55.思わぬ出来事
(ここには長居しないほうがいいな)
シフトはさっさと次の標的である実母『ヨーディ』を探すべく南東へ行くべきだと考えていた。
ガイアール王国の極南にあるデューゼレル辺境伯領。
首都テーレにいる可能性がある。
(ヤーグがパーナップ辺境伯領の首都インフールにいたように、ヨーディもデューゼレル辺境伯領の首都テーレにいる可能性が高いな)
2人は似た者同士。
それは性格も思考もプライドもそして金の貪欲さも同じである。
なら次の目的地はデューゼレル辺境伯領の首都テーレで決まりだろう。
(そうと決まれば明日にはここを出て南東を目指すか)
シフトは犬も転ぶ亭へ戻るのだった。
1時間後───
部屋で寛いでいるとルマたちが困った顔で戻ってきた。
「! ご主人様、お戻りになられてたのですね」
「ああ、ヤーグを殺したから戻ってきた」
「そ、そうだったんですか・・・」
「? どうした? 何かあったのか?」
シフトが質問するとローザが1人の女性を隠すように部屋に入れる。
「実はこの娘なんだが・・・」
何かがローザの後ろにいて彼女はシフトを見ると再びローザの後ろに隠れてしまった。
「なるほど、人助けをしたのか」
「まぁ、確かに人助けですけど・・・」
「人じゃない」
ユールが濁した言い方をしたがベルがはっきり言った。
「怖くないから出ておいで。 この人はぼくたちのご主人様だから大丈夫だよ」
「うん、怖くない」
フェイとベルが彼女を安心させるために声をかける。
彼女はローザの後ろからひょっこりと顔を出す。
「! 獣人か!」
シフトが声を上げると彼女は再びローザの後ろに隠れる。
そう、彼女の頭には人間にはない獣の耳がついていたのだ。
「たしかパーナップ辺境伯領よりも西に獣王国があるって聞いたことがあるんだが・・・」
「その通りですわ。 ここより西の獣王国から逃げてきたところを拉致されそうになったみたいですの」
「ん? 逃げた? 拉致?」
「拉致ですわ」
ユールが突然爆弾発言をする。
シフトはガイアール王国と獣王国が何十年も前から国交をしていたことを思い出す。
これによりお互いの国に不和が生まれ争いに発展してもおかしくない。
「ちょっと待て! それじゃこの娘獣王国から逃げてきてガイアール王国で拉致されそうになったのか?! 不味いだろ?!」
「ええ、とても」
「とりあえず獣王国に帰さないと・・・」
「マッテクダサイ」
突然彼女がシフトの目の前に出て声を上げる。
「ワタシヲヒキワタサナイデクダサイ」
彼女は虎の耳と尻尾があるおそらく虎人族だろう。
「ヒキワタサレタラコロサレル」
「殺される? どういうことだ?」
「ワタシ、クニカラニゲテキタ。 ココニキテニンゲンニサラワレソウニナッタ」
「そこでルマたちに助けられたと?」
「その通りですわ」
「右手に何か紋様が刻まれていた奴らから、とりあえず匿うことにしたんだ」
ユールが肯定しフェイが彼女の安全を守るため一緒に行動しようと提案したんだろう。
「なるほど、事情は何となく理解した。 これからどうするんだ?」
「ワタシヲツレモドソウトスルヤカラカラマモッテホシイノデス」
「守るのはいいがなぜ追われているんだ?」
「ソレハ・・・」
「答えられないならそれでいいが、下手をすればガイアール王国と獣王国で戦争もありえるからな」
「・・・」
シフトはありえる未来を伝えると虎耳少女は下を向いてしまった。
「ふぅ、仕方ない。 ちょっと出かけてくるからルマたちはここでその娘を守ってて」
「畏まりました、ご主人様」
「それじゃ・・・っと、名前を教えてくれるかな?」
「タ、タイミューデス」
「タイミュー、悪いがここで大人しくルマたちといてくれ」
「ウ、ウン」
タイミューが首を縦に振るとシフトは部屋を出て行った。
「まさか、また会う羽目になるとはな」
