70.ベルの過去 〔※残酷描写有り〕
ベルの父親ギャンザー伯爵が治めるヴァルファール伯爵領。
ベルは遠くに見える首都ルヴァイの中にある一番ド派手な建物を見る。
懐かしくそして2度と訪れることはない故郷へ実に7年ぶりに帰ってきた。
ベルは今複数の感情が複雑に絡み合っている。
歓喜、哀傷、憤怒、憎悪、そして恐怖。
あの日起きたことを思い出す。
7年前───
まだ世間を何も知らないベルは父様、母様、リーン姉さまたちに囲まれて暮らしていた。
ギャンザー伯爵家は代々優秀なスキルを神より賜っているので有名な家柄。
ベルが5歳の誕生日を迎えた当日、父様と一緒にこの都市の聖教会へと向かった。
教会の扉を開き足を踏み入れると神父様とシスターが出迎えてくれる。
「これはこれはギャンザー伯爵様。 ようこそおいでくださいました。 今日は何用で?」
「うむ、今日は我が娘ベルが5歳を迎えたのでな。 スキル鑑定の儀を受けに来たのだ」
「おお、それは喜ばしいことですな。 ベル様、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「・・・ありがとう」
神父様とシスターの祝福の言葉にベルは気恥ずかしそうに感謝を口にする。
「準備しますので少々お待ちください」
シスターがスキル鑑定の儀に必要な[鑑定石]を取りに行く。
神父様はベルを見てから父様に話しかけてきた。
「ベル様ももう5歳ですか。 少し前にリーン様のスキル鑑定の儀を行ったばかりだと思っていましたが・・・歳は取りたくないものですな」
「リーンは我の、いや我が家の自慢の娘だ。 ベルもきっと神より良きスキルを授与されるだろう」
父様は滅多に人を誉めたりしないがリーン姉さまが受け賜わったスキルに手放しで喜んでいたと聞いたことがある。
ベルも父様に褒めてもらえるような立派なスキルが欲しいと強く願った。
しばらくするとシスターは[鑑定石]を両手で大切に持ちながら戻ってきた。
「それではスキル鑑定の儀を始めたいと思います。 ベル様、この[鑑定石]は普通のとは違い特別な物でその人のスキルを啓示してくれます。 さ、手で触れてみてください」
神父様の言う通りベルは[鑑定石]に触れると金色に輝きだした。
「おお、ベルもリーンと同じく金色か」
いつも気難しい父様が珍しく笑顔でベルを褒めてくれた。
「それでスキルは・・・【鑑定】だと?!」
父様は[鑑定石]に表示された文字に驚いた。
【鑑定】? たしかベルの家にも[鑑定石]があったような・・・
父様の顔が先ほどとは一変して激怒していた。
「こ、こんな役にも立たないスキルを神はベルに与えたというのか!!」
父様が腰にぶら下げている剣の柄を掴むと鞘から抜いた。
「なっ?!」
「ギャンザー伯爵様?!」
「父様!!」
「役立たずのスキル持ちなど我が家系にいらんわ!!!!!」
父様が剣を横薙ぎするとそれはベルの両目を切り裂いた。
一瞬後にベルの視界が真っ赤に染まる!!
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! ・・・
ベルは両手で目を押さえて狂ったように身体を動かした。
手には血が大量に付着し、ぬるっとした感触が気持ち悪い。
だがそれ以上に激痛がベルを襲う。
「痛い!! 痛いよぉーーーーーっ!!!!!」
「幼子になんてことをっ!!」
誰かがベルを受け止める。
この優しそうな手はさっきのシスターだと思う。
だが今のベルにシスターの気遣いを感謝している余裕などは1ミリもなかった。
「待って! 今【治癒魔法】をかけるから!!」
シスターはベルを抱きかかえると目の部分に手を添えて【欠損部位治癒魔法】をかけた。
暖かい光がベルの目を癒し始める。
だけど痛みはほんの少ししか引かない。
(どうして? ベルは神様からスキルを賜わっただけなのに・・・)
ベルはなぜこうなったのか理解に苦しむのであった。
一方、神父様は父様に苦言を呈する。
「ギャンザー伯爵様!! いくらなんでも実の娘にやりすぎですぞ!!!」
「貴様!! この地の領主である我に逆らうというのか!!!」
「ですが! 子は神が与えたスキルを受け取っただけですぞ!! この娘自身に罪はありません!!!」
「無能の役立たずは我が家に不要だ!! ベル!! 貴様は今日からヴァルファールの娘ではない!!!」
シスターはなんとか眼球を元に戻すまで傷を癒したが、そこで誰かがベルの手を掴んだ。
この手には覚えがある! 父様だ!!
