360.驕りを捨てる
ルマたちの潜在能力を引き出した翌日の朝、ギルバートとリーンがシフトたちのところにやってきた。
「やぁ、シフト君たち、おはよう」
「ベル、シフトさんたち、おはようございます」
「ギルドマスター、リーンさん、おはようございます。 身体のほうはもう大丈夫ですか?」
「ええ、1日しっかり休んだからもう大丈夫です」
リーンは身体を動かして全快したことをアピールする。
「リーンお姉さま、無理はしない」
「ベル・・・ありがとう」
これまでのリーンならベルに対して熱いくらいな行動を示していたが、今は姉らしい振る舞いを見せている。
「リーンさん、まるくなりました?」
「そ、そんなことはないわよ?」
シフトの質問にしどろもどろするリーン。
ベルはリーンの言動を敏感に感じたのかシフトに抱きついた。
「ベル?」
「リーンお姉さまでもご主人様は渡さない」
「え? ちょ、ちょっと何を言っているの、ベル? そ、そんなわけないじゃない」
ベルの言葉にリーンは頬を赤く染めて否定する。
あまりにもわかりやすい言動にリーン以外が疑いの目で見ていた。
「ち、違うんだからっ! わ、私はそ、そんな目でシ、シフトさんを見ていないんだからっ!!」
リーンはつっかえながらもシフトへの恋慕を否定する。
(リーンさん、もうそれ以上口を開かないで)
シフトから見ればリーンが口を開けば開くほど襤褸が出ているように見えてならない。
「ところで2人は僕に何の用ですか?」
改めてシフトがギルバートとリーンに問いかける。
「シフト君にお願いがあってきたのさ」
「あなたがベルの潜在能力を引き出したって聞いてね・・・できれば私とギルバートさんの潜在能力を引き出してもらおうとお願いに来たの」
ギルバートとリーンは真剣な表情でシフトにお願いする。
「ギルドマスターもリーンさんも今のままでも十分強いですけど・・・」
「いや、あの少女と戦うなら今のままでは心許無い」
「私の場合は1度死んでいますからね」
2人は先の戦いで少女たちに苦戦した。
身体能力や武器の性能もあるだろうが、心の中に強者である自負もあったのだろう。
それが驕りとなり油断に繋がったわけだ。
「僕としてはあんな無様な醜態は2度としたくないからね」
「そうね、私としてもベルを悲しませたくないわ」
「・・・わかりました。 2人の潜在能力を引き出すことに協力します」
「シフト君、ありがとう」
「恩に着るわ」
話が纏まったところでシフトたちは朝食を取りに行く。
食事を終えてシフトたちは南の断崖下まで行くとプラルタの協力を得て、シフトは【未知経験】を使って早速2人の潜在能力を引き出すことにした。
最初はギルバートの潜在能力を引き出し、昼食を挟んでリーンの潜在能力を引き出すことに成功する。
これによりギルバートとリーンはそれぞれ自分の能力が底上げされたことを実感していた。
試しにローザと模擬戦をさせたら達人改め名人同士の戦いへと発展して決着がつかないほどだ。
「シフト君、ありがとう」
「この力ならば次は負けないわ」
ギルバートとリーンは潜在能力を引き出されたことにより力を得た。
「それはよかった。 だけど、油断は禁物ですよ」
「わかっている」
「2度と同じ過ちは繰り返さないわ」
2人とも先の戦いを教訓として受け止めているようだ。
今のギルバートとリーンと戦ったら苦戦は必至だろう。
もっともシフトも新たなスキルを手に入れているので余程油断しない限りは負ける要素がない。
「それじゃ、僕たちは戻るよ」
「あ、ちょっと待ってほしい」
ギルバートとリーンが戻ろうとするとローザが声をかけた。
「ん? ローザ君、どうしたんだい?」
「リーンさん、これを」
ローザはマジックバックから龍鱗の槍を取り出してリーンに渡す。
「これは!」
「リーンさんのために龍の鱗から作った槍です。 以前お貸しした槍と同等の力を有しています」
「ローザさん! ありがとうございます!」
リーンは嬉しそうに龍鱗の槍を受け取った。
見た目はシフトたちが持っている龍鱗の武器と同じだが違う点が1つある。
それはギルバートの龍鱗の剣とリーンの龍鱗の槍には魔石の嵌め込む場所を作っていない。
魔法武器に関しては今も秘匿状態なので、ローザが意図的に嵌め込み口を作らなかった。
とはいえ鉄や鋼、ミスリルよりも遥かに優れた威力と耐久力を誇り、使い手次第ではオリハルコンと同等の威力を発揮できるはずだ。
そして、潜在能力を引き出された今のギルバートとリーンの実力ならば龍鱗の武器を十二分に使い熟すことができるだろう。
