72.怒りに任せて叩きのめした 〔※残酷描写有り〕
「ヴァルファールの者が頭を下げるな」
シフトたちの前に現れた男はベルの姉リーンと母親クローシュに対して傲慢な物言いをした。
「あなた! ベルが・・・私のベルがそこにいるのよ!!」
「そうよ、私の妹がそこにいるのに指をくわえて見ていろというの!!」
「前にも言ったはずだ、 そんな者はヴァルファール家にはおらんと」
どうやらベルの父親であるギャンザー伯爵は傲慢不遜な男のようだ。
ちらりとベルを見ると興味なさげに食事をとっていた。
「ふぅ・・・あのさ、僕たちは今食事中なんだから喧嘩なら他所でやってもらえないか?」
シフトは面倒なことは重々承知の上で声をかけることにした。
「なんだ小僧、邪魔をするな」
「それはこっちの台詞だ。 あんたから揉め事持ってきて威張ってんじゃない」
シフトは厄介払いするように手をひらひらと振って言外にあっちに行けと表現する。
ギャンザーはシフトの仕草が気に入らなかったのか素早く剣を抜くとシフトに対して斬りつけた。
しかし、シフトはテーブルにあった肉料理用ナイフを掴むと剣身で太刀筋を受け流し方向を変えた。
勢いがつきすぎたのかギャンザーはそのままシフトの後ろのほうに通り過ぎていく。
「「「「!!」」」」
シフトが余裕で捌いたことにギャンザーもリーンやクローシュ、それと老執事ヴィルウェムも全員驚いている。
今の手加減なしで人を躊躇なく殺そうとした行為にシフトは怒りを感じた。
席を立つと目にも留まらぬ速さでギャンザーに接近し腹に拳をめり込ませる。
「ぐはっ!!」
あまりに重い一撃を受けてギャンザーは腹を抑えながら膝が地面についた。
シフトは次に左足でギャンザーの顔を蹴飛ばした。
その威力にギャンザーの身体は2~3度地面に叩きつけながら吹っ飛ばされる。
「あ・・・ぐぅ・・・あ・・・」
ギャンザーは意識はあるがあまりのダメージに身体を動かせないでいた。
シフトは歩いて近づくとギャンザーを見下ろす。
いつも自分がする側が今はされる側になっていた。
ギャンザーは嘗てない屈辱感を味わう。
だが、シフトの攻撃はこれで終わらない。
今度は足を上げるとギャンザーの腹を目掛けて踏みつけた。
バキッ!!
骨の折れる音が店内に鳴り響く。
「ぐわあああああぁーーーーーっ!!!!!」
追うようにギャンザーの叫び声も店内に木霊する。
それからシフトの容赦ない足踏みが始まる。
バキッ!! ボキッ!! バキッ!! ・・・
手を折り、足を折り、肋骨を折り、内臓にも損傷を与えるほどの威力をこれでもかと与え続けている。
店内にいる人たちはシフトを止めようとはしなかった。
いや、出来なかった。
ギャンザーはこの都市で一番の強さを誇っている。
そのギャンザーが手も足も出ない相手を止める手段など誰も持ち合わせていなかった。
シフトは踏むのを止めるとギャンザーの襟首を掴んで持ち上げる。
常識外れの握力を見て周りで観戦していた人たちはゾッとした。
最後にギャンザーの左頬に右ストレートを入れる。
ギャンザーは吹っ飛んで仰向けに倒れた。
死んではいないが意識はなく、全身打撲に無数の骨折、うっ血なども見られ放置すれば命の危険もある。
これだけの大怪我だとユールのような回復のスペシャリストでもない限り治療するのは困難だ。
ユールが治すのかというとそうではない。
シフトに対する行いにユールは怒っていた。
ユールだけではない、ルマたちもギャンザーの行いに怒りを露わにしている。
マッチポンプなことはせず、自業自得と切り捨てた。
ギャンザーを放置してシフトは席に戻り食事を再開する。
それが合図に周りの時間も動き出す。
「だ、旦那様!」
ヴィルウェムがギャンザーに駆け寄り状態を確認すると叫んだ。
「誰か【回復魔法】の使い手はいませんか!!」
しかし運が悪いことに店内にはルマとユール以外に魔法の使い手がいなかった。
ヴィルウェムはユールを見ると近づいて助命を口にする。
「【回復魔法】の使い手とお見受けします。 私ギャンザー辺境伯にお仕えするヴィルウェムと申します。 どうか旦那様を・・・」
