52.鷹の目
シフトたちはパーナップ辺境伯領の首都インフールを目指して西へ移動を開始する。
町を出て3日後、平原を歩いていると途中から生憎の雨に見舞われる。
フードを被り木陰を探すシフトたち。
前方を見ると1キロ以上先に森があった。
「みんな、あの森まで移動するよ」
シフトはみんなに鼓舞して進もうとした次の瞬間、
シュッ!!
遠くから風を切って何かがシフトめがけて飛んできて当たった。
いや、シフトがそれを手で掴んでいた。
(これは矢?! いったいどこから・・・)
「ご主人様、どうされ・・・」
「みんな!! 気をつけろ!! 誰かが僕たちを狙っているぞ!!!」
シフトの言葉に全員が戦闘態勢をとる。
フェイが上空を見ると驚き声を上げる。
「ご主人様!! 空!!!」
そこには何十本もの矢がシフトたちめがけて降ってきた。
シフトは左に、ローザとフェイは右に、ルマ、ベル、ユールは後方へと飛んで回避する。
矢は全てシフトがいた位置に降り注いだ。
そしてそれは逃げた先にも同じことが起こる。
そう、謎の人物は超遠距離からシフトだけに狙いをつけて矢を放っているのだ。
直線、放物線、落下と緩急をつけて次々とシフト目がけて飛んでくる。
「ご主人様!!」
「来るな!! 狙いは僕だ!! みんなは魔法とかで自分の身を守れ!!!」
シフトは怒鳴りながらも矢が放たれているところを特定しようと確認するがそれらしい人物がいない。
対象が近ければ【五感操作】で認識をずらせるがいないのであれば攻撃を避け続けるしかない。
かと言って【空間転移】で対象に近づいたら攻撃対象が今度はルマたちに及ぶかもしれない。
【次元遮断】で空間自体を遮断してしまうのが手っ取り早いが相手に自分の手札を晒したくないので使用しない。
シフトは矢が放たれているほうへ一歩移動しようとするがそこに狙いを定めたかのように矢が手前に放たれる。
(こちらの動きを完全に把握している!! なんて正確無比な弓矢なんだ!!!)
攻めるも×、退くも×となるとやることは避ける1択しかない。
(こうなったら相手が諦めるか矢が尽きるまで避け続けるしかないな・・・)
避け続けること5分、矢が飛んでこないところを見ると尽きたようだ。
しばらく警戒するが矢はこれ以上飛んでこなかった。
「ふぅ・・・どうやら諦めてくれたらしい」
「ご主人様!! 大丈夫ですか!!」
「怪我はない?」
「あれを避け続けるとはビックリだな」
「あれだけの矢を躱し続けるなんて人間業じゃないよ」
「心配しましたわ」
「みんな心配かけてごめん。 とりあえず森を目指そう」
シフトたちは森を目指して移動するのだった。
その頃シフトを襲った射撃者は主のところに帰還中だった。
「あの傷の男・・・只者ではないな」
遠目から見て驚愕した。
周りにいた娘たちもそれなりの実力者で脅威ではあったが敵ではないと判断した。
しかし、あの傷の男だけは別だ。
底がまるで見えない、得体の知れないものを感じた。
もし真向勝負を挑んだら100%負ける。
遥か格上の相手に冗談で矢を射ったが・・・
「まさか1000本もの矢を全て躱しきるとは思ってもみなかった」
そう、様々な方法で射った矢を傷の男は尽く躱したのだ。
「弓には絶対の自信があったんだがな・・・」
悔しいのに心は逆に清々しい気分である。
「主・・・ナンゴー辺境伯に警告はしておくか」
その男の名はアルデーツ・・・ナンゴー辺境伯の筆頭護衛にして【鷹の目】の異名を持つ男。
シフトたちが襲撃を受けてから4日後、ついにパーナップ辺境伯領の首都インフールに到着した。
早速この都市の宿を探す。
看板には『INN』の文字と舌を出した犬が描かれている7階建ての宿に訪れると受付嬢が声をかけてきた。
「いらっしゃい、犬も転ぶ亭へようこそ。 6名様ですか?」
「ああ、1部屋あるかな?」
「お客さん運が良い! 1部屋あります。 一泊銀貨7枚です」
「3日滞在したい」
「わかりました。 銀貨21枚になります」
シフトは革袋から銀貨21枚を取り出すと数えてから受付嬢に渡した。
「銀貨21枚・・・たしかに、ではこちらが部屋の鍵です」
シフトは鍵を受け取ると5階の東側の部屋と書かれていた。
「みんな部屋に行こう」
シフトは指定された部屋につく。
鍵を開けて中に入ると普通の部屋に中央にはテーブルが1つと椅子が2脚、あと1人用ベッドが6つあった。
「こぢんまりとしているが良い部屋だな」
「ご主人様、これからどうしますか?」
ルマの質問に答えようとしたがその前にベルに命令しておかないとな・・・
「・・・ベル、お願いがるんだけど」
「ご主人様、なに?」
「街を歩いているときにベルの【鑑定】である人物を探してほしい」
「人?」
「ああ、名前は『ヤーグ』。 ・・・僕の実父だ」
「ご主人様の父親?!」
ルマたちはシフトの探し人がまさか肉親だとは思いもよらなかった。
