354.賢者の石
リーンの死から5日が経った。
王都スターリインを襲った『この手に自由を』と魔族はすべて討伐が完了する。
生き残った『この手に自由を』の構成員もすべて捕縛されて今は牢屋の中だ。
グラントは被害を受けた王都内の対処に忙しい。
ギルバートは王都内の犯罪取り締まりと『この手に自由を』の残党がいないか警邏に駆り出されている。
シフトたちはというと今も王城を間借りしていた。
理由は1つ、ベルの姉であるリーンを助けることだ。
グラントの好意で王城の一室をベルに借してもらっている。
あれからベルは賢者の石を生成するべく何度も挑戦しているが一向に成功する兆しが見えない。
一朝一夕では賢者の石を生成はできないのだろう。
ユールは【薬学】について可能な限りレベル上げに専念している。
ベルと同じでリーンを助けたい一心で作業に没頭していた。
ルマは王都内の復興に力を貸している。
昼はデューゼレルのときと同じく王都の外で【木魔法】で大量の木を育てていた。
成長した木は加工されて木材として王都の至る所で使われている。
夜は【金属魔法】で必要な鉱石を生み出していた。
必要に応じて鉄・鋼を提供している。
ローザはギルバートの新しい剣や今後の王都襲撃に備えて武器作りに没頭している。
ギルバートほどの戦力を失うわけにはいかないとシフトが龍鱗の材料まで提供して作らせた。
出来上がった剣をギルバートに渡すと本人は驚いていたが、龍鱗の剣に誓って今度こそ遅れをとらないと宣言する。
ほかに騎士や魔法士の武器もルマが生み出した鉄や鋼を素材に武器を作って提供していく。
フェイはギルバートの補佐として一緒に王都内の犯罪取り締まりに協力する。
このところ立て続けに起きている襲撃で犯罪率が上昇したこともあり、王都は一時危険な状態であったがフェイとギルバートのおかげで治安はそこまで悪くなることはなかった。
そして、シフトはというと現在南の断崖下にいる。
そこでリーンの遺体の腐敗を防ぐため時間を止めていた。
ただ、魔力消費が激しいのでプラルタの助力を得てなんとかリーンの肉体が腐敗をしないように保っている。
本当はそんなことをしなくてもシフトの【空間収納】の空間内にしまっておけば同じなのだが、ベルの姉であるリーンを物みたいに扱いたくない。
「プラルタさんがいてくれて本当に助かった。 ありがとう」
『いえいえ、いいんですよ。 その女性を助けるためなんですよね? わたしも協力させてください』
正直、プラルタがいてくれて本当に助かった。
プラルタの【魔力自動回復魔法】がなければ今頃リーンの身体は腐敗していた。
最悪ルマの【氷魔法】でリーンを氷漬けにして閉じ込めるしかなかっただろう。
もし、リーンに何かあればベルは精神的なショックから立ち直れず、ユールは自分の力不足を許せなかったに違いない。
『それにしても時間を止めるとかすごいですね』
「偶然だよ。 こんな力があるなんて僕にも想像できなかったからね」
シフトはあのあと1人落ち着いたところで新たに手に入れた【時間】について[鑑定石]で確認した。
時間の概念をずらす
獲得条件:自分自身を乗り越えること
効果 :【時間操作】(対象:個別または全て)、【未知経験】(対象:生物)
[鑑定石]で【時間操作】と【未知経験】も確認する。
【時間操作】は対象の時間を加速・減速・停止する。
クロイスが使っていた能力はこれだったのか。
対象を個別か全てかを決められるのはありがたい。
【未知経験】は対象の過去・現在・未来の時間に行った体験・経験を得る。
これだけ見ると過去に忘れた記憶やこれから未来に起こる出来事がわかる感じだな。
クロイスがルマにしたことを思い出すと許せないが、この能力のおかげでリーンの遺体の腐敗を防げるので感謝ではある。
では魂のほうはというと聖教会の教皇がわざわざ調べてくれたところ、ベルを見守るように魂が寄り添っているらしい。
