352.覚醒 〔無双劇72〕〔※残酷描写有り〕
シフトは最後の魔族を探すべくルマたちとともに移動していた。
まずは王都の北門へと行ってみると門の外から離れたところに1人のフードを被った者が立っている。
シフトの視線に気付いたのかフードを自ら脱ぐ。
その素顔は青白い顔をした魔族だ。
シフトはルマたちに目配せして慎重に魔族のほうへと歩いていく。
「よう、獣王国だっけ? あの時は世話になったな」
「そうか・・・お前が獣王国で会った魔族か」
「クロイスだ。 よくここまで辿り着いたな」
「レザクを始め、キウン、メタム、スパッジャ、グラッビィという魔族は全員倒したぞ」
「あいつらは戦い方によっては俺でも梃子摺るのによく倒したものだ」
シフトがレザクたちを倒したことにクロイスは別段驚かない。
まるで最初からこのことを予想していたみたいな口ぶりだ。
「あとはもうお前だけだ。 悪いことは言わない、大人しく魔族の国に帰れ」
「俺が『はい』というように見えるか?」
「残念ながら見えないな」
「なんだ、わかっているじゃないか。 なら・・・始めようか」
クロイスが戦闘態勢に入る。
「ご主人様、私たちも加勢します」
「いや、あいつの能力は謎が多すぎる。 最初は僕1人で戦うよ。 みんなは警戒だけはしておいてくれ」
「「「「「畏まりました、ご主人様」」」」」
それだけいうとシフトも戦闘態勢をとる。
「おうおう、可愛い奴らが5人もいるのかよ。 羨ましいな」
「お前にはあげないよ」
「なら無理矢理奪うまでさ。 今までの女たちみたいにな」
クロイスはルマたちを見て舌なめずりをする。
シフトはクロイスに攻撃を仕掛けるべく突進した。
クロイスの能力は不明だが、このまま手を拱いているのは愚策と判断したからだ。
「まずは前回のおさらいだ。 ついてこれるかな?」
シフトがクロイスに近づいたとき、自分の動きが遅くなっていることに気付く。
おそらくクロイスが何かの魔法を使ったのだろう。
クロイスはシフトの背後に移動して背中に拳を叩き込もうとする。
だが、シフトもすぐに身体を回転させてクロイスからの不意打ちに備えた。
クロイスは無理に攻撃せずに距離をとる。
「ふぅ、危ない危ない・・・前回と同じだとすぐやられちまいそうだな。 なら、これでどうかな?」
それだけいうとクロイスはシフトの目の前から消える。
左を見るとクロイスがいつの間にか持っていたナイフでシフトの脇腹を刺そうとしていた。
シフトは全速力でクロイスの手を払い除ける。
ナイフが遥か後方へと飛んでいく。
クロイスはすぐにその場を離れた。
「おいおいマジかよ。 今の状態ですら追いつくのかよ。 規格外すぎるだろ」
「・・・予想以上に危険な能力だな」
シフトはクロイスの正体不明の謎の能力について最大限に警戒し、クロイスはシフトの人間離れした速度に驚愕している。
「やれやれ・・・どうやら奥の手を出すしかないようだな」
「奥の手?」
「おいオレンジ髪、俺に奥の手を出させたことを後悔するんだな」
シフトは何かしてくると身構えると突然クロイスから灰色の空間が世界に広がっていく。
それは見える範囲がすべてがモノトーンな景色へと変わっている。
(なんだ?! 一体何が起きているんだ?!)
