390.自由
太陽が南の頂点に達した頃、シフトたちが王都スターリインに到着した。
グラント、ギルバート、サリアとともに王城に入る。
そこにグラントの影がやってきた。
「陛下、お耳を・・・」
影はグラントに耳打ちする。
「ふむ・・・ふむ・・・なるほど、わかった」
影は報告を受けるとその場をすぐに離れる。
「シフト、報告だが少し待ってもらえないか?」
「何かあったのか?」
「先ほど入った情報だが各国の要人がドラゴンに乗ってここに向かっているらしい。 詳細は不明だが緊急故に今から対応せねばならぬ」
「そういうことなら了解した」
「あとで余の部下をここに向かわせるのですまぬがその間ここで待ってもらう。 ギルバートとサリア嬢は悪いが余を手伝ってくれ」
「「畏まりました、陛下」」
それだけいうとグラントはギルバートとサリアを連れて急ぎその場を離れる。
しばらくしてグラントの執事がメイドを引き連れてやってきた。
「陛下よりシフト様たちのおもてなしを仰せつかっております。 どうぞこちらへ」
シフトたちはグラントの計らいで客間で休むことになった。
太陽が西に傾いた頃、シフトたちは客間で寛いでいた。
コンコンコン・・・
誰かがシフトたちがいる客間をノックする。
「はい、どうぞ」
シフトが許可すると衛兵が1人部屋に入ってくる。
「失礼します。 シフト様、陛下より謁見の間へお連れするよう仰せつかりました」
「わかりました。 すぐに行きます」
ルマたちを見るとすぐにシフトのところに集まった。
「それではご案内します」
衛兵に連れられてシフトたちは謁見の間に通される。
そこには玉座に座るグラントだけではなく、先ほど別れたギルバートとサリアだけでなく、ナンゴー、モター、ギューベ、リーンを筆頭とした貴族たちが通路の両脇に大勢いた。
それだけではなくグラントの近くには帝国、皇国、公国、エルフの隠れ里、ドワーフの国、獣王国、翼人の国の要人たちの姿も見える。
シフトたちはある程度進むと立ち止まり膝を突く。
「シフト、待たせたな。 大陸最大のダンジョンである『デスホール』について報告を聞きたい」
「はい」
シフトはグラントたちに王都を出発してから『デスホール』を攻略するまでの大まかな行動を報告する。
蜘蛛ロボットが『デスホール』近くの村を全滅させたこと。
実は蜘蛛ロボットがレザクであったこと。
深層でレザクたちを殲滅させたこと。
地下100階にてダンジョンコアがシフトたちを走破者として認められたこと。
それによりダンジョンが消滅したこと。
ただし、ルマたちが超絶パワーアップしたことや品質Sランクの[鑑定石]があることについては報告しなかった。
そして、シフトが神になる資格を得たが断ったことについてはルマたちにも秘匿した。
話を聞き終えた貴族たちは安堵の表情をする。
「そうか、あの蜘蛛である魔族を倒してくれたか。 国いや大陸を代表して礼を言う」
シフトは深々と礼をする。
「グラント王、わしからもシフト殿に礼を言いたい。 ついでに心ばかりだがシフト殿に白金貨500枚を贈与したい」
ドワーフの鍛冶王ラッグズの発言を皮切りにほかの国の要人や国内の貴族たちも恩義を感じてシフトに金品を贈与したいという声が上がる。
グラントは近くに控えさせた財務大臣を見ると近づいてグラントに耳打ちした。
それを聞いたグラントは1つ頷く。
「うむ、皆の意見はわかった。 シフトにはこの大陸を救ってくれた礼に白金貨10000枚を授与する」
どうやらこの場にいる者たちが言った金額を合計すると白金貨10000枚になるようだ。
「ありがとうございます」
シフトは内心冷や汗をかきながらも冷静に応える。
「それとは別に何か礼をしたい。 可能な限り聞き入れよう」
「・・・1つお願いがございます」
シフトの発言にルマたちだけでなく、シフトをよく知る人物は皆耳を疑った。
いつもなら別に要らないと要求を突っぱねるのに今回に限って願いがあるといったのだ。
皆シフトの次の言葉に警戒する。
「ほう、申してみよ」
「はい。 僕の従者であるルマ、ベル、ローザ、フェイ、ユールの5名の階級を奴隷から平民へと上げてもらいたいのです」
シフトが願ったこと、それはルマたちを奴隷から解放して平民にすることだ。
本来であれば階級を上げるにはそれ相応の働きが必要である。
今回のようにシフトたちが国を救うくらいの活躍をしなければならない。
あとは大金を支払って階級を得ることもできる。
その場にいた大半の貴族たちは肩透かしを食らう。
だが、ギルバートやサリア、グラント、ナンゴー、タイミューなどシフトと所縁のある者たちは言葉の真の意味を理解する。
シフトの目的であるライサンダーたちを倒したことを。
「それでよいのか? それならば・・・」
グラントが許可しようとしたとき、ルマたちが遮ってシフトに訴える。
「ご主人様! なぜそのようなことをいうのですか!!」
「ベルたちはもういらないの?」
「わたしたちはいつまでもご主人様とともにいたいんだ!!」
「ぼくたちはご主人様の奴隷のままでも構わないよ!!」
「わたくしたちのご主人様への愛は永遠に変わらないですわ!!」
ルマたちはいつの間にか泣いていた。
「みんな、落ち着いて。 これにはちゃんとした理由があるんだ」
「理由?」
シフトはルマたちに説明する。
