86.新しい切り札
新しく手に入れた交通手段である魔動車。
試運転やルマたちへの慣れも含めて走行させたが、それでも1日馬を走らせた距離を軽く上回る距離を走破していた。
魔力の消費量と乗り心地の悪さもあるが、それでも徒歩と比べるとあまりにも快適な旅である。
魔動車で移動を始めたその日の夜。
シフトたちは食事も終えて自由な時間を満喫している。
ルマたちは乗り心地の悪さについて議論していた。
もう少し肌に優しい布で覆うとか、揺れや振動を抑える方法はないかとか、すっかり魔動車の虜である。
そんな中、ルマたちから離れた場所でシフトは首都テーレでの戦いを思い出す。
対個人なら今の能力で十分対応できている。
【五感操作】、【念動力】、【空間転移】、【次元遮断】、【限界突破】・・・どれも対個人で使う分には有能すぎる切り札といっていい能力ばかりだ。
さらに奥の手である【即死】もあるので、ドラゴンみたいな強敵にぶつかってもまず負ける心配はないだろう。
しかし、対大軍あるいは対大群においては殲滅力に欠けている。
場合によっては、ルマが見せた【氷魔法】のような殲滅力が必要になってくる。
あれを手に入れるのは難しいが、それに近いものが手に入ればと考えているとローザが話しかけてきた。
「ご主人様、どうしたんだい?」
「ローザか。 ちょっと考え事をしていてね」
「考え事?」
「この前のルマのことさ。 大群相手に【氷魔法】を使ったろ?」
「ああ、あの拳大の雹のことか。 それがどうしたんだい?」
ローザは不思議そうに尋ねる。
「僕もそれに近い能力が欲しいと思ってね。 思案しているところだ」
「ははは・・・ご主人様の能力はただでさえ規格外の能力ばかりなんだよ? さらにそんな殲滅できる能力が欲しいとか勘弁してほしいものだ」
「そうなんだけどね。 いざというときにローザたちを守れないんじゃ意味がないんだよ」
「ご主人様」
それを聞いたローザが珍しく顔を赤らめる。
ちゃんと自分を守ってくれると言葉にしてくれたのが嬉しいのだろう。
「それならこういうのはどうだろう」
ローザは自分なりにシフトの切り札になるかもしれない案を話し出す。
それを聞いたシフトはなるほどと頷いていた。
それなら群れや軍隊で襲ってきても先手で撃ち込めば相手を瓦解できる。
「ありがとう、ローザ。 それなら大勢で襲ってきた場合に役に立つ」
「お役に立てて何よりだよ、ご主人様。 願わくば一生使われないことを祈るよ」
シフトはローザにお礼を言うとルマのところに行く。
「ルマ、ちょっと話があるんだけど」
「ご主人様、なんでしょう」
「実は・・・」
シフトはローザの発案を口にする。
するとその話を聞いていたベルたちから血の気が引いていく。
「・・・という訳で早速で悪いが作ってくれないか?」
「はい、喜んで」
「ちょっ?! ルマちゃん、本気?!」
「ご主人様が私の力を頼ってくれているのです。 これほど嬉しいことはありません」
「これは何を言ってもルマさんには届きませんわね」
ルマのやる気についていけずユールは匙を投げた。
「それでは始めます」
ルマはある魔法を使って作り始めた。
しばらくしてシフトに話しかける。
「ご主人様、このくらいですか?」
「全然足りない。 もっとだ」
「はい、頑張ります」
ルマは魔法を使い続けるが度重なる魔力の消費にすぐに限界を迎えてしまう。
「すみません、ご主人様。 もう魔力が・・・」
「いや、無理をさせてすまない。 また明日お願いしたい」
「畏まりました、ご主人様」
シフトはルマを労うと作りかけを空間にしまう。
落ち着いたところでフェイが話しかけてきた。
「ご主人様、これで完成じゃないの?」
「まだまだだね。 これの倍以上は欲しい」
「嘘でしょう? これでも相当な威力になるとぼくは思うんだけど・・・」
「確かにね。 だけど大軍相手ならこれじゃ足りない」
「ごめん、ぼくにはついていけないよ」