シフトは身体を動かそうとすると目も口も指も動かすことができない。
それどころか声すら出すことができない。
ほかにも外部の些細な音すら聞こえてこない。
上空の太陽から伝わる熱も感じない。
何もかもその場面を切り取られた空間にいるみたいだ。
シフトは目の前のクロイスがいる風景は見えている。
ただ、その風景は明らかにおかしい。
足元の草は風が靡いた状態で固まっていた。
草だけではない、上空で翼を広げて飛んでいる鳥もその状態で固定されている。
空中を舞っている葉も同じだ。
先ほどまでシフトの身体を通り抜けていた風も感じなくなった。
シフトはほかにも情報を得ようと目を動かそうとするがそれすらできない。
そんな中、クロイスだけは動いている。
クロイスはシフトのところまで来ると勝ち誇ったように声をかけてきた。
「これが俺の【時魔法】だ。 といっても俺以外の時間が止まっているからいくら声をかけてもお前には聞こえないんだがな。 はっはっは・・・」
クロイスの能力、それは時間を自由自在に操る【時魔法】だ。
シフトが遅く感じたのもクロイスが早く感じたのも、シフトの時間を最大限遅延させると同時にクロイス自身の時間を最大限加速させたからにほかならない。
そこまでしてもシフトの非常識な身体能力により対応されたが。
時間加速と時間減速の2つの切り札を切っても勝てないと判断したクロイスが使った奥の手こそが時間停止である。
これは読んで字の如くこの世界の時間軸を停止させたのだ。
メリットは時間停止中に動けるのは能力を使った使用者のみ。
デメリットは魔力消費量がバカにならないほど消費するので止めていられる時間に限りがあること。
この状態でマナポーションなどの効果は発生しないことだ。
想像を遥かに超える危険な能力にシフトは何もできない。
自分の能力をひけらかしたクロイスはシフトの顔面に拳を入れる。
ガンッ!!
シフトは時の止まった世界でクロイスの攻撃を防ぐことすらできずに受け入れるしかない。
クロイスの拳は真面にシフトの顔面に入ったが痛みは全く感じなかった。
「お前みたいなガキに俺の奥の手を使わざるを得ないとはな。 歯痒い気持ちだよ」
もう1発拳を入れようとしてクロイスは止めた。
「くっくっく・・・良いことを思いついたぜ」
クロイスはシフトの身体をルマたちを真正面に見えるように動かした。
(なんだ? 何をするつもりだ?)
シフトは意識はあるのに未だに身体を動かせない。
クロイスはルマたちのほうへと歩いていく。
嫌な予感がしたシフト。
その予感は最悪な形で的中する。
「ほう・・・こいつはなかなかいい体をしているじゃないか」
クロイスはルマのうしろに回り込むと、シフトに見せつけるように背後からルマの胸を触ったのだ。
(なっ?! ルマに何しているんだてめぇっ!!)
シフトは叫びたいのに叫べない。
クロイスが思いついた良いこと、それはシフトの目の前でルマたちを犯すことだ。
ルマは自分の胸が触られていても何も反応しない。
時の止まった世界では叫ぶことも拒絶することもできない。
否、クロイスにいいように触られていることすら認識できていないのだ。
クロイスは下卑た笑みを浮かべるとその手は今度は下腹部へと移動する。
(まさかっ! やめろぉっ!!)
クロイスはルマの下腹部に触れる。
「これが時間を止めてなければな・・・止めているときは何も感じないのが不満だよな」
そう言いつつも触れるのを止めない。
「ま、いくら触れても時間が停止しているとな・・・」
クロイスはルマに触れて一通り満足すると次の行動に出る。
(ルマ!)
ミルバークで出会ってからいつもシフトについてきた女の子。
最初はただ自分の復讐のためだけに道具として、有能な能力かどうかだけしか目がいっていなかった。
結婚しようという言葉もルマたちを縛る鎖のつもりで発言しただけだ。
だが、ゴブリンキングを倒した時のことがシフトの感情を大きく変化させた。
『もしご主人様が死んだら・・・死んだら私はどうやって生きていけばいいんですか!!!』
あの時の言葉がシフトの心に深く突き刺さった。
それからルマたちのことを道具としてではなく1人1人女性としてちゃんと見るようになった。
心の底から愛し結婚したいほど好きになるのに然程時間はかからなかった。
(ルマ!)
シフトは危険なことはなるべくさせないよう自ら率先して引き受けることで、ルマたちのことを絶対に守り幸せにすると心の中で誓った。
今までも、そして・・・これからもその誓いを守るために。
しかし・・・今シフトの誓いを壊そうとしている者がいた。
(ルマ!)