「この役立たずの目など治しても何の意味もない! 余計なことはするな!!」
「待ってください! 切り傷は何とか治りましたがまだ盲目は・・・」
「五月蠅い! こっちにこい!!」
父様はベルの手に力を籠めると歩き出した。
歩幅を気にせず歩く姿はベルのことを一切考慮していない。
正に傍若無人な態度である。
後ろからは神父様とシスターの声が聞こえるが、それも段々と遠のいていく。
扉が開き、街の喧騒は聞こえるが目は暗闇を映したままだ。
暗い、怖い、どこに連れて行くの?
未だ目が見えないベルは父様に手を引かれる形で歩いている。
しばらく歩いていると目的地に着いたらしい。
「おい! 誰かいるか?」
奥のほうからだろう、誰かが近づいてくる気配を感じる。
「これはこれはギャンザー伯爵様。 今日はどのようなご用件で?」
「こいつを売りにきた」
父様は乱暴にベルを突き飛ばした。
「きゃっ!!」
ベルは悲鳴を上げて盛大に地面に転ぶ。
「こ、これは! よろしいのですか?」
商人と思しき者が多分だがベルを見てから父様に声をかける。
「構わん、さっさとしろ」
「そ、そうですか。 では失礼して、おい!」
「「「はっ!!」」」
商人は自分の部下だと思われる者たちにベルに近づくと次々と衣服を脱がされていく。
(なに? なんでベルの服を脱がすの? なにされるの・・・怖い)
ベルは恐怖心からか声を上げられず、唯々為すがままにされている。
やがて全裸にさせられると商人はベルを品定めする。
「こちら買取価格は銀貨50いや60枚でどうですか?」
「いくらでも構わん」
「それと身に着けていた衣類やアクセサリーは・・・」
「全部処分で構わん」
商人はその場で検討し金額を提示する。
「・・・それでしたらこちらも含めて金貨3枚でどうでしょうか?」
「ああ、それでいい」
「ありがとうございます」
商談が成立し金を受け取った父様は遠のいていく。
「え、父様? 父様ぁーーーーーっ!!」
ベルの悲痛な叫びも父様を止めるには至らなかった。
ベルはその場で膝を折り泣き始める。
「う、う、う・・・」
商人なりの優しさだろう、ベルが泣き止むまで待っていた。
落ち着いたところで商人がベルに語りかける。
「さて、今日からあなたは奴隷となりました。 申し訳ないですがこれからすぐに出荷します」
不安からかつい言葉を発してしまう。
「ベルはどうなるのですか?」
「そうですね。 普通ならばここでも問題ありませんが、あなたはギャンザー伯爵様の忌み子です。 他の町の奴隷商へ売ることになります」
「・・・」
ベルはその日のうちに商人の手によりヴァルファール伯爵領を発つことになった。
ヴァルファール伯爵領を出て4ヵ月後、ベルはガイアール王国の極東ギューベ辺境伯にあるミルバークの町へと移送された。
この町で一番大きい奴隷商に連れていかれる。
「おお、これは久しぶりですね、それが新しい奴隷ですかな?」
「ああ、ちょっと訳ありでね・・・」
商人たちはひそひそと話し合う。
「なるほど、それは大変でしたな」
「こちらとしては店に置いておく訳にもいかないのでね」
「わかりました。 それでいくらかな?」
「80でどうだ?」
「本来なら高い!! っと言いたいところですが、仕方ないですね」
「助かる」
こうしてベルはミルバークの町にある一番大きい奴隷商に引き取られるのであった。
そして現在、ご主人様たちと一緒にヴァルファール伯爵領の首都ルヴァイに足を踏み入れた。
フードを被ったベルは1人で商店街を歩いている。
懐かしい。
あれから7年は経っているのにほとんど変わっていない。
街並みも喧騒も昔のままだ。
急に突風が街中を襲い、ベルのフードが捲れる。
やがて突風が収まると後方から声をかけられた。
「ベル?」
「?!」
ベルが振り向くとそこにはリーン姉さまがいた。