「今までは主人と従者の関係だった。 だけど、それも今回の『デスホール』ですべて終わった。 これからは主人と従者ではなくお互いが対等な立場でルマたちと生きていきたいんだ」
「「「「「・・・」」」」」
シフトの言葉を聞いてルマたちは戸惑っている。
ルマたちにとってこの3年と8ヵ月はシフトに尽くすために生きてきた。
奴隷でなくなったら今までのシフトとの絆がなくなってしまうのではないか? ルマたちはシフトとの絆がなくなることを何よりも恐れた。
「ごめん、ちゃんと説明しておくべきだったね。 すべてが終わったら国王陛下にお願いしてルマたちを奴隷の身分から解放したいと思っていたんだ。 そうしないといつまでも過去に囚われたまま生きていくことになる。 僕はそれを望まない。 それに例え主従の関係がなくても僕たちが今まで一緒に生きてきた絆は変わらない。 だからみんなお願いだ、僕の我儘を受け入れてほしい」
シフトはルマたちに頭を下げて自分の誠意を見せる。
「ご主人様・・・」
ルマたちはどうするとお互いを見る。
シフトの言葉を受け入れるか否か。
しばらく場は沈黙を保つ。
そして、ついにルマたちは決断する。
「畏まりました、ご主人様」
ルマたちはシフトの発言を受け入れた。
「みんな、ありがとう」
シフトはグラントに向き直り改めてお願いする。
「国王陛下、僕の従者であるルマ、ベル、ローザ、フェイ、ユールの5名の階級を奴隷から平民へと上げてください」
「よかろう。 シフトの従者であるルマ嬢、ベル嬢、ローザ嬢、フェイ嬢、ユール嬢の5名を奴隷から平民になることを認める」
「聞き入れてくださり、感謝いたします」
シフトはグラントに深々と礼をする。
「それでは早速手続きをするかのぅ」
グラントの傍に控えていた衛兵を見た。
それを察してグラントに一礼すると衛兵が謁見の間を退室する。
しばらくして衛兵が1人の女性を連れて謁見の間に戻ってきた。
「国王陛下、お呼びとなり参上しました。 何用でしょうか?」
「そこにいる5人の女性にかけられている契約魔法を破棄しろ」
「畏まりました」
女性はルマたちのところに歩いていく。
「それでは・・・」
「あ! ちょっと待ってください」
シフトは女性が行動する前に止める。
「みんな、聞いてくれ。 僕からの最後の命令だ」
「「「「「!!」」」」」
ルマたちはシフトからの最後の命令に緊張する。
「今後、僕のことは『ご主人様』ではなく『シフト』と呼んでほしい」
「・・・ふっ」
シフトの言葉にルマたちは思わず笑ってしまった。
「命令なのにお願いでは締まりません」
「脱力」
「最後くらいビシッと主人らしく言ってほしかったな」
「さっきまで恰好良かったのに台無しだよ」
「もう、気が緩みすぎですわ」
ルマたちはシフトに対して苦言を呈する。
一通り笑うとルマたちは真剣な表情で応えた。
「「「「「畏まりました、シフト様」」」」」
「あははは・・・できれば様付けも止めてほしいんだけどな・・・これからは僕たちは対等な立場になるんだから」
「さすがに急には無理です。 こういうのは時間が解決してくれますから」
ルマの発言にベルたちが頷く。
「わかった。 それは今後の課題ということで。 すみません、お待たせしました」
「いえ、これより彼女たちにかけられた契約魔法を破棄します」
女性がルマの首輪に手を触れた。
首輪に刻まれたシフトの名が消失する。
それと同時にルマの首輪が外れた。
落ちていく首輪をルマは慌てて受け止める。
そのあと、ベル、ローザ、フェイ、ユールの順番に契約魔法を破棄された。
ルマたちはその首輪を感慨深そうに見つめる。
この瞬間、シフトとルマたちの主従関係は幕を閉じた。
そして、これから新たなる関係をシフトとルマたちは築いていくだろう。
女性は国王に一礼すると謁見の間を退室する。
「どうやら無事に終わったようだのぅ。 では、改めてルマ嬢、ベル嬢、ローザ嬢、フェイ嬢、ユール嬢、其方たちは今日から平民だ」
「「「「「国王陛下、感謝いたします」」」」」
ルマたちはグラントに一礼する。
「さて、これで大陸最大のダンジョンである『デスホール』についての報告とシフトたちへの授与は以上だな。 それではこれにて解散とする」
グラントの言葉に貴族たちが全員その場で膝を突き一礼する。
グラントは各国の要人とともに謁見の間を退室した。
それに伴い貴族たちも次々と謁見の間を退室していく。
シフトたちも謁見の間を退室して用意された部屋に戻ろうとすると、そこにギルバートとサリアが現れて話しかけてきた。
「シフト君、お疲れ様。 ルマ君、ベル君、ローザ君、フェイ君、ユール君、平民への階級おめでとう」
「ルマ様、ベル様、ローザ様、フェイ様、ユール様、おめでとうございます」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
ギルバートとサリアの労いにルマたちが応える。
「それでシフト君はこれからどうするんだい?」
「僕ですか? これからのことはすでに決めてます」
「そうなのかい? できれば是非教えてほしいんだけどね」
「残念ですけどそれはまだ秘密です。 時期が来たら教えますよ。 それではギルドマスター、サリアさん、僕たちはこれで。 ルマ、ベル、ローザ、フェイ、ユール、行こう」
「「「「「はい!!」」」」」
シフトはルマたちを引き連れて部屋に戻るのだった。