「お断りしますわ」
ユールの目を見ると怒りに満ち溢れている。
ヴィルウェムはギャンザーの性格を熟知しているが故に普段から窘めるようなことはしなかった。
今回はその性格が災いして招いた事故のようなものだろう。
仕方なく近くにいた店員に声をかける。
「・・・店員、すまないが領主の館に行って【回復魔法】が使える者を呼んできてもらえないか?」
「え? は、はい、畏まりました」
店員はすぐに行動する。
ヴィルウェムは今度はシフトに話しかけた。
「先ほどは旦那様が失礼をしました。 どうかお許しを」
「目を覚ましたら伝えておいて。 『今度僕や僕の大切な仲間に手を出すなら殺す』って」
「・・・畏まりました」
シフトはリーンやクローシュを見る。
「ちょっとそっちで話し合おうか。 ルマ、これで代金を払っておいて」
「畏まりました、ご主人様」
シフトはルマにお金が入った革袋を渡すと席を立ち空いている卓に移動して座る。
ヴィルウェムはギャンザーの容態を見に行き、リーンやクローシュはシフトがいる卓の席に着いた。
「さて、改めて話をするが先に言っておく。 ベルは僕の奴隷であり仲間であり嫁だ」
「「嫁?!」」
シフトの発言に2人は驚いたが反応はそれぞれ違っていた。
母親は娘の貰い手ができて嬉しそうに、姉は妹をどこの馬ともわからない者に取られて悔しそうな雰囲気だった。
「あらあら、そうすると近いうちに孫ができるのかしら」
「ちょっ?! 母様そんな暢気なことを言っている場合ですか!!」
「だって・・・」
「だってじゃありません!!」
2人はベルの将来についての議論が始まろうとしていた。
「ああ、続きを話したいんだがいいかな?」
「あら、ごめんなさい」
「すみません」
落ち着いたところでシフトは2人にベルについて開示できることだけ話した。
2年前にモオウォーク辺境伯領にあるミルバークの町で奴隷として購入したこと。
旅の中でベルの持つスキルに幾度となく助けられたこと。
そして王都スターリインで目覚ましい活躍をしたこと。
話を聞き終えた2人は離れた席にいるベルを見る。
「ベルは強くなったのですね」
「そうですね」
保護すべき者が今では守られなくても立派に生きている。
「お二人に聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「なぜベルがヴァルファール家から抹消されたのか」
2人は顔を見合わせるとどうしたものかとアイコンタクトをとっている。
しばらくしてリーンが語り始めた。
「聖教会の神父様とシスターから聞いた話です。 ベルの5歳の誕生日にスキル授与を行ったんです。 その時にヴァルファールに相応しくないスキルを賜ったのが原因でその場で父様に失明させられて家を追放されたのです」
「スキル授与ですか・・・」
ベルが初めてスキルを使うときに聞いた話と一致する。
シフトはスキル1つでこんなにも人生が大きく変動するものなのかと。
そういう意味ではシフトもベルもスキルに振り回された言わば似た者同士なのだ。
違う点は有能だと拾われたか無能だと捨てられたくらいだろう。
もっとも無能者のおかげで有能者を手に入れられたことには感謝しているが。
「たとえどんな理由でも父様が妹を、家族を捨てるなんて許せなかった! だけど、当時の私の力では妹を守れなかったのも事実です」
「・・・」
リーンの苦悩を聞き、シフトは考えた。
しばらくしてから2人にお願いをする。
「お二人にお願いがあります。 将来ベルが望むのならですがここに戻ってくる場所を残してほしいのです。 帰る場所があるのは心強いので」
ベルのために頭を下げるシフト。
その願いに2人は驚いた顔をする。
「わかりました。 ですが母としてはベルの居場所はあなたの中であることを切に願います」
「ちょっ?! 母様!! 私はベルに帰ってきてほしいんですけど・・・まぁ、私としてはベルを不幸にするのは許せないんですからね。 いつベルが帰ってきてもいいようにしておくわよ」
2人はシフトの願いを受け入れるのであった。




