353.リーンの死
ご主人様と魔族が目の前で戦っている。
「おいオレンジ髪、俺に奥の手を出させたことを後悔するんだな」
魔族が恰好つけた次の瞬間魔族は地面に倒れていた。
何が起きたのかわからなかったけど、とにかくご主人様が倒したのは間違いない。
「きゃっ!!」
突然ルマが顔を赤らめて悲鳴を上げる。
「ルマ? どうしたの?」
「な、なんでもないわ・・・」
ベルが聞くとルマはなぜか身体をそわそわさせていた。
「?」
そこにご主人様がルマのところにやってきた。
「ご主人様、魔族は・・・」
ルマが言い終わる前にご主人様はルマを抱きしめる。
「えっ? あっ? ちょっ? ご、ご主人様っ?!」
「「「「あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」」」」
ルマ、ずるい。
ベルもご主人様に抱かれたい。
それはローザもフェイもユールも同じ考えなのだろう。
「ルマ、ごめん。 大丈夫だった?」
「えっと・・・何があったのかわからないので何とも言えないのですが・・・」
「実は・・・」
そこでご主人様はルマにしか聞こえないほどの小さな声で何やら伝えている。
すべてを聞き終えたルマが、やはりご主人様にしか聞こえないほどの小さな声で何やら伝えてから胸の中に顔を埋めた。
「もう! ルマちゃんばっかりずるい!!」
フェイの抗議にベルも同意する。
「みんな、ごめん。 今回ばかりは僕の我儘だからもう少しこのままでいさせて」
「う、そういわれると言い返せない」
ルマ、ずるい。
だけどご主人様の意思なら仕方がない。
そのあとしばらくの間、ご主人様とルマは抱きあっていた。
ご主人様がルマから離れる。
ルマはちょっと・・・いやかなり寂しそうな表情をした。
「みんな、ご苦労。 王都内に戻って残りの『この手に自由を』を掃討しよう」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
ご主人様はベルたちを連れて王都内に戻る。
王都に攻め込んできた『この手に自由を』はすでに捕まったか死んでいた。
事後処理は騎士たちや魔法士たちだけで十分対応できている。
そこに血を流し傷だらけのギルバートが現れた。
「や、やぁ・・・シフト君たち・・・無事だったかい?」
「大変ですわ! 今すぐ治しますわ!」
あまりの傷だらけの姿にユールが慌てて駆け寄り【治癒術】を発動してギルバートの傷を治していく。
「ありがとう、ユール君。 すまないね」
「大丈夫ですわ。 これがわたくしの本分ですから」
傷が癒えるとギルバートはご主人様に声をかける。
「シフト君、あの少女たちはどこに消えた?」
「あの少女たち?」
「ん? 遭遇していないのか? 恐ろしく強い少女たちだ・・・」
ギルバートは自分の剣を見ると刃毀れが酷い。
ご主人様も認めるほどの実力者でもこれほどの大怪我を与える少女たちとはどんな娘たちだろう。
ローザとフェイが真剣な表情をする。
「ローザちゃん、きっとあいつらだよ」
「ああ、ヴォーガスとアーガスだな」
「ヴォーガス? アーガス? たしか『勇者』ライサンダーの仲間で『鉄壁』ヴォーガスと『剣聖』アーガスだよね? だけど僕が知っているのはたしか男だったはず」
「ああ、それなんだけどね・・・」
ローザとフェイがギルバートに説明する。
聞き終えたギルバートは難しい顔をしていた。
「そういうことか・・・」
「失礼ですがギルドマスターはどうやって助かったんですか?」
「情けない話だが、僕の場合は敵が突然目の前からいなくなったから助かったんだ」
ギルバートはやりきれない表情で答えた。
「とりあえず国王陛下に報告しに戻ろう」
ベルたちは報告しに王城へと戻る。
謁見の間では国王が難しい顔をして玉座に座っていた。
いつもはどちらかというと楽しそうな顔をしているのに今は痛みを伴う顔をしている。
多分、突然の襲撃で多くの死傷者が出たことに心を痛めているのだろう。
「国王陛下、魔族のほうは無事に全員を倒すことができた」
「陛下、『この手に自由を』についてですが、捕縛および討伐が完了しております。 また、謎の少女たちが現れ多くの死傷者が出ております」
ご主人様とギルバートが国王へ報告する。
「・・・そうか、ご苦労だったな」
「はっ!!」
「シフト・・・それにベル嬢」
ご主人様だけでなくベルにも声をかけてくる。
「国王陛下、どうした?」
「余についてきてくないか」
それだけいうと国王は席を立ち謁見の間の入口のほうへと歩き出した。
「陛下、私たちもついていっても?」
「許す」
ギルバートの発言に国王は許可を出す。
ベルたちは国王のあとについて歩いていった。
案内されたのは王城の一室、部屋に入るとそこには1人の女性が横になっていた。
ベルはご主人様たちと一緒に部屋に入りその女性を見る。
目の前には目を閉じて横になっているリーンお姉さまがいた。
生気を失っている顔、胸の上で手を組んでいる。
「・・・」
「リーン名誉伯爵は最後まで立派に戦ったそうだ」
