73.ベル、故郷を後にする
食事を終え、ベルの姉リーンと母親クローシュとの対談も済み、ギャンザーを放置してシフトたちは食事処を後にする。
「ご主人様、よろしかったのですか?」
店を出るなりルマがシフトに声をかける。
「ん? 何がだ?」
「先ほどの件です。 このあと面倒事になるのは必定かと」
「十中八九そうなるだろうね。 もしそうなったら僕が全力でギャンザー伯爵を殺しに行くけどね」
シフトはおちゃらけた感じでルマたちに話す。
「ご主人様、ごめんなさい」
「ベル? どうして謝るんだ?」
「ベルが1人で街を歩いていたから家のトラブルに巻き込んだ」
ベルは生まれ故郷をただ歩いていただけだ。
その時にリーンと偶然出会っただけに過ぎない。
「気にしなくていい。 僕もみんなもベルを責めたりはしない」
シフトの言葉にルマたちは首を縦に振る。
「そうだよ、あんな父親、ぼくなら許せないもん」
「ああ、ご主人様が対応しなければ正直わたしが手を下そうとしたよ」
「奇遇ね、私もよ」
「ご主人様はちょっとやりすぎな部分もありましたが、見ていて心がスカッとしましたわ」
今更にルマたちはギャンザーに対する殺意を露わにする。
「みんな落ち着いて、明日の朝ここを出発するけどそれまでは1人での行動はなしだ」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
「それじゃ、警戒しつつ残りの滞在時間を楽しもう」
シフトはルマたちと一緒に商店街を見て回ることにした。
旅に必要な日用品や食料品の購入を始め、流行ってる衣類を見たり、スイーツを食べたりと皆満喫している。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
夕食を終えて今日泊まる宿に戻り各々が部屋で寛いでいる。
コンコンコン
突然扉がノックされる。
ベル、ローザ、フェイは素早くナイフに手を伸ばす。
ルマとユールもすぐに魔法を打てるように構える。
『ベル? いるんでしょう? 部屋に入れてくれない?』
声の主に聞き覚えがある。
この声はリーンだ。
シフトはフェイを見ると、指を3つ立てている。
フェイの気配察知からどうやら外には3人いるらしい。
コンコンコン
『ベル? ベルーーーーー』
リーンは妹に会いたいのかベルの名を呼び続ける。
シフトたちは警戒したのが馬鹿らしくなり、代表してシフトが扉を開ける。
ガチャ
「ベルーーーーー」
リーンは扉を開くや否や部屋に入ってきてシフトを抱きしめる。
「ベルーーーーー、会いたかったよーーーーー」
確認せずに抱き着いてきたリーンの胸はローザくらいの大きさがあり、シフトの胸板に惜しげもなく押し付けた。
貴族令嬢としての嗜みだろう、化粧もしていて香水がほんの少し匂ってくる。
(う゛・・・柔らかいし良い匂いがする)
ルマたちとは違う女の色香にあてられていた。
だが、それも一瞬のこと、すぐに現実に戻り話しかけた。
「・・・ああ、喜んでいるところすまないが僕はベルじゃないんだけど」
「?!」
シフトの言葉にリーンは目を見開き離れる。
リーンの行動にルマたちは殺気立ち、扉の向こうで見ていたクローシュと老執事ヴィルウェムは呆れて溜息をしていた。
そしてリーンは勘違いでシフトに抱き着いたこととベル本人が迎えてくれなかったことに顔を赤らめていた。
「ベル、どうして一番に出てくれなかったの?」
「知らない」
ベルは興味がないのか端的に答えるとそれ以上は相手にしなかった。
入室を許可してないがリーンは勝手に部屋に入りベルに歩み寄る。
シフトはやれやれと頭を掻きながら部屋の外にいるクローシュとヴィルウェムに声をかけた。
「立ち話もなんですから部屋に入りませんか?」
「ありがとう」
クローシュとヴィルウェムは礼をすると部屋に入る。
扉を閉めて席を勧めるとシフトは話を切り出した。
「それで用は何ですか?」
「非礼を詫びに参りました。 夫があなたに無礼をしたこと、誠に申し訳ございません」
クローシュとヴィルウェムはシフトに頭を下げる。
「それとあなたは今、夫に狙われております。 意識が戻った夫は部下たちに命令して血眼になってあなたを探しております」
「そうでしょうね」
想像はしていたので驚きはしていない。
「ですが、捕まることはないでしょう」
「?」
