37.ザールの最後 〔※残酷描写有り〕
ルッティと呼ばれた読心術者の首がザールの足元に転がる。
その顔は驚愕に満ちていた。
シフトはルッティが油断した瞬間に驚異的なスピードで近づき右手に持っていたナイフで首を刎ねたのだ。
念のため心臓もナイフで一突きしておく。
「ひ、ひぃぃぃ・・・」
ザールは情けない悲鳴を上げて尻もちをついた。
執事長は無傷のシフトを見て驚愕していた。
先ほどの【風魔法】は動きを封じると同時にシフトのみ無数の風の刃で切り刻むように放ったのだ。
(ふぅ、【五感操作】で認識を狂わせてなかったら危なかったな・・・)
シフトはザールに向き直る。
(さて、一番厄介な【読心術】の使い手を殺したし、あとはザールだけだな・・・)
シフトはザールのほうに一歩また一歩と歩いていく。
「お、お前強いな。 わ、わしの下に付かないか? ルッティよりも高い金で雇ってやるぞ?」
ザールの言に耳を貸さずに歩く。
しかし、執事長が死角からナイフで切りかかるもシフトには刃が届かなかった。
「!!」
その後も執事長は八方向からナイフと【風魔法】で攻撃するも一度としてシフトに命中しなかった。
執事長がザールの前に立つと、
「旦那様、お逃げください!!」
健気にもザールを庇うように立ちはだかった。
「・・・」
ザールは部屋の扉まで這いつくばって行き、もう少しで扉にたどり着く寸前で不可視の壁に阻まれた。
ザールは驚いた顔で不可視の壁を触っていた。
「な、なんだ?! 空気の壁みたいなものに阻まれてこれ以上先に進めないぞ!!」
(逃がすわけないだろ! 【次元遮断】でこの空間を外界から隔離しているんだからな!!)
「く、警備兵は何をしている!! は、早く・・・早くわしを助けに来ないかあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!」
ザールは大声で叫ぶがその声が館にいる警備兵に聞こえることはなかった。
なぜなら彼らは侵入者であるシフトの迎撃準備で1・2階に全員いるからだ。
普通なら割れたガラスや執事長の【風魔法】で気づいて駆けつけてくるだろう。
だがシフトは外部に音が漏れないよう【次元遮断】を使って徹底して音を遮断したのだ。
なので3階の執務室にシフトが既にいるとは誰もが予想していない・・・
攻撃を続ける執事長の腹にシフトは拳を叩き込むとザールとは反対のほうに吹っ飛んでいって壁に激突する。
「! がふっ!!」
死んだかのように見えたが執事長は口から血を流しながらも意識はあり、身体は痙攣していた。
右手で自分の腹を触ると【水魔法】で回復を試みているが動けるまでには時間がかかるだろう。
「だ、旦那・・・様・・・お・・・お逃げ・・・くだ・・・さい・・・」
シフトは執事長を一瞥する。
(あなたには5年間世話になったからな・・・これ以上は邪魔しないでほしい)
ザールの目の前まで歩くとシフトは左手で胸ぐらを掴み高々と持ち上げた。
「た、助けてくれ・・・か、金ならい、いくらでもやる・・・だ、だから命だけは・・・」
(死ね!!)
シフトは右手のナイフでザールの心臓を一刺しして勢い余って背中のほうまで貫通していた。
「! がはっ!!」
「・・・だ、旦那様!!!」
ザールは目を限界まで見開き、口から血を噴出した。
その光景を見た執事長が叫んでいた。
シフトはナイフを引き抜くとゴミを捨てるようにザールをそこらへんに放り投げた。
ザールの身体が床に1バウンドして仰向けに倒れた。
「・・・な・・・なぜ・・・わ・・・しが・・・こ・・・こん・・・な・・・め・・・に・・・」
ザールは恨めしい目でシフトを見ながら言葉を発したが最後まで続かなかった。
(まずは1人目・・・残るは・・・)
シフトは自分の両親と『勇者』ライサンダーたちを思い出す。
(・・・『復讐』はまだ始まったばかりだ・・・)
シフトは結界を解くと侵入した窓から出て行った。
あとに残された執事長が腹を抑えながら起き上がるとザールのほうに歩いていく。
目の前まで来ると大の字に倒れるザールを見て執事長は膝を折った。
「・・・」
「・・・だんなさま・・・」
「・・・」
主人を失った執事長は首を垂れていた。
シフトは館を出ると裏路地に入りマントに魔力を流す。
闇に紛れたあと【次元遮断】で外界と隔離して夜まで待つことにした。
時が経ちやがて日が沈み空には星が見え始めたころ、
(そろそろいいかな?)