いわば守護霊みたいな存在である。
死んでもベルを守りたいという気持ちはすごいことだ。
ただ、時間が経過すると魂が希薄になり消滅するらしい。
聖教会の教えでは49日は現世に留まり、それ以降は天上の世界で魂を清めたのちに再び現世へと舞い戻ってくるとか。
ほかの宗教でも49日は現世に留まり、それ以降は宗教ごとにそのあり方が異なるそうだ。
本当のところはわからないが、これが事実なら残された時間は限られている。
リーンの死からすでに5日も経っているので残りは44日、それを過ぎるとリーンの魂がこの世界から消滅するおそれがあるからだ。
それを聞いたベルが明らかに焦っていた。
(ベル・・・無理をしなければいいのだが・・・)
「ご主人様・・・」
声が聞こえたので振り向くとベルがいた。
頬に薄っすらと涙を流したあとが見える。
「ベル」
「ご主人様・・・ベルはどうすればいいの?」
ベルは賢者の石を作らなければならないというプレッシャーから精神的に追い詰められていた。
「このままじゃリーンお姉さまを助けられない・・・ご主人様・・・助けて・・・助けてよ・・・」
「ベル・・・」
ベルはシフトの懐に飛び込むと目から涙を流していた。
(どうすればベルを助けることができる?)
悩んでいるとシフトはある能力を思い出す。
(あ! もしかするとこれを使えば・・・)
シフトはベルを引き剥がすと口にする。
「ベル! これから僕の新たに手に入れた能力【未知経験】をベルに使う」
「【未知経験】?」
「ああ、これは過去・現在・未来の時間に行った体験・経験を得る能力だ。 これで未来で経験したことを今のベルが知り経験を得るんだ」
「そんなことできるの?」
「わからない。 だけど試す価値はある」
シフト自身【未知経験】は未知数の能力だ。
もしかすると未来の経験を見るだけであり、得られないのかもしれない。
これは一種の賭けである。
ベルは迷った挙句頷いた。
「ご主人様、ベルにその【未知経験】を使って」
「わかった。 プラルタさん、【魔力自動回復魔法】で常に僕の魔力の回復をお願いします」
『任せなさい!』
その自信はどこからくるのかわからないが今は頼もしい。
「それじゃ、始めるよ」
ベルの額に手を触れるとシフトは【未知経験】を発動する。
するとベルの頭の中には未来で経験するであろう膨大な情報が一気に押し寄せてきた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
あまりの膨大な情報に頭がパンクしそうになるベル。
「ベル!!」
シフトは能力を解除しようとするとベルが叫ぶ。
「やめないで!! ベルは大丈夫だから!!」
それからベルは苦しみ続けた。
脳を破壊されるのではないかというほどの情報量に抗い続ける。
どこが終着点かもわからない。
もしかしたら終わりなどないのではないかと思うほどだ。
能力を発動してから約3時間が経過した。
ベルが不意に痛みから解放される。
「ベル?」
シフトは不安になりベルの名を呼ぶ。
「わかる・・・ベルの能力が向上されたことが・・・」
シフトは能力を解除する。
「ベル、大丈夫か?」
「うん、これが未来のベルが経験したこと・・・」
シフトは[鑑定石]でベルの所有している能力を見た。
「なっ?!」
そこに表示されていた能力にシフトは驚いた。
名前 :ベル
スキル:★【鑑定】 レベル6:超越
A【錬金術】 レベル5:究極
C【錬成術】 レベル3:上級
A【料理】 レベル5:究極
【錬金術】も【錬成術】も【料理】もすべて最高まで上がっている。
特筆するべきところは【鑑定】だ。
ベルは人類の壁であるレベル5:究極を超えたことによりレベル6:超越へと昇華した。
落ち着いたのかベルは改めて賢者の石について書かれた紙を見る。