「夫はその性格故にベルに対してやりすぎたのです。 今雇っている部下たちのほとんどはベルの笑顔で救われているのですから」
説明を聞くとギャンザーはその冷酷な性格故に部下たちからの信頼は底辺であった。
ギャンザーは実力だけならこのヴァルファール伯爵領内にいる騎士や魔法士、冒険者を歯牙にかけないほどだ。
勝てない相手に従わざるをえない部下たちだが、癒しを与えてくれていたのがベルだった。
ギャンザーから与えられるどんな過酷な任務や訓練でもベルの笑顔が皆の心を和ませてくれる一種の清涼剤みたいなものだ。
だが、スキル授与でギャンザーがベルを切り捨てたことにより多くの部下が自分の立場を弁えずギャンザーに抗議する。
ギャンザーは自分に反抗するものを粛正した。
これにより元々の信頼が底辺だったのが最底辺へと転がり落ちる。
それからはギャンザーに対し表立って逆らう者はいなかった。
今日この日までは・・・
「部下たちはあなたを見かけてはいましたがスルーしていましたしね」
「ああ、なるほど。 どうりで視線は感じるが襲ってこない訳だ」
シフトと警戒心が最も強いフェイは街中での視線に気づいていた。
いつギャンザーの手の者が襲い掛かってきてもいいように警戒はしていたが、まさか捕まえるつもりがなくて見逃されているとは思ってもみなかった。
「夫に対してバレないように隠れストライキを起こしているんですけどね」
クローシュは口を隠すと含み笑いをする。
「だから安心してここに滞在してください」
「ありがとうございます。 ただ、僕たちもここに旅に必要な日用品や食料品を買いに立ち寄っただけです。 明日には出ていきます」
「そうだったんですの? なら今日ベルに会えたことを神に感謝しないといけませんわね」
クローシュはベルを見て微笑んだ。
ベルはリーンに抱きつかれながらどうしたものかと考える素振りを見せている。
「ところで旅と言ってましたがスターリインから来たの? それともデューゼレルから来たのかしら?」
「パーナップ辺境伯領からやってきました」
シフトの回答を聞いたリーンとクローシュ、ヴィルウェムは驚いていた。
あまりの衝撃に声がしばらくでなかった。
「もしかして、あの砂漠を越えてきたの?」
「そうですけど?」
3人は信じられないという顔をしている。
「失礼ですが、あの砂漠にはサンドワームの群れがいるはずですが?」
ヴィルウェムはクローシュに代わりシフトに尋ねる。
「ええ、大量発生してましたね。 砂漠越えの2ヵ月の間、昼夜問わず少なくとも1000匹以上倒してここまで来ましたけど」
「「「・・・」」」
3人は絶句する。
なぜならサンドワームを倒すのは極めて困難であるからだ。
ギャンザーでもサンドワームを相手に1匹倒せるかどうかというのにシフトたちは6人で1000匹以上倒したというのだ。
先ほどの店での出来事も納得する。
こんな化け物を相手にしたギャンザーがそもそも愚かなのだと・・・
「ふふふ・・・夫が勝てない訳ですわ」
「たしかに・・・喧嘩を売った父様が軽率すぎます」
「旦那様・・・相手が悪すぎましたな」
3人は溜息をついたのだった。
30分後───
それから他愛のない会話をしていると、
「奥様、そろそろ・・・」
クローシュと話しているとヴィルウェムが耳打ちする。
「いけない、もうこんな時間なの? そろそろお暇するわ。 リーン」
「ええーーーーー、母様もう少しいましょうよ」
「ダメです。 これ以上はあの人の機嫌を損ねるでしょう」
「・・・はーーーーい」
クローシュは席を立つとベルに近寄ると抱きしめる。
「ベル、元気でね」
ベルは何の反応もしなかった。
いや、どのような反応をすればいいのかわからなかった。
どうしようと考えているうちにクローシュはベルから離れた。
「それじゃ、また会いましょう」
シフトは一礼するとリーンとクローシュ、ヴィルウェムは部屋を出て行った。
翌日、シフトたちは首都ルヴァイを出て南東を目指し歩き始めた。
大分離れたところでベルが不意に首都ルヴァイを見る。
(母様・・・リーンお姉さま・・・)
本当なら2人の行為に甘えたいのだろうな・・・
だけど、ベルはすでに決めているのだろう、すぐにシフトたちのほうを向く。
「ベル」
「なんでもない、ご主人様」
ベルは少し悲しい顔をしたがすぐにいつもの表情に戻りシフトたちとともに歩いていくのであった。