シフトはある所に向かっていた。
「ここか・・・」
シフトが来た場所、それはこのパーナップ辺境伯領を治める領主ナンゴー辺境伯の館だ。
魔法かスキルを使ったのか、あるいは監視していたのか門にはすでにアルデーツがいる。
「どうしたのかね? 少年?」
「話がある。 ナンゴー辺境伯に会いたい」
「用件なら私が聞くが?」
「獣人」
シフトから出た単語にアルデーツが眉を顰める。
「! 案内しよう」
アルデーツは衛兵に門を開けるように指示するとついて来いと手でジェスチャーする。
シフトもアルデーツの後を歩いていく。
広大な庭を通り、立派な館内を歩くとアルデーツは1つの部屋の前で止まり扉をノックする。
『ん? 誰だ?』
「アルデーツです。 お客様をお連れしました」
『客? 通せ』
「失礼します」
アルデーツは扉を開けると中に入るように託すとシフトは入室する。
「なっ?! シフト?!」
「先ほどぶりだな。 驚いているところ悪いが緊急事態だ」
「緊急事態? 何があった?」
ナンゴーはシフトの登場に驚いているがそれよりも緊急事態という単語に引っかかった。
「僕の仲間が獣人を保護した」
「獣人? 西の獣王国のか?」
「ああ、タイミューという名に聞き覚えはないか?」
シフトからでた言葉にナンゴーとアルデーツは驚きを隠せなかった。
「タイミュー王女殿下か?!」
「知っているのか?」
「ここは獣王国との国境の境目だぞ? 知っていて当然だ。 なんでタイミュー王女殿下がここにいるんだ?」
「話を聞く限り獣王国で命の危険を感じたからガイアール王国に来たけど右手に何か紋様が刻まれていた者たちに拉致されそうになったらしい」
ナンゴーは内容を聞くと頭を抱えた。
「命狙われてるのかよ・・・ん? 右手に紋様? たしか前にもあったような・・・アルデーツ、知っているか?」
「たしかにありましたな。 あれは2~3年前だと思いますがこの都市が厄介ごとに巻き込まれた記憶があります」
「ああ・・・あれか・・・たしかにあれは面倒ごとだったよな」
「今回も厄介ごとにならなければいいのですが」
ナンゴーとアルデーツは顔を合わせると溜息を吐いた。
「右手に紋様・・・」
シフトも自分の発言に違和感を覚える。
前にも同じことがあったような気がする。
そして思い出す。
「王都襲撃にもいたな」
「おい、何か知っているのか?」
「4ヵ月ほど前かな王都スターリインで右手に何か紋様を刻んだ連中がいたんだ。 それと関係しているのかはわからないが」
「それなら知ってるぜ。 調べさせたがこの都市で起きた事件と王都で起きた事件の右手の紋様は一致していた。 今回も同じというと・・・」
「誰かが裏で暗躍している可能性がありますな」
ナンゴーとアルデーツは顔を合わせると頷きあう。
「すぐに調べてくれ」
「畏まりました」
アルデーツは一礼すると扉に向かおうとするが、それよりも早く扉が開いて衛兵が入って来た。
「た、大変です!! 獣人が、獣人がこの都市に向かっています!!!」
「なんだと?!」
「数は?」
「およそ10000人です!!」
その数にナンゴーは天井を見て額に手を当てていた。
「本気かよ・・・」
「どういたしますか?」
「・・・西側に衛兵部隊を集めろ。 それと警邏部隊は都市の警備を強化しろ」
「畏まりました」
衛兵は礼をすると急いで部屋を出て行った。
「アルデーツ、現場の指揮は任した」
「畏まりました」
「それじゃ僕も行くよ」
「おいおいどこに行くんだ?」
「とりあえずあの獣人を止めないといけないだろ?」
「手伝ってくれるのはありがたいがくれぐれも殺すなよ? 1人でも殺せばガイアール王国と獣王国での戦争になってしまうかもしれないんだからな」
「それは僕にとっても望まない未来だ。 無力化するだけにしておくよ」
それだけ言うとシフトは部屋を出て行った。




