41.魔法の特訓
わたくしとご主人様の出会いは最悪だったわ。
10ヵ月前、違法薬物を摂取して廃人同然だった奴隷のわたくしを買われたの。
正気に戻すとはいえポーションを口移しで飲まされるとは思いもよらなかったですし。
そのあと女奴隷商から経緯を聞かなかったら今でも恨んでいたでしょうね。
でも気になる点があるの。
それはご主人様もファーストキスだったのかなぁ・・・
恥ずかしくて聞けないけどご主人様も初めてならいいなぁ・・・(ポッ♡)
それはさて置きご主人様にはわたくし以外にも4人の女奴隷がいますわ。
わたくしよりもスタイル抜群で顔も可愛いのに嫉妬深いルマさん。
幼児体型でお人形さんみたいな可愛さと何を考えているのかわからないベルさん。
スレンダーで私よりは胸は小さいがかっこいい容姿で4人の中で一番常識人であるローザさん。
そして一番残念な体型でトラブルメーカーだけどその持ち前の明るさで笑顔を絶やさないフェイさん。
なぜわたくしたちを買ったのか聞いてみるとご主人様曰く、『良スキル持ちだから眠らせておくには惜しい』と言われましたわ。
もし今のスキルがなければご主人様に出会うこともルマさんたちと仲良くなることもなかったですわ。
あ、スキルといえばルマさんたちは隠れた能力が1つ以上あるのにわたくしには無かったのがショックでしたわ。orz
月日は流れ、これまで一緒に過ごし、一緒に戦ってきたけど、ルマさんたちの有能なスキルに羨ましくもあり嫉妬もしましたわ。
ルマさんの【魔法師】。
ベルさんの【鑑定】、【錬金術】、【料理】。
ローザさんの【武器術】、【鍛冶】。
そしてフェイさんの【武闘術】、【暗殺術】。
側から見てもご主人様に役に立っているものばかり。
戦闘面においてはローザさんとフェイさんには遠く及ばず、状況に応じて万能なルマさん、鑑定を駆使するベルさん。
特にベルさんの活躍が目覚ましいもので教えたことを砂が水を吸収するように次々と覚えていくんですから。
わたくし1人だけ置いて行かれている気分ですわ。
先ほどルマさんが見せた異なる魔法の同時発動を習得できればわたくしにしかできない何かができるはず。
わたくしとフェイさんはルマさんから魔法の指導を受けることに。
「それでは始めましょう。 フェイとユールは何の魔法が使えますか?」
「ぼくは【風魔法】と【闇魔法】」
「わたくしは【治癒術】と【光魔法】ですわ」
「なるほど・・・フェイは先ほど見せた大気中から魔力を吸収し、それを使用者本人に還元する案は非常に素晴らしいです。 できればそれを付与した装飾品が欲しいところです」
「うん、ぼくも魔素の濃度が高いところや魔法使用後に飛び散った魔素を吸収し、還元できるんじゃないかと思ったんだ。 他にもないか模索中だよ」
「土台が既に決まっているのであればあとは魔法をイメージするだけです。 イメージが固まったら実際に魔法を使ってみてください」
「わかったよ、ルマちゃん。 練習してみるよ」
フェイさんの言葉にルマさんが頷くとわたくしのほうを向いて問いかける。
「ユールは何かあるかしら?」
わたくしのスキルは【治癒術】、【薬学】、【光魔法】。
魔法付与で使えるのは【治癒術】と【光魔法】だけ、これで何ができるのかしら? 他の一般的な属性魔法で参考になるものがあるはずだわ。
【火魔法】・・・火の玉、火の矢、火炎放射などの攻撃、火の壁などの防御、攻撃力上昇、思考能力低下などの補助、回復魔法はない。
【水魔法】・・・水の球、水の矢、水斬、水圧、津波などの攻撃、水の壁などの防御、視覚低下、移動疎外などの補助、回復魔法はある。
【風魔法】・・・烈風、風圧、竜巻、暴風などの攻撃、風の壁などの防御、素早さの上昇、移動疎外などの補助、回復魔法はある。
【土魔法】・・・土の槍、石礫、岩石落としなどの攻撃、土の壁などの防御、防御力上昇、移動疎外などの補助、回復魔法はある。
こんなところかしら? あとフェイさんが使っている【闇魔法】も考えてみる。
【闇魔法】・・・闇弾などの攻撃、防御はない、生命力奪取、魔力奪取、魔力譲渡、魔法封印、移動阻害、五感低下、状態異常系などの補助、回復魔法はない。
わたくしが思いつく限りではこんなところでしょう。
これを踏まえて【治癒術】と【光魔法】を見詰め直す。
【治癒術】・・・【生命力回復魔法】、【欠損部位治癒魔法】、【活性化魔法】、【状態異常回復魔法】の回復魔法および知識の集合体。
【光魔法】・・・光弾、光線などの攻撃、魔法障壁などの防御、視覚低下、幻覚などの補助、回復魔法はある。
普通に考えると生命力回復と欠損部位治癒かしら?