フェイもユールと同様に匙を投げてしまった。
翌日、シフトたちは魔動車で移動せずにその場で改良を試みていた。
特に座り心地の悪さを徹底的に改善するそうだ。
シフトは気にしていなかったがルマたち女性陣は我慢できないのだろう。
そういう訳で今日1日は魔動車の設備調整に急遽変更する。
ベルの【錬金術】を中心にクッションを作成して座席に設置することになった。
裁縫作業も【錬金術】の一つ、ベルはやる気を出している。
ベルとユールがどの素材で作成するか検討し、シフトは必要な素材を空間から取り出して渡した。
2人は早速クッションの作成に取り掛かった。
ローザとフェイは雨風対策について議論していた。
特に風避けは必須だが何がいいか考えている。
結論としては硝子が良いというのは出ているのだが、問題は材料と強度だ。
ローザが持っている鍛冶の本にも一応は硝子の作り方が書いてある。
材料は砂でこれを1500度以上にすることで液状となり冷えて固まることで硝子になるらしい。
初心者用なのでどの砂がいいか、どの程度強度があるかなどはまるで書いていなかった。
作るとするなら試行錯誤が必要になるだろう。
今のところは保留にして王都についたら硝子専用の職人に会って聞いてみる予定だ。
もう1つの問題である雨対策は荷馬車のように屋根をつけることにした。
シフトから栗の木と布をもらうと2人は早速作業に取り掛かる。
フェイは【風魔法】で栗の木を加工した。
ローザは車内の四隅に支柱となる加工済みの木を立てかけてしっかりと固定し、梁、桁、筋交い、合掌、棟木の順番に木を組み立てていく。
最後に布を被せて固定すれば屋根の完成である。
上部への解放感はなくなり立つと狭く感じるがこれで雨対策は完了だ。
そこに新作のクッションを引っ提げてベルとユールが現れると座席に敷き詰めていく。
設置が完了すると実際に乗車して快適かどうか検証している。
シフトとルマは昨日に引き続きシフトの切り札になるものを作っていた。
シフトは空間から昨日の物を取り出すとルマはそれに対してひたすら魔法を行使し続ける。
やがて魔力がほぼ空になってしまい、そこで終了した。
「ご主人様、もう魔力が空です」
ルマが疲れ切った顔でシフトを見る。
出来上がった物を見てシフトは満足して頷く。
「ルマ、ありがとう。 これなら僕の切り札として十分に使えるよ」
「ご主人様、ありがとうございます」
「これでようやく1つ目が完成したから、明日からは2つ目の作成に取り掛かるよ」
「はい? 2つ目ですか?」
「ああ、これ1つでも十分役に立つけど2つ3つあると余裕が違ってくるからね」
そう言うと出来上がったものを空間にしまう。
「お聞きしたいのですが、いくつ作る予定ですか?」
「そうだね・・・余裕があるときにでも作るとして10個以上かな・・・」
「じゅ、10個?!」
ルマはその数に驚いていた。
「あれ? ダメかな?」
「い、いえ、ダメではないですが・・・ご主人様は世界を相手に戦争でも仕掛けるんですか?」
「そんなことはしないよ、面倒だし。 全世界の人から攻めてくるならともかく国や都市を滅ぼそうなんて思ってないよ」
シフトの発言にルマは溜息をついた。
「私としてはご主人様のお役に立ててとても嬉しいですが、必要なんですか?」
「この前の首都テーレの戦いを思い出して、僕にも大軍との戦いに使える切り札が欲しいと思ってね。 だけど僕のスキルはどちらかと言えば対個人に特化したものばかりなんだ」
「なるほど、だからあれを作らせたんですね」
「そういうこと。 ただ1つだけだと1回消費したらお終いだから何個も持っておきたいという訳だ」
「はぁ・・・わかりました。 明日からできるだけ作りたいと思います」
「ありがとう、ルマ」
こうしてシフトは対大軍あるいは対大群用の殲滅武器を手に入れる。
余談だがルマは暇を見つけては殲滅武器をシフトの要望通り10個以上量産した。