クロイスはルマの衣服を脱がすとそこいらに放り投げる。
生まれたままの姿がそこにあった。
時が止まった中ルマは微動だにしない。
クロイスはルマを見て満足したのかその先の行動に移ろうとする。
(動けっ! 僕の身体っ! ここで動かなくていつ動くんだっ!!)
シフトの頭の中はルマを・・・愛する人を助けたい気持ちでいっぱいだ。
(僕は・・・僕は・・・僕は大切な人を失いたくない!!)
その思いが身体中にあふれたことでシフトに奇跡が起こった。
パキイイイイイイイィィィィィィィーーーーーーーン!!!!!!!
何かが壊れた音がするのと同時にシフトの頭の中に声が響いた。
≪確認しました。 スキル【ずらす】レベル∞解放 【時間】をずらします≫
それと同時にシフトの見える景色がモノトーンからセピア色へと変わっていく。
「てめぇ!! 僕のルマにそれ以上汚い手で触るんじゃねえええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!!!!!」
「何っ?!」
突然の出来事にクロイスが驚いた。
塗り替えられた景色にもだが、クロイスは身体が膠着して動けない。
「バカなっ! 俺の身体が動かないだとぉっ!!」
クロイスは辛うじて目と口が動かせたので周りを確認すると時間は止まったままだ。
「お前っ! まさか時間を止められるのかっ!!」
「だったらどうしたっ!!」
「貴様が俺と同じ土俵に上がっていいわけないだろうがっ! 予定変更だ! 今すぐ殺すっ!!」
クロイスは出力を上げるとクロイスを中心に再び灰色の空間が世界に広がっていく。
するとシフトの動きが止まる。
「やれるものならやってみろっ!!」
シフトも出力を上げるとシフトからセピア色の空間が世界に広がっていく。
そして、お互いの時間の境界がぶつかり合う。
シフトのセピア色とクロイスの灰色が中間で押し合っている。
一見すると能力に目覚めたばかりのシフトと能力に長けたクロイスではシフトのほうが圧倒的に不利だろう。
だが、神はクロイスを見放した。
不運にもクロイスの魔力が底を尽きたのだ。
シフトの展開した境界に負けまいと限界以上の魔力を放出したことで、普段ならまだ余裕があるにも関わらず先に力を出し尽くした。
これによりシフトのセピア色の空間が世界に広がる。
シフトはルマのところに行くと動けなくなったクロイスを誰もいないところに投げた。
地面に散乱した衣服をとると手早くルマに着せていく。
「ルマ、ごめん。 僕がもう少し早くこの能力に目覚めていれば・・・」
未遂とはいえもう少しでルマは貞操を失うところだった。
シフトはルマに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
今すぐルマを抱きしめたいがそれよりも今はやらなければならないことがある。
「クロイス! お前だけは神が許そうが僕が許さないっ!!」
シフトはクロイスのところに行くと全力で左頬を殴った。
ガンっ!!
だけど、シフトの攻撃はクロイスに通じていなかった。
「残念だったな。 この時が止まった世界では物理攻撃は一切効かないのさ」
先ほどシフトがクロイスから拳を顔面に受けた時のことを思い出す。
時が止まっている間はどんなことをしても情報は伝わらず破壊することはできないというわけだ。
クロイスは先ほどシフトを殺すと発言したことから、時が止まった世界でも殺す方法があるのだろう。
シフトは時が止まっている中で自分が使える能力があるか確認する。
試しに【念動力】を発動すると普通に使えた。
この分だとほかの能力も使えるだろう。
「クロイス、今からお前を殺す」
「お前バカか? この時が止まった世界で俺を殺すことなんてできないんだよ」
「スキルが使えるならお前を殺す方法などいくらでもある」
シフトは【空間収納】を発動すると腕力封じの手枷と魔力封じの首枷、それに普通のロープと拳大の鉄を取り出して空間を閉じる。
クロイスに腕力封じの手枷と魔力封じの首枷を着けて、両足をロープでしっかりと固定した。
次にクロイスの身体に触れてシフトは【次元干渉】を発動するとクロイスの止まっている時間だけを解除する。
念のためクロイスの腕をへし折ってみた。
ベキッ!!