「今のところは【治癒術】の生命力を回復しつつ裂傷部位の治癒を同時に発動するくらいしか思いつきませんわ」
「生命力回復と裂傷修復ですね。 悪くない組み合わせです。 他にも裂傷修復と造血強化を組み合わせれば【風魔法】対策になりますね」
「・・・なるほど・・・」
【風魔法】は裂傷系の攻撃が多く、当たった場合は生命力減少、受けた場所への裂傷、そして傷口からの流血。
いくら【回復魔法】で生命力を回復し、【治癒魔法】で裂傷を治しても血が足りなければ貧血で倒れてしまい、そのまま死んでしまうことも十分あり得ますわね。
ルマさんは魔法を使った戦闘から導き出したのでしょう。
ご主人様も【火魔法】と【風魔法】を恐れてか実験で【水魔法】と【土魔法】の障壁を自動展開するように頼んだくらいですから。
「ルマさん、裂傷修復と造血強化を組み合わせで練習したいと思います」
「わかったわ。 ユールも頑張ってね」
わたくしはこの組み合わせで練習することに決めました。
まずはどのように練習しようかと考えてフェイさんを見ると右手で魔素を取り込み、終わった後は左手で魔力を放出していた。
それを何度も何度も繰り返し行っていた。
(なるほど! イメージでは想像できないから実際に魔法を使って反復することで自然と頭に刷り込ませるのね!! それならわたくしの場合は・・・)
わたくしはナイフを取り出すと左手の甲を軽く傷つける・・・痛いですわ。(涙)
ナイフをしまうと右手を傷の2センチほど上に置くと【欠損部位治癒魔法】で裂傷を修復し、次に【活性化魔法】で造血強化した。
わたくしは痛い思いをしながら何度も何度も繰り返した。
太陽が西の地平線に触れるころ。
「よーし、やってみるぞ」
フェイさんが突然声を上げたのでそちらを見てみると真剣な表情で魔法を発動した。
「・・・んんんっ・・・」
右手から魔素を取り込むと同時に左手で魔力を放出した。
「・・・んんんっ・・・ダ、ダメだ!!」
フェイさんは音を上げると座り込んで大の字に寝転がりました。
その間、約5秒。
フェイさんが呼吸を荒くしているとルマさんが声をかけました。
「フェイ、最初の一瞬よりは長く使えていましたよ」
「ありがとう、ルマちゃん。 だけど、これじゃあ魔法付与するのには短すぎるよ」
そう、あれだけ頑張っても付与にかかる時間だと短すぎるのだ。
「少なくとも30秒・・・できれば1分は維持できないと話にならないよ」
「そこは練習あるのみです」
「はあああぁ・・・ベルちゃんに負担かけたくないし、頑張りますか」
「頑張るのはいいけど、無理をすると身体によくありません。 明日にするべきです。 ユールも」
ルマさんはフェイさんからわたくしを見て練習の終了を告げた。
「そうですわね。 今日はこのくらいにして明日頑張りますわ」
ルマさん、フェイさんと話しているとベルさんのほうから食欲をそそる良い匂いが漂ってきました。
そのあと、わたくしたちは食事をとると明日の練習に備えて早めに休みました。
1週間後───
ローザさんは銀から指輪、腕輪、ネックレス、イヤリングなどのアクセサリーを作成して、【武具錬成】で魔力経路と耐久力上昇を付与したそうです。
あとはこれらのアクセサリーにベルさんの【錬成術】で魔法付与すれば完成なのですが・・・
「はぁはぁはぁ・・・あと少しで最低ラインの30秒に到達するのに・・・」
「む、難しいですわね」
「な、なるほど・・・これは本当に難しいな。 これはわたしには無理そうだな」
わたくしとフェイさん、それと【火魔法】が使えるローザさんが魔法の同時発動の練習をしていました。
ローザさんは【火魔法】しか使えず、火の玉と火の矢を同時に出そうとすると何度やっても一瞬で魔法が解けてしまいます。
「あと、ほんの少しなんだけどなぁ・・・」
「どうすれば限界を超えられるのかしら・・・」
「限界を超える・・・か・・・」
わたくしの発言にご主人様が呟いた。
「何か方法があるのかしら?」
「・・・まぁ、あるにはあるけど・・・あまりお薦めしないな・・・」
「?」
「ご主人様! ぼく、その方法を試したい!!」
フェイさんの言葉にご主人様は首を横に振る。
「身体への負担が大きすぎる」
「このままだと超えられない! お願いします、ご主人様!!」
「わたくしからもお願いしますわ。 今この時を超えられなければ今までの努力が無駄になってしまいますわ」
ご主人様の表情を見ると失言したと後悔したような顔をしています。
「・・・はぁ・・・覚悟があるなら力を貸すよ」
「やったぁっ! そうこなくっちゃっ!!」
「感謝しますわ、ご主人様」
「まず、どちらから試したい?」
「はいは~い♪ ぼくからやるよ♪」
「ユール、フェイからでいいかな?」
「構いませんわ」
ご主人様はフェイさんに向かって手の平を突き出す。
「じゃぁ、始めるよ」
「うん・・・ってナニコレ?! なんだか身体の感覚がおかしい!!」