シフトは周りに誰もいないことを確認すると【偽装】で元の背恰好と偽装中の基本的な顔、髪と目の色、ステータスに戻した。
紅い般若の仮面を外し、マントを脱ぐと結界を解いた。
(さて、みんなのところに戻るか)
大通りにくると人々で賑わっていたので雑踏に紛れて宿まで戻った。
シフトが宿に戻り扉を開けると努めて明るく振舞うようにした。
「ただいま」
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
ルマたちが駆け寄ってきて一礼した。
シフトは部屋に入って扉を閉めるなり【次元遮断】で外界と隔離する。
念のため【空間収納】を発動して、今回の殺害に使った紅い般若の仮面とフード付きマント、ナイフをしまうと空間を閉じる。
「みんな心配かけてごめん。 僕は無事・・・という言い方も変だけど領主に対して『復讐』できたよ。 都市部の様子はどうだい?」
「それが領主の兵が人探しをしていました。 私たちの部屋にも兵が2~3名来て怪しい人物がいないか確認していました。 おそらくは・・・」
ルマはその先を言わずにシフトを見た。
「なるほど・・・みんなに怖い思いさせたみたいだね。 すまない」
「いえ、どちらかというとご主人様が無事か心配で・・・」
ルマの一言にベルたちは首を縦に振った。
「みんな、すまなかったな。 今回の『復讐』対象者はザールだけなんだけど、僕の存在を知られるとまずいから【読心術】の使い手も首を刎ねたあと心臓を一刺しして殺しておいた」
「え?! ご主人様、あの【読心術】の使い手を倒したの?!」
「ああ、生かしておくと僕とフェイのことに感ずかれる恐れがあるし害にしかならないからな。 念のために顔(仮面で隠れているとはいえ一応)、髪と目の色、名前、ステータスを随時変えていたし、声も一切発していないから僕であることはばれていないはずだ」
「ご主人様、強すぎ・・・」
フェイは呆れながらシフトを見た。
「あ、館の手勢は放置したから」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫~♪ 全ての罪は紅い般若仮面に責任を擦り付けるから~♪」
「その考えは酷いですわよ、ご主人様・・・」
シフトの回答にルマたちはドン引きしていた。
「何はともあれこれで1人目だよ・・・」
「? ほかにも何人かいるんですか?」
「・・・ああ、いる・・・だけど・・・」
「解っております。 今は言えないのでしょう? なら無理にはお聞きしません」
ルマの発言にベルたちも首を縦に振る。
「・・・ありがとう。 みんな・・・」
シフトの感謝の気持ちにルマたちは笑顔で応えた。
ぐうううううぅ・・・
シフトも笑顔を返そうとするがそれよりも早く自分のお腹の音が室内に響いた。
「「「「「ぷ、くすくす・・・」」」」」
「ふ、ははははは・・・なんかお腹が空いちゃったな。 みんなで外に食べに行こうか」
「「「「「畏まりました。 ご主人様」」」」」
シフトは結界を解くと夜の街にルマたちを連れて食事に行くのだった。
ザール辺境伯の死から数日後、殺害されたことが王侯貴族たちに瞬く間に広がった。
ガイアール王国 王都スターリイン 王城・謁見の間
1人の文官が謁見の間に息を切らせながら入ってきた。
「国王陛下、火急の知らせです!!」
「何事だ! 騒々しい!!」
「ヘルザード辺境伯領領主ザール辺境伯が殺害されました!!」
「何?! あの豚が?! ・・・んん、ザールが殺されただと?!」
「はっ! 何でも白昼堂々賊が館に押し入り殺害されたとのことです!!」
「して、ザールの後釜は?」
「はっ! ザール辺境伯の長男が跡を継ぐとのことです!!」
「そうか・・・何度か会ったことがあるがザールよりは有能だったはず・・・わかった、下がってよいぞ!」
「はっ! 失礼いたします!!」
文官が下がると国王は溜息をついて仕事が増えると心の中で嘆いた。
ガイアール王国極西パーナップ辺境伯領 首都インフール 領主の館・食堂
食事中のナンゴー辺境伯に文官が現れて報告を入れる。
「旦那様、ヘルザード辺境伯領領主ザール辺境伯が殺害されました」
「はぁ、あの豚が死んだ? っていうか食事中にそんな話をするな!!」
「申し訳ございません」
「まぁいい・・・で?」
「はい、なんでも白昼堂々賊が襲ってきてやられたそうです。 あと、ザール辺境伯の長男が跡を継ぐそうです」
「なるほど・・・ほかには?」
「入っている情報は以上です」
「ご苦労・・・おい、どう思う?」
文官を手で下がらせるとナンゴーは近くに立っていた筆頭護衛に聞く。
「たしかザール辺境伯の筆頭護衛に【読心術】のルッティがいたはず・・・近距離なら奴を倒すのは非常に難しい敵対したくない相手筆頭です」
「はぁ? そんな護衛がいて豚死んだの? ってことはここにも豚殺した奴がくるのか?」
「わかりません。 ですが警戒はしておくべきかと・・・」
「そりゃそうだな・・・そいつの目的が解らん以上どうしようもないしな・・・」
ナンゴーは心の中で一段階警戒することにした。
ガイアール王国の極南デューゼレル辺境伯領 首都テーレ 領主の館・執務室