「ご主人様、もしかして・・・」
「ああ、そのまさか・・・さ」
今の言葉でルマたちは国王とのやりとりを思い出した。
「僕の『復讐』の対象者だ」
シフトの発言にルマたちは皆驚いていた。
復讐の対象者が肉親であることに。
「ご主人様、憎いの?」
「・・・ああ、憎いさ・・・ただここまで来るまでに手に入れた情報から別の意味で生かしておく訳にはいかなくなった」
「どんな情報なの?」
フェイが問いかけるとシフトは眉間に手を当てて溜息をついてから答えることにした。
「・・・『金の種馬』」
「「「「え?」」」」
「?」
ベルは解らないようだが、ルマたちはそれがなんなのかなんとなく解かってしまった。
「ご、ご主人様?」
「ああ・・・言わなくてもわかる。 どちらかというと『復讐』よりもその二つ名があまりに恥ずかしくてな・・・殺したい」
ルマたちも自分の父親が『種馬』ですなんて言われたら恥ずかしくて外を歩けないだろう・・・
「ああぁ・・・ご主人様、ドンマイ!」
「そ、そうですわよ。 こ、これはご主人様の父親についてのことですわ」
「そ、そうそう、ご主人様は何も悪くないから」
「し、しっかりしてください、ご主人様」
フェイが、ユールが、ローザが、ルマがそれぞれフォローしてくれるがその度にシフトの心は抉られていく。
「み、みんな・・・ありがとう」
シフトは穴があったら入りたい気分だった。
5分後、気を取り直したシフトはベルに再度最初から話す。
「ああぁ・・・ベル、僕の実父である『ヤーグ』を見つけたら教えて」
「ご主人様、容姿は?」
「最後に見たのは8年近く前だからな・・・容姿が変わっている可能性は十分あるな」
ベルからの質問にシフトは記憶を辿りながら答える。
「あくまでも8年前の記憶だが容姿は黒髪で角刈り、厳つい顔、背は高く、ひょろい体型で性格は乱暴者で見栄っ張りだったな」
「なら街中を歩くときは背が高く黒髪の中年男性を中心に探してみる」
「ベル、頼んだぞ」
「わかった」
シフトの言葉にベルは頷いた。
「さてお腹も空いたことだし、食事にでも行こうか」
「は~い」
フェイが元気よく返事をするとルマたちもシフトの提案に頷く。
シフトたちは食事処を探しながら街並みを散策する。
王都には劣るが綺麗に舗装されている道に等間隔に置かれた街路樹、樹の周りには小さい花がたくさん植えられていた。
シフトたちはそれを見て気分良く道の真ん中を歩いている。
「あ、あのオープンカフェなんてどう?」
フェイがある1軒の店を指す。
その店は今の時間帯でも人が7割ほど入っていた。
空席もあるしこの店にしよう。
「いいんじゃないか。 みんな、いいかな?」
「「「「はい、ご主人様」」」」
シフトの問いかけにルマたちも頷いて答える。
フェイの選んだ店に入るとオープンテラスにある6人掛けの円テーブルを陣取りメニューを見る。
しばらくしてからウェイトレスがやってくる。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「ランチってまだやってる?」
「はい、どのランチセットも受け付けております」
「なら、ハンバーグのセットを頼もうかな」
「ベルも同じ」
「わたしはピザのセットにするよ」
「私もローザと同じのを一つ」
「このスパゲティのセットを頼みますわ」
「あ、それ美味しそう。 ぼくもそれにするよ」
「あと水を6人分お願いします」
「畏まりました、少々お待ちください」
ウェイトレスは注文を受け付けると調理場のほうへ歩き出した。
注文してから5分後に3人のウェイトレスが6食分のセットを持ってくるとシフトたちの前に料理を置いた。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスたちは一礼して立ち去っていく。
「それじゃ、食べよう。 いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
それぞれが料理に口を運ぶと美味しいと言いつつ料理の感想を述べていく。
シフトたちは料理を平らげるとみんな満足したのか腹を擦っている。
「ご主人様、デザートも食べたい」
「あ、ぼくも」
ベルが食後のデザートを食べるといってフェイも手を挙げる。
「ルマ、ローザ、ユールはどうする?」
「それなら私も」
「折角だ。 付き合おう」
「わたくしも糖分が欲しいですわ」
「はは・・・いいだろう、好きなものを頼みなよ」
「流石ご主人様~♪ 話がわかる~♪」
ベルとフェイがメニューを見るとどのデザートを食べようか迷っている。
「ああ・・・これ美味しそうだな」
「これも美味しそう」
「それなら季節限定のフルーツケーキとお茶のセットがお薦めだ」
迷っている2人を見ているとふいに後ろの席から男の声が聞こえた。
シフトは肩越しに見ると男性はテーブルのほうを向いていたままだ。
(この男できる!!)
