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355.希望を捨てないで

わたくしはグラント国王陛下に用意していただいた部屋で自問自答をしています。

果たして伝説の蘇生薬エリクサーを作れるのかを。

まずは材料である霊薬(ソーマ)、世界樹の根、ドラゴンの心臓、賢者の石が必要です。

そのうち霊薬(ソーマ)、世界樹の根、ドラゴンの心臓はすでに揃っていますが、最後の賢者の石だけはまだ入手していません。

この世界のどこかにあるのであれば、それを入手していずれエリクサーを作ればいい、そう考えていました。

ですが、事態は急変します。

ベルさんのお姉さんであるリーン名誉伯爵が身罷りました。

その時のベルさんの心境は傍から見ていて辛いものがありました。

わたくしもそれを伝えたときはとても苦しかったです。

どんな生者でも時が経てばいつかは生涯の幕を閉じる。

それは平穏無事に天寿を全うするのか、生きていくのに辛くて自害するのか、不意に起きた事故で亡くなるのか、他者から殺されるのかは人によりそれぞれ異なるでしょう。

リーン名誉伯爵は一般人を庇って倒れたと聞きます。

寿命で亡くなったのならともかくそうでないならベルさんがあまりにも可哀想ですわ。

ただ、ベルさんの心が壊れるかもしれないとエリクサーの情報を出したのは良策なのか愚策なのか今でもわかりません。

少なくともベルさんの心が壊れずに前向きになったところを見ると愚策ではないのはたしかです。

リーン名誉伯爵が亡くなって5日、ベルさんのほうは進展はなし。

この世界に魂が現世に留まれるのは49日と聖教会で教わりました。

実際のところはわかりませんが、もし事実なら残りは44日しかありません。

「ベルさん、大丈夫かしら・・・」

日に日に弱っていくベルさんを見て何もできない自分を歯痒く感じます。

コンコンコン・・・

不意に扉を叩く音が聞こえます。

「はい、どちら様ですか?」

『ユール嬢、余だ』

「国王陛下? 少々お待ちください」

突然の珍客にわたくしは慌てて部屋を片付けます。

わたくしは部屋が散らかっていないことを確認すると扉を開けました。

するとそこにはグラント国王陛下だけでなくマーリィア王女殿下も一緒です。

「お待たせしました、グラント国王陛下。 それにマーリィア王女殿下」

わたくしはローブの裾を軽く持ち上げカーテシーをした。

「ユール嬢、そんなに畏まらなくてもよい。 今日は個人的な話をしに来訪しただけなのだから」

「・・・」

国王陛下はいつものように気さくに話しますが王女殿下はだんまりです。

「わかりました。 立ち話もなんですので御2方ともどうぞ中にお入りください」

「お邪魔するぞ」

「・・・」

国王陛下と王女殿下に椅子を勧めるとそれぞれ席に着きました。

わたくしは人数分のお茶を用意して配膳したあとに空いている椅子に座ります。

「それで国王陛下、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「うむ・・・実は先日ユール嬢が話した伝説の蘇生薬エリクサーについて少し聞きたかったのだ」

