379.準備は念入りに
シフトたちは話し合った結果、大陸最大のダンジョンである『デスホール』に挑むことにした。
そうと決まればまずは挑むための準備が必要だ。
食料はもちろんのこと、ダンジョンで必要な道具、破壊されたりしたときの代わりの武器など必要な物は多い。
いつ出発するかわからないので今のうちに購入しようと動き出す。
まずは魔道具を買いに向かった。
主目的はマジックバックだ。
大量の物資を持っていくとなると普通のバックでは嵩張るだろう。
シフトの【空間収納】があるから問題ないだろうが、土の精霊がいたダンジョンみたいにパーティーを分断された場合、1人だけが食料を持っているとほかの者たちに危険が伴う。
それを回避するため新たなマジックバックを購入することに決めた。
シフトが以前プレゼントしたマジックバックがあるが、それは個人が好きに使うためにプレゼントしたものであり、今回のような生存するために使うものではない。
シフトたちは以前ショルダーバックとウエストポーチを購入した魔道具店にやってくる。
そこでルマたちにマジックバックを選んでもらった。
自分の生存がかかっているためかシフトたちが選んだのは白いウエストポーチ一択だ。
暗い中黒系は紛失した場合に探すのに苦労するだろう。
その点白系なら目立つので余程の事がない限りはすぐに見つかるはずだ。
ダンジョン内の魔物にも目に留まってしまうが大事な食料を紛失するよりはマシだろう。
シフトは白金貨1枚する最高級の白いウエストポーチ6点を買うとルマたちに持たせる。
ほかにも1人になった時のことを想定して魔力を流すことで明かりが点けられるマジックトーチ、マジックバックと同じ要領で作られたマジックウォーターバック、魔石で動かせるマジックコンロなどを購入した。
次に食料を調達しに王都の市場に行く。
ベルが【鑑定】を発動して可能な限り食材や調味料を購入した。
先ほど購入したマジックバックに手当たり次第に入れていく。
店先で均等にして入れるにはあまりにも手間がかかるので、あとで均等になるように分けることにした。
続いて雑貨屋に向かう。
そこでは各々が調理器具や食器を購入する。
これで最悪1人1人がバラバラになったとしても合流するまでは生きていられるだろう。
最後に『兎の癒し亭』に一泊の宿をとった。
部屋に着くと買ってきた食材を一旦シフトの【空間収納】に集めて、そこから均等に小分けして出してはマジックバックに入れなおす。
シフトが持っているフルポーションを始めとしたポーションやマナポーションを渡したり、ルマの【水魔法】でマジックウォーターバックを満タンにしたりとできる範囲で準備を整えた。
「さて、最低限必要な物は揃った。 あとは個人で必要な物を購入しよう」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
シフトたちは自分が必要な物を購入しに王都を散策することにした。
翌日───
シフトたちは王城にある謁見の間へ再びやってくる。
そこにはグラントが神妙な顔で待っていた。
宰相や防衛大臣、防衛庁長官、それにほかの貴族たちはいない。
「シフト、よく来たな」
「ああ・・・って、どうした疲れた顔をして?」
「実は昨日の蜘蛛だが王国中で現れたそうだ。 いくつかの町や村は壊滅したという報告を受けている。 王国以外にも現れたという情報が入っている」
「なんだと?」
蜘蛛ロボットが王国どころか大陸中にいることに驚いた。
「僕たちは蜘蛛たちの駆除に行けばいいのか?」
「それについては貴族たちに任せるつもりだ。 自分の領地は自分で守ってもらわなければな」
「だから貴族たちが1人もいないのか・・・」
報告を受けた貴族たちは急いで自治領へと戻っていった。
昨日みたいに貴族同士の言い争いに時間を割かれなくて済むのはありがたい。
「そういうことだ。 さて、時間も惜しいので早速だが昨日の回答を聞きたい」
「グラント、僕たちは『デスホール』に行くよ。 どこまでやれるかは保証しないけど」
シフトの言葉を聞いてグラントは胸を撫で下ろす。
「そうか、引き受けてくれるか。 すまぬな」
「気にしなくてもいい。 僕としてもあの蜘蛛が無限に湧くのは許容できないから」
レザクが逃げた先にライサンダーたちがいる可能性は高いだろう。
シフトとしてもこの機会を見過ごすつもりはない。
「それでは準備ができ次第出発してもらえないだろうか?」
「準備は昨日のうちにもう済ませている。 これから『デスホール』へ向かうよ」
「うむ、わかった。 シフト、頼んだぞ」
「場所が場所だけに任せろと言えないのが辛いところだ。 善処するよ。 みんな、行くよ」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
それだけいうとシフトはルマたちを連れて謁見の間を退室した。