「そこのお嬢さんたちが決めかねているのでアドバイスしたまでだ」
男は背を向けているにも関わらずあたかも対話しているように話している。
「・・・なぜ見ず知らずの僕たちにアドバイスを?」
「敢えて言うなら君に敬意を表してかな」
シフトはその言を聞いた瞬間頭の中は戦闘態勢に切り替わっていた。
「まぁ待て。 ここで君とやりあうつもりはない。 私はただここに食事をしに来ただけだ」
「食事? 僕の顔を見に来たの間違えでは?」
「ふ・・・ふふふ・・・なかなかに面白い少年ではないか」
男は肩越しにシフトを見て答えた。
「先日面白い出来事があってな・・・私は弓に多少の自信があるのだがその日は獲物をしとめることができなかった」
「「「「「!!」」」」」
ルマたちも立ち上がると戦闘態勢をとる。
突然の行動に周りの客は男とシフトたちに注目していた。
男はルマたちの行動に目もくれず前を見るとお茶を啜り話の続きをした。
「その獲物が実に速くてな。 矢を射続けたが最後には無くなってしまったんだよ」
「へぇ、そうなんだ・・・その後はどうしたんだ?」
「矢が無ければ狩りはできない。 そのまま帰ったよ」
男はそこまで話すと立ち上がり、懐から硬貨を取り出すと机の上に置いた。
「私の名はアルデーツだ。 君の名は?」
「シフト」
「シフト? 変わった名だな。 今日はとても面白い日だったよ。 シフト、また会おう」
アルデーツはシフトたちに背を向けて歩き出した。
「ご主人様、あの男・・・」
「言わなくてもわかる。 あれは数日前、僕に矢で攻撃してきた男だ」
「随分と堂々としていますわね」
「単なる挨拶か、それとも脅しか・・・わからないがな。 みんなとりあえず座ってデザートでも頼もう」
シフトがルマたちに声をかけると席についてデザート選びを再開した。
「みんな食べながらでいいので聞いてほしい。 この後の予定だがいつも通り僕は酒場に行って情報収集を行う」
ルマたちがデザートを食べているとシフトが突然声をかけた。
「酒場ですか?」
「ああ、情報屋で『あいつ』の情報を手に入れる予定だ」
屋外なのかシフトは曖昧な表現で言葉を紡ぐ。
「みんなは全員で観光を楽しんでくれ。 ただし単独行動は絶対にしないこと。 最低でも2人以上で行動すること」
「「「「「畏まりました」」」」」
「それじゃ僕は酒場に行ってくるよ」
シフトはウェイトレスを呼んで懐から革袋を出すと6人分の代金を支払ってから酒場に向かった。
酒場に向かう途中いつものようにコートを羽織りフードを被り容姿も変える。
シフトは酒場に入ると中は人が疎らでいつものようにカウンターに向かった。
ひょろそうなバーテンダーがグラスを磨いている。
「いらっしゃい。 何のようだ?」
「情報屋を探している」
「聞こうか」
バーテンダーはウィンクをした。
どうやら情報屋も兼ねているらしい。
「『ヤーグ』という男の情報を知りたい」
「金貨1枚」
シフトは懐から革袋を出すと金貨1枚取り出してカウンターへ置いた。
「たしかに、『金の種馬 ヤーグ』だけど6年以上前にこの都市に来て豪邸を買い女を侍らせているよ」
バーテンダーに続きを促した。
「去年奴の子供たちが5歳を迎えてなスキル授与で全員が金色だったんだよ。 で、今年も同じことが起きて『金の種馬 ヤーグ』と呼ばれるようになったんだよ」
シフトは内心げんなりしていたがバーテンダーに質問する。
「奴の容姿は?」
「最初のころはひょろい体型だったが、だんだん腹が出て今ではでっぷりしているな」
(でっぷりって・・・ザールもそうだがあいつも太っちょになったのかよ)
気を取り直してバーテンダーに質問する。
「居場所は?」
「領主の家の近くに3階建ての赤い屋敷がある。 外見が派手だからすぐにわかるはずだ。 俺が持っている情報は以上だ」
「そうか・・・」
シフトは席を立つと酒場を出る。
バーテンダーの言われた場所に行くと領主の館よりもド派手な豪邸がそこにあった。
(・・・うん、今すぐ殺しに行こう)
シフトは自分の安寧のために行動に移すのだった。
シフトは路地裏に入ると【次元遮断】を発動したあと、【空間収納】からザールを殺したときに使ったナイフに紅い般若仮面、マントを取り出す。
マントを羽織って魔力を流し、仮面を装着すると準備できたので結界を解いた。
(さぁ、始めようか)
シフトはヤーグがいる赤い屋敷へ足を進めた。




