87.王都再び
新しく切り札を手に入れたシフトは改良した魔動車に乗って王都スターリインを目指している。
ベルたちが改良しただけあって開発当初の魔動車よりも乗り心地が良く快適だ。
途中崖がありヴァルファール伯爵領を迂回しないと行けなかったが、シフトは力業で迂回することなく崖の上に移動する。
どうやったのかというと魔動車を一旦空間に収納し、ルマたちがシフトにしがみつくと【空間転移】で崖の上に転移したあと空間から魔動車を取り出して再度発進させたのだ。
森の中馬車道を進み、抜けた先の草原を進み、途中の町や村はスルーして進んでいくと遂に王都スターリインが見えてくる。
極南デューゼレル辺境伯領から王都スターリインまでは歩いて4~5ヵ月、馬でも1~2ヵ月かかるところをシフトたちは魔動車に乗ってわずか20日足らずで走破したのだ。
さすがにこのまま向かうと目立つので距離的には歩いて2日かかるところで魔動車を降りて空間に収納するとそこからは歩いて王都を目指す。
「んん、久しぶりの王都だ」
「魔動車に慣れたせいか歩くのが少し面倒だな」
「仕方ないですわよ。 あのまま向かった場合にわたくしたちは間違いなく注目されますわ」
「ユールの言う通りだ。 みんな面倒かも知れないけど我慢してくれ」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトの掛け声にルマたちが応える。
予定通り2日後に王都スターリインの南側である城の下辺りに到着するシフトたち。
そこから城壁を右側に向かって歩いていき東門に到着する。
衛兵からのチェックも終わり入都するとシフトたちはまず宿を取ろうと前回利用した『兎の癒し亭』へ足を運ぶ。
「いらっしゃいませ、兎の癒し亭へようこそ。 宿をお探しですか?」
「ああ、6人だけど1部屋あるかな?」
「あります。 一泊銀貨10枚です」
「5日滞在したい」
「わかりました。 銀貨50枚になります」
シフトは懐から銀貨50枚を受付嬢に渡す。
「ありがとうございます。 部屋はこちらになります」
シフトは受付嬢から部屋の鍵を受け取ると鍵に印されている4階の一番左の部屋に到着する。
部屋に着くなりルマたちは椅子やベッドに腰かけた。
シフトも少し落ち着いてから情報屋に『勇者』ライサンダーたちに関する情報を入手しに行く予定だ。
シフトたちがチェックインして30分後───
コンコンコン・・・
「ん? 誰だ?」
「私がでます」
ルマが扉に近づき開ける。
そこには思わぬ人物がいた。
「久しいのぅ、ルマ嬢」
「え?! こ、国王陛下?!」
そう、そこには本来は城の謁見の間か執務室で公務に勤しんでいるはずのグラントがなぜかいる。
「しいぃぃぃぃぃ・・・声が大きい」
「あ、は、はい」
グラントは人差し指を口に当ててルマを黙らせる。
そして、グラントの後ろからもう1人現れて室内を見ると大きな声を出していた。
「ベル!」
「マーリィア?」
元気な声でベルの名を呼ぶのはこの国の第二王女であるマーリィアだ。
マーリィアはグラントの急な予定について不信を感じたのか駄々を捏ねて付いてきた。
「とりあえず中に入れてくれないかのぅ」
ルマはシフトを見る。
(やれやれ王都についてそうそう面倒事か・・・)
シフトは諦めて首を縦に振る。
「どうぞ、こちらに」
ルマが丁寧にお辞儀をしてから道を開ける。
ベルたちも席を立ち、椅子の後ろに控えた。
グラントとマーリィアが部屋に入るとルマが静かに扉を閉める。
念のためフェイが扉前に移動して警戒する。
「1年ぶりだな、シフト。 長旅で疲れているところ、急に押しかけてすまないのぅ」
「そう思うのなら突然押しかけて来ないでください」
そう言いながらもシフトはグラントに席を勧める。
グラントが座るとシフトも反対側に座った。
「ははは・・・相も変わらずつれないことを言う」
「それで今日は護衛もなしに何の御用ですか?」
グラントが要件を言おうと口を開きかけた時、マーリィアがベルの腕を掴んで話しかけた。
「ねぇ、ベル。 向こうのベッドで話をしましょう」
「放せ」
ベルはマーリィアから逃れようとなんとか引き剥がそうとしている。