話を聞くとリーンお姉さまは王都内で暴れていた少女と戦っているときに、逃げ遅れた一般人を庇って倒れたそうだ。
「嘘・・・」
「・・・」
ベルの言葉を聞いてもリーンお姉さまは目を覚まさない。
いつもならベルを見てすぐ抱き着いてくるのに。
「ただ眠っているだけ・・・」
「・・・」
ベルはリーンお姉さまを揺さぶった。
だけど起きる気配がない。
「いつもの悪ふざけ・・・」
「・・・」
ベルは何度も何度もリーンお姉さまを揺さぶった。
リーンお姉さまはただ揺さぶられるだけで起きて元気良く声をかける気配がない。
ベルは振り返りユールを見る。
「ユール、眠っているだけ・・・眠っているだけだよね?」
ベルはユールに問いかける。
迷った挙句ユールはリーンお姉さまに近寄り顔や心臓に触れた。
数瞬してユールは沈痛な顔をする。
何度か深呼吸するとベルに向き直り口を開いた。
「ベルさん・・・落ち着いて聞いてください」
ユールの次の言葉をベルの本能は聞くなと訴えている。
「ベルさんの姉であるリーン名誉伯爵は・・・身罷りました」
「え?」
何を言われたのかわからない。
リーンお姉さまが・・・身罷る? どういうこと? ユールの言葉を聞いて足元が急になくなって奈落の底に落ちていく気分だ。
我に返ったベルが尚も聞こうとするが、ユールの唇の端から血が流れていた。
話したときにではなく、おそらく自ら唇を噛んだのだろう。
ユールがその言葉を伝えるのにどれだけ勇気が必要だったのか唇から流れている血が証明している。
ベルがユールの言葉を受け入れたとき、気が付くといつの間にか頬に何かが流れていた。
それはベルの目から流れた涙だ。
「お姉さま・・・リーンお姉さまっ!!」
「ベルさん・・・」
ユールはとても見てられないと顔を背けた。
「いやあああああぁーーーーーっ!! やだあああああぁーーーーーっ!! お姉さまっ! 目を開けてっ! リーンお姉さまあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
「・・・」
ベルは感情を止められなかった。
何度も何度もリーンお姉さまの名を叫んだ。
でも返ってくるのは静寂だけだった。
ご主人様もユールもルマもローザもフェイも誰もベルを止めてくれない。
ベルは【治癒術】が使えるユールに縋った。
「ユール・・・お願い・・・リーンお姉さまを治して・・・」
「・・・」
「お願い・・・ユール・・・お願い・・・お願い・・・」
「ベルさん・・・わたくしの【治癒術】は生者にしか効きません。 わたくしの力では死者を・・・リーン名誉伯爵を救うことはできません」
ユールの残酷な言葉がベルの心を何度も抉る。
心が壊れそうになる前にユールが口を開く。
「ベルさん、諦めないでくださいまし。 たしかにわたくしの【治癒術】では無理です。 ですが、1つだけ方法があります」
「え?」
ユールの言葉にベルだけではなくご主人様やルマたち、それに一緒にいる国王とギルバートも驚いている。
リーンお姉さまを蘇生する方法があることに。
ご主人様が代表してユールに質問する。
「ユール、そんな方法が本当にあるのか?」
「ありますわ。 それは伝説の蘇生薬エリクサーですわ」
ユールは力強く頷くとマジックバックから2枚の紙を取り出した。
ご主人様がユールから紙を受け取ると目を通す。
「これは・・・そうか・・・ユールはこれを作るために霊薬や魔力結晶などの材料を欲していたんだね」
「その通りですわ。 本来ならわたくしたちに何かあった時のための『保険』として作りたかったのですが・・・」
ご主人様はベルに2枚の紙を渡した。
1枚はベルが見たことがある賢者の石の作り方が書かれた紙。
そして、もう1枚は伝説の蘇生薬エリクサーの作り方が書かれた紙だ。
賢者の石は錬金術で魔力結晶、火炎宝玉、水流宝玉、暴風宝玉、大地宝玉から作ることができる。
とはいえ、今はベルの【錬金術】のレベルが足りないから作ることはできない。
伝説の蘇生薬エリクサーは霊薬、世界樹の根、ドラゴンの心臓、賢者の石から作ることができると書かれていた。
材料を見てベルは驚愕する。
───賢者の石
伝説の蘇生薬であるエリクサーを作るのに賢者の石が必要なの?!
ベルは絶望に突き落とされる気分になった。
エリクサーを作るのに賢者の石が必要で、賢者の石を作るにはベルの【錬金術】のレベルが足りないことを。
ベルの表情を見てユールが話す。
「ベルさん、気持ちはわかりますわ。 ですが、リーン名誉伯爵を助けるにはこれしか方法がありませんわ」
「・・・」
「ベルさんが賢者の石を作ってくださるなら、わたくしは自分の命を懸けてでも必ずエリクサーを作ってみせますわ」
「ユール・・・」
今までにないユールの真剣な表情にベルも覚悟を決める。
「わかった。 ベルが必ず賢者の石を作ってみせる」
「なら、わたくしは必ずエリクサーを作ってリーン名誉伯爵を救ってみせますわ」
ベルとユールはお互いに覚悟を決めて頷きあった。