「フェイ、魔法を使ってみて」
「わ、わかった・・・んんんっ!!」
フェイさんは右手で魔素を取り込むのと同時に左手で魔力を放出していた。
・・・5秒・・・10秒・・・15秒・・・20秒・・・25秒・・・28秒・・・
フェイさんのベストタイムを更新した。
それどころか・・・
・・・30秒・・・35秒・・・40秒・・・45秒・・・
あきらかに限界を超越した時間、魔法を使用していた。
「も、もうダメ・・・」
フェイさんは魔法を解くと座り込んだ。
時間にして53秒。
今までのベストタイムの倍近くの使用時間であった。
「フェイ、能力を解くよ。 覚悟して・・・」
「はぁはぁはぁ・・・え?」
ご主人様は能力を解除した瞬間・・・
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!! 脳があぁっ!!!!!!! 脳があああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
フェイさんは頭を抱えると芋虫みたいにゴロゴロゴロゴロ動き回った。
それを見ていたわたくしたちは只々フェイさんを見ることしかできなかった。
「ご、ご主人様・・・フェイに何をしたんですか?」
我に返ったルマさんがご主人様に質問した。
「ああぁ・・・文字通り僕のスキルで限界を超えさせたんだ・・・」
「限界を超える?」
「そう、本来人間の脳は0~30パーセントくらいしか意識して活用できないように出来ている。 100パーセントの力を使うと脳や身体が耐えきれないから無意識に自己防衛本能が働くんだ。 フェイの身体能力や頭脳の枷を一時的に無理矢理解いた」
「その結果がこれですか?」
ルマさんがフェイさんを見ると今も頭を抱えながらゴロゴロしていた。
「・・・まぁ、そうなるかな・・・」
「「「「・・・」」」」
しばらくの間、フェイさんの悲鳴だけしか聞こえなかった。
5分後───
「ううぅ・・・酷いよ、ご主人様・・・」
まだ脳に痛みがあるのかフェイさんは涙目ながらご主人様に訴えた。
「だから最初にお薦めしないと言っただろ?」
「う゛、確かに言ったけど・・・まさかこんなに酷いとは思わなかったよ・・・」
「それでユールはどうする? やる? やらない?」
ご主人様の力を借りたとはいえ、限界以上に魔法を使えてたのは間違いない。
「・・・やります! わたくしも限界を超えたいですわ!!」
「・・・はぁ、わかった。 それじゃ、いくよ」
ご主人様はわたくしに向かって手の平を突き出す。
するとわたくしの身体が軽くなっていく!! 視力も聴力も嗅覚も思考能力も今まで感じたことがないほど拡張されている!! これすごいですわ!!!
「ユール、魔法を使ってみて」
わたくしはナイフで左手の甲を軽く傷つけると【欠損部位治癒魔法】と【活性化魔法】を同時使用した。
ナイフで傷つけた部分の裂傷を修復しつつ造血強化も行われていく。
わたくしは魔法に集中しつつ時間も数えていく。
・・・5秒・・・10秒・・・15秒・・・20秒・・・25秒・・・26秒・・・27秒・・・28秒・・・29秒・・・
今までのはここまでが限界でした。
しかし、今のわたくしはまだ魔法を維持できます。
・・・30秒・・・35秒・・・40秒・・・45秒・・・
そろそろ限界が近づいてきました。
・・・50秒・・・55秒・・・56秒・・・57秒・・・58秒・・・
「もう無理ですわ!!」
わたくしは魔法を解いてその場に座り込む。
魔法維持時間は59秒。
これならベルさんに迷惑をかけないでしょう。
「じゃぁ、能力を解くよ」
この時、わたくしは油断しておりました。
ご主人様が能力を解いた瞬間、脳や身体に激痛がこれでもかと襲いかかってきたのです。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
脳があぁっ!!!!!!! 身体があああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!
わたくしもフェイさん同様無様に転げ回りましたわ。
身体を動かしても口で叫んでも痛みが引くことはなかったのですわ。
更に5分後───
「ううぅ・・・痛いですわ、ご主人様・・・フェイさんはよく耐えられましたわね」
わたくしは全身筋肉痛の上、脳がショートした感覚を受けていた。
「ユールちゃん、ぼくも耐えられてないから」
「でもなんとなくですがコツが掴めたような気がしますわ」
「うん、それはぼくも感じてる。 この感覚を忘れなければいけるかも」
わたくしとフェイさんは顔を合わせると頷きあう。
その2~3日後、わたくしとフェイさんはご主人様の能力なしで無事に30秒を超え1分以上維持できるようになりました。
そして、二度とご主人様の能力を受けたくないと思ったわたくしとフェイさんでした。
だって、痛いんだもん。(涙)