扉をノックする音で執務中のモター辺境伯がペンを置くと文官が入室してきた。
「失礼いたします。 旦那様、ヘルザード辺境伯領領主ザール辺境伯が殺害されたとのことです」
「? 北の豚がか? 原因は?」
「原因は不明ですが白昼堂々賊が館を襲いザール辺境伯のほか筆頭護衛の【読心術】のルッティも死亡したと・・・また、ザール辺境伯の跡を長男が継ぐようです」
「わかった・・・下がってよい」
「失礼いたします」
「・・・どう見る?」
文官が部屋を出ていくとこの部屋のソファーでワインを飲んで寛いでいる筆頭護衛に尋ねる。
「・・・おそらく白昼堂々襲ってきたことから私怨でしょう。 問題は【読心術】のルッティを殺せるほどの実力者が次に何をするかです」
「ここに来ると?」
「モター様が裏で悪さをしていればあるいは・・・」
「冗談でもやめてほしい。 部下たちにはさり気なく警戒レベルを上げておいてくれ」
「わかりました」
めんどくさいことになりそうだとモターは頭を抱えた。
ガイアール王国の極東モオウォーク辺境伯領 首都モウス 領主の館・応接室
ギルバート、サリアはミルバークの町についての近況報告にギューベ辺境伯のところに訪れ話していると文官が扉をノックして入ってくる。
「失礼します。 旦那様、ヘルザード辺境伯領領主ザール辺境伯が急死しました」
「何? 原因は?」
「賊の襲撃です。 筆頭護衛の【読心術】のルッティも死亡しました。 ザール辺境伯の後釜にはおそらく長男が継ぐかと・・・」
「わかりました・・・下がってください」
文官が部屋を出ていくとギルバートに意見を聞いた。
「ザール卿の死か・・・ギルバートはどう思いますか?」
「ギューベ様、僕はミルバークの冒険者ギルドのギルドマスターであり、あなたの部下ではないので意見を求められましても・・・」
ギルバートはギューベの後ろに控える筆頭護衛を見ながら回答を避けようとする。
「いや、国王陛下がお認めになった3人のSランク冒険者の1人である君の意見を聞きたいんだ」
「・・・わかりました。 まず、最初に断っておきますが騎士は対人特化に秀でているのに対して冒険者は対魔物特化に秀でていることを念頭に置いた上で聞いてください」
「ふむ、わかった」
ギルバートは文官の報告を頭の中でどのような状況かシミュレーションした後に語り始める。
「・・・そうですね・・・先ほどの文官の話では被害者がザール辺境伯と筆頭護衛の【読心術】のルッティのみで他の死傷者はないところからおそらく単独犯でしょう」
「館に1人で突入してザール卿とその護衛を殺したと?」
「ルッティの実力は僕も知っています。 彼の強さは本物で仮に僕が戦ったとしても勝率は五分五分ですね。 彼ほどの実力者と戦うなら大勢の人間で人海戦術で攻めないと殺すことなどまず不可能です。 結論、人知を超えた力の持ち主です」
それを口にするとギルバートは顔に大きな傷がある1人の少年を思い浮かべた。
(彼が・・・いや、まさか・・・)
否定しようとしたとき、ある言葉を思い出した。
『僕には僕の目的がある。 僕の邪魔をしなければこの町には手を出しません。 僕が約束できるのはそれだけです』
その言葉を皮切りにバラバラになっていたパズルのピースが埋まっていく。
(! ・・・そうか、君の『目的』なんだね・・・)
ギルバートは今の心境を顔には出さないように努力した。
「なるほど・・・それほどの手練れがいるのなら我々も気を付けたほうがいいかな?」
「警戒はしておいたほうがいいでしょう。 ただし、あからさまにするのは厳禁かと」
「・・・そうだな、しばらくは様子を窺うとしよう」
ギューベの言葉を聞くとギルバートはサリアに目配せして立ち上がった。
「それが宜しいかと思います。 ギューベ様、報告も済みましたし我々はこれで・・・」
「ああ、すまなかったな。 何かあればまた知恵を借りたい」
「わかりました。 それでは失礼します」
ギルバートとサリアは応接室を退出した。
ミルバークの町へ帰還中、草原で馬を休めていた。
周辺にはギルバートとサリアしかいないことを確認した上でギルバートが話を切り出した。
「サリア様、お耳に入れたいことが」
「どうしたの?」
「先ほどのザール辺境伯とルッティの殺害についてですが・・・」
「彼が殺害したと言いたいのね」
「! ご存じで?」
サリアは首を横に振る。
「あなたと同じ考えよ。 モオウォークからヘルザードまでは歩きだと最短でも4ヵ月くらいかかる。 単独で行うだけの実力者で心当たりがあるのは彼1人だけ」
「『目的』は済んだと思いますか?」
「それは解らないわ。 終わりかもしれないし始まりかもしれないし・・・」
「僕たちの敵になる可能性はありますかね?」
「現時点では絶対無いとは断言できないわね。 最悪の場合、彼と戦う羽目になるわ」
「彼の強さは手合わせした僕が一番知っています。 あれは勝てません」
「彼女たちを人質にとるのは・・・愚策でしょうね。 そんなことをすれば『火龍の逆鱗に触れて灰燼に帰す』か・・・」
「・・・」
「はぁ、こういうとき自分の身分が恨めしいわ・・・」
ギルバートとサリアはお互いの顔を見ると落胆するのだった。




