5.スキル覚醒
『勇者』ライサンダーたちの従者となって約1年後───
国歴1851年、季節は紅葉をむかえる時期。
シフトは文字通り勇者一行の荷物持ちとして同行していた。
過酷な環境の中、彼らについていくので精一杯だった。
ある時は砂漠のど真ん中で皆が水を飲みながら進んでいるのにシフトだけが潤せない。
またある時は氷山を上っているときに皆が温かい服装でシフトだけ薄着だ。
食事も睡眠もろくに与えられず、唯々生き地獄を味わい続ける日々。
歯向かったり、逃げようとすればライサンダーたちの“制裁”が待っている。
自分の身体に鞭打ってついていくこと一年。
ついにその時がやってきた。
S級冒険者でも危険と称されるガイアール王国いや大陸最大のダンジョン『デスホール』に勇者一行は足を踏み入れた。
危険というだけあって一階一階の敵が強く、罠も大量にあるのでうまく先に進めない。
また、幻覚による無限ループや一定時間経つとダンジョンの構造ががらりと変わった。
砂漠のように温度差が激しかったり酸素量が極端に多かったり少なかったりというのも厄介だったりする。
過去の冒険者でも地下20階までしか進んだことがないほど今までにない過酷なダンジョンである。
シフトはライサンダーたちの指示のもと最下層を目指すことになった。
途中 (シフトだけが) 何度も死にそうな目にあいながらも順調に進んでいった。
大陸最大のダンジョン『デスホール』地下15階───
フロアを探索していると底なしの大穴を発見する。
本来なら大穴近くは危険なのでさっさと別のところに行くのがセオリーである。
しかし、
「よし、皆聞いてくれ」
「どうしたよ、ライサンダー」
「実はそろそろいいかなと思うんだ」
「お、とうとうその時が来たのか」
「とても長い時間でした」
「待ってましたぁ~♪」
「・・・そうか・・・」
「?」
シフトはライサンダーが・・・いや勇者一行が何を言っているのか理解できなかった。
「シフト、悪いが荷物をそこに置いてくれないか」
「わかりました」
シフトはライサンダーの指示通りに荷物を所定の場所に置く。
すると待ちきれないとばかりにヴォーガスが咆えた。
「きたきたきたきたぁーーーーーっ!! シフト! ついにお前をぶっ殺すことができる時がきたぜぇーーーーーーーっ!!!」
「?!」
「ちょっとヴォーガス! あんただけの獲物じゃないのよ!!」
「そうですよ! これは私の獲物なんですから!!」
「ルース! ドサクサに紛れて私物化するな!!」
「・・・終わったら呼んでくれ・・・」
「俺もパスだ。 お前たち三人で好きにしろ」
「ライサンダー様、これは・・・」
シフトが問い詰める前にライサンダーが口を開いた
「君ももう十分生きただろ? ここらで処分しようというわけだ」
「今まで荷物持ちだけご苦労だったな」
「おお、神よ。 今より哀れな子羊を捧げます」
「さぁーてどう料理しようかなぁ~♪」
「・・・達者でな・・・」
シフトはこの現実を受け入れられないでいた。
「う、嘘ですよ・・・ね?」
「ザールさんとの義理は果たしたからな。 大人しく死んでくれ」
ライサンダーが言い終わると同時にヴォーガス、ルース、リーゼがシフトに迫る。
「へっへっへ、おらよ!」
「がふっ!」
ヴォーガスはシフトの腹を殴った。
本来の力でやったら腹に大穴が空くが手加減したので大事には至らなかった。
「痛そうですね? 治療しますよ」
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
ルースが【治癒魔法】をかける。
傷は癒えども全身に毒が蔓延するのがわかる。
「燃えちゃえ♪」
「あつっ、あついっ!」
リーゼの【火魔法】で作られた火球がシフトの皮膚を焼く。
焦げた臭いが一帯に充満する。
三人は代わる代わるシフトを痛めつけた。
骨が折れたり、皮膚を焼いたり裂傷したり凍らせたり、傷ついた身体を癒してまた傷つける。
そして、
「もういいだろう。 あばよ! シフト!!」
ヴォーガスは本気の蹴りを腹に決めた。
本来なら腹に大穴が空いてそのまま沈むはずだったが、シフトはそのまま大穴の方に吹っ飛ばされた。
「わあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
シフトの身体は大穴の底へと沈んでいった。
「ちょ! なにやってるのよ!! このアホ!!!」
「そうです! 止めは私がさそうと思ったのに!!」
「別にいいだろが! ああん!! てめえらも潰すぞ!!!」
「この筋肉ダルマ! やれるもんならやってみろ!!」
「加勢します、リーゼさん!!」
一触即発、ヴォーガスVsルース&リーゼが始まろうとした。
が、それはライサンダーの抑止で有耶無耶になる。
「やめないか!! 三人とも!!!」
「・・・十分楽しんだだろう・・・」
「「「・・・」」」
「撤収する」
ライサンダーの一言で勇者一行は地上に戻った。
一方、シフトは大穴をもの凄いスピードで落下していた。
(僕、死ぬのかな・・・)
振り返ればつまらない人生だった。
(死にたくない・・・死にたくないよぉ・・・)
このスピードで地面に激突すれば即死は免れないだろう。
(だ・・・れか・・・たす・・・け・・・て・・・)
シフトの意識が途切れた直後、奇跡が起きた。
≪確認しました。 スキル【ずらす】レベル1解放 【即死】をずらします≫