「エリクサーですか?」

「ユールさん、本当にエリクサーというのは実在するのですか?」

それまでだんまりだった王女殿下が突然質問してきました。

「・・・はっきり申し上げますとわかりません。 ただ、ご主人様とエルフの女長老が懇意になりまして、その時に偶々エリクサーの文献を拝読いたしました」

「そうですか・・・」

「ユール嬢はエリクサーを作れると思うか?」

王女殿下が落胆すると今度は国王陛下が質問してきます。

「・・・隠しても仕方ありませんわね。 正直に話しますと今のわたくしの【薬学】のレベルでは無理ですわ。 人知を超えているならあるいは作れるでしょうが・・・」

「・・・」

予想していたのかわたくしの回答を聞いて国王陛下は沈黙します。

「ベルが・・・日に日に弱っていってます。 いつものようなツンツンせずにただひたすらにリーン名誉伯爵を助けようとして・・・」

王女殿下はベルさんが衰弱していく姿を見て辛そうに独白します。

「このままだとベルが・・・ベルが死んじゃう! そんなのやだ! せっかく少しずつ仲良くなってきたのに!!」

「マーリィア王女殿下・・・」

きっと王女殿下は励ますために何度かベルさんに声をかけたのでしょう。

ですが、今のベルさんはリーン名誉伯爵を助けるために自分を犠牲にしてでも賢者の石を求めています。

それが悪循環になりベルさんも王女殿下も闇に飲み込まれていく感じです。

「どうして・・・どうしてベルにあるかもわからない賢者の石を! エリクサーを教えたんですか! 中途半端な希望は人をダメにするんです!! それを・・・」

「マーリィア! 止さぬか!!」

「お父様・・・」

「辛いのはユール嬢も同じなのだ! あのままではベル嬢の心が先に壊れてしまっていた!!」

「ぅ・・・ぁ・・・ぅあああああぁーーーーーっ!! あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」

王女殿下はその場で人目も憚らず涙を流した。

国王陛下は王女殿下に寄り添い悲しみを受け止めています。

「すまないな、ユール嬢」

「いえ、これもわたくしの不徳の致すところです」

わたくしは国王陛下と王女殿下に改めて謝罪します。

それからしばらくの間王女殿下の慟哭が部屋を支配しました。

泣いて気持ちが落ち着いたのか王女殿下は項垂れています。

「マーリィア王女殿下、改めて謝罪を。 わたくしの考えが至らぬばかりに殿下を悲しませてしまい誠に申し訳ございません。 なんなりと処罰をお申し付けください」

たとえ非公式だとはいえ王族に無礼を働いたことに変わりはないのですから。

「ユール嬢、そこまでは求めてはいない。 それに悪役に徹することもなかろう」

「グラント国王陛下・・・」

「もし、悪いというのであればそれは余だ。 リーン名誉伯爵に王都を防衛してもらうために残存を命じたのだからな」

非公式の場だからこそ国王陛下は自らの非を認めて、わたくしに頭を下げてきたのです。

「ユール嬢、このような場でしか謝罪できない愚王を許してほしい」

「国王陛下、顔をお上げください。 陛下は当然の采配を取っただけですわ。 こういっては故人に失礼ですがすべてはリーン名誉伯爵の・・・」

「ユール嬢、それ以上は申してはならぬ。 リーン名誉伯爵の名誉に泥を塗ることだけはしてはならぬのだ」

「・・・失礼いたしました」

わたくしは国王陛下と王女殿下に頭を下げて謝罪しました。

「ユール嬢、すまないな暗い話をしてしまって。 そろそろ退室しよう」

国王陛下はそれだけいうと王女殿下に席を立つように促す。

「ユール嬢、それでは・・・」

「グラント国王陛下、マーリィア王女殿下、一言だけお伝えしたいことがあります」

「ユール嬢、どうした?」

「?」

「わたくしが言えた義理ではありませんが希望だけは捨てないでくださいまし。 わたくしはまだ何一つとして諦めておりませんわ。 必ずベルさんは賢者の石を完成させてくれるとわたくしは信じておりますから。 そして、必ずエリクサーを完成させてリーン名誉伯爵を救って(生き返らせて)見せますわ」

わたくしの言葉を聞いた国王陛下が大きく頷きます。

「ふっ、そうだな。 簡単に諦めるものではないな」

「そうですわね。 私もベルを・・・それとあなたを信じます」

「グラント国王陛下、マーリィア王女殿下、ありがとうございます」

国王陛下と王女殿下は部屋を退室しました。

1人残されたわたくしは席に着くと先ほど自分が口にした言葉を反芻します。

「希望だけは捨てずに信じて・・・か。 そうですわね・・・まだ何もかも終わっていませんわ」

わたくしは自分に鼓舞するとできる限りのことはやろうと改めて誓いました。


太陽も西の地平線に沈み、星空が見える頃のことです。

タッタッタッタッタッタッタッ・・・

誰かが王城の廊下を走っています。

それはとても力強さを感じる走り方です。

しばらくすると走る音がわたくしの部屋の近くで止まりました。

わたくしが何かしらと扉のほうを見るのと同時に部屋の扉が開きます。

バアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!

扉の前に立つ人物、それはベルさんでした。

手には光る何かを持っています。

「ユール! できた! 賢者の石ができた!!」

「本当ですの?!」

「うん! これ!!」

ベルさんは部屋に入るとわたくしのところまでやってきて、持っていた七色に光る魔力結晶をわたくしに見せました。

「これが賢者の石? でもどうやって・・・」

「ご主人様のおかげ! だけど一番はユールがベルを励ましてくれたから!!」

「ベルさん・・・」

ベルさんの思いがわたくしの心に響いてきます。

「約束通りベルが賢者の石を作った!」

「ふ、ふふふふふ・・・そうですわね。 それならわたくしも約束を違わぬように守らねばなりませんわね」

ベルさんが約束を守ったのですから今度はわたくしが守る番ですわ。

絶対に作って見せますわ! 伝説の蘇生薬エリクサー!!


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