マーリィアも負けじとベルにしがみつく。
「ベル、そっちのベッドに腰かけてマーリィア王女殿下と話してなさい」
「マーリィア、ベル嬢とそちらで話しているといい」
シフトとグラントがベルとマーリィアを気遣って同じ内容を口にする。
2人の反応は対象的でベルは嫌な顔をし、マーリィアは嬉しそうな顔をしていた。
根負けしたのかベルはマーリィアのなすがままにベッドに連れていかれて(マーリィアが一方的に)話し始める。
ベルには悪いがしばらく我慢してほしい。
ベルとマーリィアとのやりとりにその場にいるシフトたちが誰もが微笑ましい出来事と受け取る。
「まぁ、あちらは当分の間放置でいいとして、要件だがまずは6ヵ月くらい前にナンゴーから聞いた獣王国での一件について礼を言いたい。 ありがとう」
グラントはシフトに頭を下げた。
「気にするな。 僕も王国と獣王国の戦争は望んでいない」
シフトも国同士の争いは避けたいと思っているのだ。
グラントは頭を上げると満足したように頷き、次の言葉を口にする。
「実はあと数日のうちにタイミュー女王陛下がここにくる予定なのだ」
「タイミュー女王陛下が?!」
「うむ、余と他の国の重鎮たちと会談する予定だ」
「平和会談ってところか」
シフトを驚かすことに成功したグラントは次の話を切り出す。
「次に4ヵ月前のヴァルファール伯爵領で問題になったギャンザー伯爵の件だが・・・」
「気に入らないからぶっ潰した」
グラントが言い終わる前にシフトが内容をぶった切った。
「ギャンザーは相当怒っていたぞ。 余のところまで使者がきてそなたのことを犯罪者として訴えてきた」
「先に仕掛けてきたのはギャンザーのほうだ」
「わかっておる。 彼奴は昔からプライドの高いというか塊みたいな者だからな。 どうせ気に入らないことを言われて剣を抜いたんだろう」
見てもいないのにグラントはその光景を言い当てるとシフトに忠告してきた。
「気をつけろ、ギャンザーも次の会談に合わせてここにくる」
それを聞いたシフトは苦い顔をする。
タイミューは歓迎するがギャンザーは願い下げだ。
「それと2ヵ月前のデューゼレル辺境伯領の首都テーレで起きた戦だが被害のほうは目を瞑るとして復興に尽力してくれたことには感謝する」
「あれはたまたまだ。 それに僕の『目的』も含まれていたからね」
その言葉を聞いてグラントは悲しい顔をする。
「シフト、まだ続けるつもりか?」
「ああ、続ける。 他人からしたらちっぽけなことでも僕にとって大いに意味があることだから」
「そうか・・・」
グラント本人は止めたいのだろうがこれはシフト自身の問題だ。
邪魔するなら容赦なく牙を剥くだろう。
「話はそれだけか?」
終わったのなら帰れというニュアンスを含めた口調だ。
「いや、もう1つある」
するとグラントは身を乗り出して目を輝かせていた。
「デューゼレルからここまで来たときの馬がいらない乗り物に余は非常に興味がある」
「なんですかそれ?」
シフトは魔動車について黙秘をする。
グラントはさらに前のめりになった。
「惚けるでない。 影からの報告でもう調べはついているのだからな」
「はぁ・・・あんたの影たち優秀すぎるだろ? どこからその情報を仕入れたんだ?」
「ふふふ・・・それは国家機密故に言えんな。 それで相談なんだが余にあれを売ってくれないか?」
こうなることは予想していたが案の定、グラントは餌に食いついた。
「いや売る予定は・・・」
「白金貨1枚」
グラントの発言に他所で話しているベルとマーリィアを除くその場の皆が驚いた。
「正気か? あんな鉄屑に白金貨1枚って」
「もちろん正気だ。 それだけの価値があれにある」
「悪いがあれは売れない。 あれは僕たちの交通手段として作った物だ。 どうしても欲しいなら部下たちに命令して作ればいい」
「またそれか・・・魔法武器といい、馬がいらない乗り物といい、できればそなたの知識を国のために使ってはみてくれないか?」
「断る。 過ぎた技術が広がれば身を亡ぼすことになるからだ」
「そこを何とか・・・」
「ダメだ」
「んん・・・仕方ない、気が変わったらいつでも言ってくれ」
グラントの諦めの悪さに辟易するシフトだった。