2人は礼を言うとそのまま王城のほうへ立ち去った。
それと入れ替わるように人化したエルドが戻ってくる。
「エルドさん、どこかに行っていたのですか?」
「グラント殿と話をしていてな、中々に良い話を聞けた。 それで我はそろそろドラゴンの国に戻る」
「そうなんですか? 急な話ですね」
エルドから突然の帰国を聞いてシフトは驚いた。
「元々は夢が気になったからここへ来たのであって、本来は霊峰山で同族を纏めたり当面の目標である霊薬を手に入れる準備をしたりと色々やらねばならぬことがあるからな」
「ああ・・・治世者も大変ですね」
「まったくだ。 同族たちももう少し我の身にもなって考えてほしいものだ」
あの我儘なドラゴンたちを纏めるエルドが如何にすごいか理解できる。
エルドは人化を解くとドラゴンの姿に戻った。
『さて、では我は霊峰山に戻る・・・といっても同族を何匹か引き連れてまたここに戻ってくるのだがな』
「あれ? また戻ってくるんですか?」
『ああ、引き籠っている者を引き連れてな。 少しはシフト殿の役に立ってもらわないとな』
「ん? 役に立つ?」
『気にするな、こちらのことだ』
エルドの含みのある言葉にシフトは嫌な予感しかしない。
(もしかして僕に手が付けられないドラゴンたちを押し付けるとか? さすがにそれはないだろう・・・ないよね?)
シフトとしては面倒ごとを押し付けられるのはごめんだ。
『シフト殿、我が戻るまでプラルタのこと頼みますぞ』
それだけいうとエルドは翼を羽搏かせて上空に舞い、そのまま東へとものすごいスピードで飛んで行った。
「ちょっ?! エルドさんっ! エルドさーーーんっ!!」
その声も空しく、エルドに届くことはなかった。
「はぁ・・・行っちゃった・・・」
『まぁまぁ、長も戻ってくるって言っているんですし気長に待ちましょう』
プラルタは能天気なことをいうとその場で蹲る。
「プラルタさんもちゃんとした人化を練習したらどうですか?」
『えええええぇーーーーーっ!! 疲れるから嫌ですぅっ!!』
シフトの提案をプラルタは拒絶する。
「エルドさんみたいに完璧な人化ができればここで退屈な時間を過ごすことはなくなりますよ?」
「人の姿にはちゃんとなれているので、あとは服をイメージすれば問題ないわね」
「精神面が弱いから人化が解けないように集中力を鍛える」
「せっかくだから人化している時間も長くしたいところだな」
「プラルタちゃんの【魔力自動回復魔法】を自身に使い続ければ維持は簡単そうだけどね」
「プラルタさんはやればできる子なのにもったいないですわ」
『皆さん、なんでわたしに努力させようとするんですか?!』
シフトたちは説得しようとするがプラルタは頑なに拒否し続ける。
「プラルタさん、エルドさんに『頑張ってポンコツでないところを見せてあげます』って言ったじゃないですか?」
『またその手ですか? それには乗りませんよ!』
「ちゃんとした人化できればこんな美味しいものも食べられる」
ベルはマジックバックからクレープを取り出す。
マジックバック内の時間がほとんど進んでいないため、クレープは出来立てほやほやで甘い匂いが充満する。
『うわあああああぁ・・・良い匂い・・・』
プラルタがベルのほうに顔を近づけようとするよりも早くベルはクレープを口に入れて感想を述べる。
「甘くて美味しい」
『わたしにも一口ください』
「ダメ。 今のプラルタの口だと一口で全部食べちゃうから。 どうしてもというなら人化する」
『そんなぁ・・・』
ベルのダメ出しにプラルタは凹んでいじける。
それを見たシフトは良い案が浮かび、懐から金貨1枚を取り出してプラルタに提案した。
「プラルタさん、それならこうしようか。 もし、長時間安定して人化することに成功したら金貨1枚分のスイーツを食べさせてあげるよ」
『うーん・・・シフトさん、質問ですけど金貨1枚だとベルさんが今食べているものがどのくらい食べられるのですか?』
「えっと・・・ベル、金貨1枚だとそれどれくらい買えるんだ?」
「これ1つで銅貨10枚だから1000個は食べられる」
それを聞いたプラルタのやる気にスイッチが入った。
『1000個?! シフトさん、皆さん、人化できるように頑張りますっ!!』
プラルタも雌ドラゴン、甘味には弱いのだ。
それからプラルタは人化の練習に励むことになった。
しかし、この時のプラルタはまだ知らない。
これが如何に過酷で茨な道であるかを。
そして、約束が果たされるのがそれから数十年後であることを・・・