「これではダメ。 まだ足りない」
「ベル、何が足りないんだ?」
「【錬金術】のレベルが足りない。 せめてあと一段階上なら・・・」
そこで不意に影が差す。
上空を見上げるとそこには1匹の巨大なドラゴンが飛んでいた。
シフトとベルが警戒をしているとドラゴンは地上へと降りてくる。
『シフト殿、久しいな』
ドラゴンの正体はエルドだった。
「エルドさん。 どうしてここに?」
『シフト殿たちがドラゴンの国を去ったあと、しばらくしてから不思議な夢を見てな』
「不思議な夢?」
『内容はシフト殿に助力しろというのだが、その夢がすごくリアルだったのでな・・・すぐに西に向けて出発したのだ』
「そうだったんですか・・・」
そこでシフトはエルドの能力を思い出す。
「エルドさん! エルドさんの能力ってたしか『一時的にスキルのレベルを一段階超える』でしたよね?」
『ああ、そうだが・・・』
「お願いがあります。 ベルの【錬金術】のレベルを一時的に上げてください」
エルドはベルを見る。
『そこの娘の能力を上げろと? お安い御用だ』
それだけいうとエルドは能力を発動してベルの【錬金術】のレベルを一時的にレベル5:究極からレベル6:超越へと昇華した。
「ベル、どうだ?」
シフトの問いかけにベルはすぐに賢者の石について書かれた紙を見る。
「今ならわかる! この紙に書かれている真の意味を!」
ベルは草が生えていないところまで行くとマジックバックから魔力結晶を取り出し、その場に置いて地面に魔法陣を書き始めた。
それはとても細かく美しくもっとも魔力効率が良い術式だ。
すべての魔法陣を書き終え、最後にそれぞれの精霊の指輪である宝玉を四方に置くと術式に反応して宝玉から中央の魔力結晶に力が流れていく。
魔力結晶に精霊の力が徐々に注ぎ込められていくが、あまりにも時間がかかりすぎる。
『ふむ、見事な術式だ。 これならあと100年後には賢者の石が完成するだろう』
「100年後?!」
さすがのシフトたちも100年後までは待てない。
シフトは試しに【時間操作】を発動してベルの描いた魔法陣全体の時間を最高加速にしてみた。
するとすごい勢いで魔法陣の中心に精霊の力が流れていく。
魔法陣自体にも問題ない。
『おお、急に精霊の力が魔力結晶に集約していくぞ』
魔力結晶は紅色の中に徐々に別の色が足されていく。
4時間後、宝玉からの流れが終わり魔力結晶は紅色から虹色に輝いていた。
ベルが【鑑定】を発動して確認する。
「・・・できた・・・ご主人様、できた!!」
「ベル、よくやった」
ベルは歓喜の声を上げる。
それを聞いてシフトは能力を解除した。
ベルは精霊の指輪を回収すると魔法陣の中央にある魔力結晶・・・賢者の石を手に取る。
『ふむ、過去に1度見たものと同じだな』
「エルドさんは賢者の石を見たことがあるのですね」
『我が小さい頃にな。 あの時は小さき精霊たちが集まって力を合わせて作っていたな』
「なるほど、本来は精霊たちが力を合わせて作ったのが賢者の石なのか・・・」
文献を書いた者は精霊たちが賢者の石を作ったところを目撃してそれを紙に残したのだろう。
「ご主人様、これで1歩近づいた」
「ああ、あとはユールにエリクサーを作ってもらうだけだ」
「うん!!」
ベルは賢者の石を持ってユールに報告しに向かった。
シフトはエルドとプラルタに向き直ると礼を言う。
「エルドさん、プラルタさん、ありがとうございます」
『礼を言われるほどでもない。 それにしてもエリクサーか・・・なるほど、きっとあの夢は神が我に見せたのだろう』
エルドは自分の中にあった疑問が解決してすっきりした顔をしている。
『乗り掛かった舟だ、最後まで付き合おう』
『わたしも頑張りますよ』
「リーンさん、もう少しの辛抱ですよ」
賢者の石は完成した。
あとはユールがエリクサーを作るだけだ。