シフトは王都を出てすぐに出発するのかと思いきや南にある断崖下までやってくる。
そこではエルドやプラルタたちドラゴンが何匹かいた。
「エルドさん、ちょっといいかな?」
『シフト殿、どうした?』
「本当は昨日話そうとしていたことなんだけど『この手に自由を』がここ1ヵ月襲ってこないから警戒を解除しようという話が国王陛下から持ち上がったんだ」
『『この手に自由を』はもう襲ってこないと?』
エルドの質問にシフトは首を横に振る。
「それなんだけど『この手に自由を』に関してはエルドさんの言う通りなんだけど、新たな脅威が出現した。 それはオリハルコンでできた蜘蛛だ」
『オリハルコンでできた蜘蛛? また、厄介なのがでてきたな』
「エルドさんにお願いなんだけど、もう少しだけここを守ってくれないだろうか?」
『我は構わぬぞ』
シフトのお願いにエルドは快く引き受けてくれた。
「ありがとうございます。 僕はこれから蜘蛛が出てきたダンジョンに行って問題を解決してきます」
『うむ、気を付けるのだぞ』
そこにシフトとエルドの会話を聞いていたプラルタが声をかける。
『シフトさん、サンドワームの肉はどうなるのですか?』
「あ! そういえば言い忘れてました。 サンドワームですけどここから南西・・・あちらの方角ですけど砂漠があってそこに住んでいます。 乱獲しても問題ないそうなので食べたい分だけ狩って食べてください」
シフトが指さした方をプラルタを始めとしたドラゴンたちが一斉にその方角を見る。
『本当ですか?! わ~い♪』
プラルタは喜んだ。
ほかのドラゴンたちもサンドワームが食べ放題と聞いてやる気を漲らせている。
『こらお前たち! ここの守りもあるのだから全員で行くんじゃない!』
暴走しそうなドラゴンたちをエルドさんが叱る。
「それじゃ、エルドさん、ドラゴンの皆さん、頼みます」
『気を付けてくださいね』
エルドやプラルタたちと別れるとシフトたちはフライハイトと戦った場所まで移動する。
シフトが【空間収納】から魔動車を取り出すとルマが話しかけてきた。
「ご主人様、王国中・・・大陸中にいる蜘蛛を放置しても大丈夫でしょうか?」
「それについてはグラントの言う通りほかの貴族たちや国の治世者に任せるしかないかな。 僕たちが行けば被害が抑えられるかもしれないが、元を断たない限り同じことが繰り返されるだろう」
そこにフェイが別の質問をしてくる。
「ご主人様は『デスホール』に行ったことあるの?」
「1度だけ行ったことがあるよ」
「どんなところなの?」
「一言でいえば地獄かな」
「地獄?」
シフトは『デスホール』のことを思い出す。
「ダンジョン自体がかなり広大で迷路みたいに入り組んでいておまけに罠もある。 敵である魔物や魔獣も地上のと違い知能が高く統率が取れており連携しての攻撃は脅威だ」
「そんなに強いの?」
「強いというよりは厄介だな。 もちろん強さも十分兼ね備えているが、人間に近い戦略で攻めてくる」
「ぼくたちがいつも連携して戦っているのと同じ行動をとるってことかな?」
「そう捉えてもらって構わない」
シフトの言葉にルマたちが嫌な顔をする。
「ライサンダーたちのパーティーですら地下15階に下りるのに苦労していたほどだ」
「うえ、本気で?」
「まず統率されていないパーティーでは無理だな。 ライサンダーたちはどちらかといえば統率されていない部類だけど、それでも個々の力が強かったから地下15階まで下りられたんだよ」
チームワークという点ではライサンダーたちは最悪だ。
ヴォーガスが防衛しているところにリーゼが魔法を打ち込んで戦闘を有利にするならともかく、ヴォーガスもリーゼも己の力だけで戦っていた。
ライサンダーもルースもアーガスもそれを止めないし、連携らしい連携もせずに誰もが好き勝手に戦っていたのが印象深い。
だが、個々の力が強かったのは本当のことだ。
正直あの5人がパーティーとして一緒に行動していること自体が奇跡としかいいようがない。
「ご主人様は何階まで下りたの?」
「・・・僕はライサンダーたちの荷物持ちで地下15階まで下りたけど、そこでヴォーガスの攻撃を受けて大穴に落ちたんだ。 あの時は生き残ることだけ考えていたから実際にどこまで落とされたかなんて覚えていないよ」
「そうだったんだ・・・それでライサンダーたちに『復讐』するのが目的だったんだね」
シフトの意外な過去を知ったルマたちが悲しい顔をしている。
「みんな、そんな悲しい顔をしないで。 たしかに辛かったけどそのおかげで強くもなれたしみんなにも会うことができたんだから、その点に関してはライサンダーたちに感謝しているんだ」
「ご主人様・・・」
「この話はこれでお終い。 そろそろ『デスホール』に向かおう」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
シフトたちは魔動車に乗り込むと『デスホール』がある東へと出発するのであった。