたします」
「とりあえずこれで落着だな。 さて、ここからは別の話をしようじゃないか」
グラントは今までの重苦しい言葉遣いを止めてシフトたちにこれからのことを話し始めるのだった。
シルファザードは謁見の間を出て王城内を女騎士2人に両腕を掴んで引き摺られていた。
本来なら多くの者が働いているので誰かしらと会うのだが、不思議なことに今は誰とも会わない。
「く、なぜだ! なぜマーリィア王女殿下も国王陛下も私の話を聞いてくれない!! これは王国の危機なんだぞ!!!」
引き摺っている女騎士たちが急に止まる。
「それなら手伝いましょうか? シルファザード団長」
「!!」
シルファザードは女騎士から聞こえてきた内容に驚く。
「そんなに驚かないでください、団長。 私たちはあなたの味方です。 団長の大好きなマーリィア王女殿下を独り占めしたいと思いませんか?」
「マーリィア王女殿下を独り占め・・・」
女騎士の言葉はまるで悪魔の囁きのようにシルファザードの脳内に広がっていく。
「そんなことができるのか?」
「ええ」
「できますよ。 ただし、私たちに協力すればですけど」
女騎士たちは蜂蜜と同じかそれ以上に甘い言葉でシルファザードに語り掛ける。
シルファザードが悩み出した結論は、
「・・・する・・・協力する」
「さすがシルファザード団長です」
「歓迎いたしますわ」
シルファザードは気づいていないが女騎士たちの右手には紋様が浮き出ていた。
時を同じくして牢の中。
理性を失った獣が1匹吠えていた。
「くそ! 我が! 我こそがこの国の王に相応しいのに!!」
男の名はギャンザー。
先ほど謁見の間で爵位を剥奪され国家反逆罪で牢に入れられた者だ。
「このまま終わってなるものかあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
ほかの牢から五月蠅い、黙れという声が多く聞こえてくる。
しかしそれも長くは続かない。
ギャンザーが収容されている牢の番人が前のめりで倒れたのだ。
それを皮切りにほかの牢からも倒れる音がして声が一切聞こえなくなる。
ギャンザーは何事かと鉄格子の前までいくと急に男の声が聞こえてくる。
「なぁ、復讐したいと思わないか?」
「! な、何者だ!!」
奥のほうからフードを被った1人の男がギャンザーの牢の前まで歩いてくる。
「こういうものだ」
男は右手を見せると紋様が刻まれていた。
「そ、その紋様は?!」
「知っているのかい?」
「いや、知らない。 だが、噂には聞いたことがある。 この世界に狂信者がいて右手に奇妙な紋様があると・・・我も直接見るのは初めてだ」
「ま、概ね間違ってはいないがな」
男は肩を竦ませて低い声で笑う。
「それでどうする? お前をこんなところに閉じ込めた者へ復讐したいと思わないか?」
「ああ、復讐したい! あの小僧を殺したい!!」
「俺に協力するなら復讐の機会を必ずや設けることを約束しよう」
ギャンザーは考えた。
差し出されたこの手を取っていいものかを。
「どうした? 手を取るか? それとも取らないか?」
「・・・ふん、いいだろう。 協力してやる」
「そうこなくっちゃな」
ギャンザーと男は手を取り合った。
その日、ギャンザーとシルファザードは右手に紋様がある者たちとともに王城から忽然と消えた。
彼らがどこに行ったのか知るものは誰もいなかった。