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
骨を折られた痛みにクロイスが絶叫する。
どうやらクロイスの止まった時間は解除されたようだ。
続いてシフトは【五感操作】を発動するとクロイスの視覚・嗅覚・味覚・触覚を剥奪した。
聴覚だけあえて残したのはシフトの怒りの声を聞かせるためだ。
「───!!」
クロイスは自分に降りかかった出来事についていけずパニックを起こしていた。
シフトはクロイスの口を開けると拳大の鉄を口の中に突っ込んだ。
「───!!」
クロイスの青白い顔がどんどん蒼褪めていく。
シフトは最後に【即死】を解除する。
≪スキル:★【ずらす】 レベル1:【即死】 【即死】を有効にしますか? はい/いいえ≫
力強く≪はい≫と念じる。
≪スキル:★【ずらす】 レベル1:【即死】 【即死】を有効にしました≫
【即死】が解除されたことを確認してすべての準備が整った。
「クロイス、覚悟はいいか? 今からお前を殺す」
「───!! ───!! ───!!」
シフトの死の宣告にクロイスは何かを喚いて訴えている。
命乞いの類だろうがシフトはクロイスのやったことを絶対に許しはしない。
シフトは右手に握り拳を作ると今までの人生の中で最大級の殺意を籠める。
その殺気を肌で感じたクロイスはなんとかして逃げようとするが、触覚を剥奪され両手両足を拘束された状態では逃げることはできない。
「死ね。 魂さえもこの世から消えてなくなれ」
シフトの右ストレートがクロイスの心臓がある部分をぶち抜いた。
「───!!」
身体から吹っ飛んだ心臓は修復不可能になるほど粉々に破壊された。
クロイスの頭には死のイメージが永遠と注ぎ込まれていく。
何度も何度も殺されるイメージをクロイスは体験して最後には本当に死んでいった。
物言わぬ死体になったクロイス。
その魂は粉々に破壊されてシフトの言う通りこの世界から完全に消滅した。
シフトは【即死】を無効にしてから停止された時間を解除する。
セピア色な世界が段々と色鮮やかな世界に戻っていった。
「きゃっ!」
時間が再び動き出した直後、ルマが顔を赤らめて小さな悲鳴を上げる。
「ルマ? どうしたの?」
「な、なんでもないわ・・・」
多分、普段自分が服を着るときとは違う違和感を感じているのだろう。
シフトはルマのところに歩いていく。
「ご主人様、魔族は・・・」
ルマが言い終わる前にシフトはルマを抱きしめる。
「えっ? あっ? ちょっ? ご、ご主人様っ?!」
「「「「あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」」」」
シフトの突然の行動にルマは顔をさらに赤らめ、ベルたちから嫉妬と非難の声が聞こえてくる。
「ルマ、ごめん。 大丈夫だった?」
「えっと・・・何があったのかわからないので何とも言えないのですが・・・」
「実は・・・」
シフトはルマにだけ聞こえるような小さな声で先ほどの出来事を伝える。
するとルマが驚いたあとにシフトをギュッと抱きしめた。
「ご主人様・・・ありがとうございます」
「本当にごめん。 僕がもっとしっかりしていれば・・・」
「いいんです。 たしかにご主人様以外に触れられたことには少なからずショックはしていますけど私のために怒ってくれたのですから。 それに時間が止まっている間のことなんて認識できないのにわかりようがありません」
ルマは自分がこんなにも大事にされていることが嬉しくてシフトの胸の中に顔を埋める。
「もう! ルマちゃんばっかりずるい!!」
「みんな、ごめん。 今回ばかりは僕の我儘だからもう少しこのままでいさせて」
「う、そういわれると言い返せない」
シフトはしばらくの間、ルマを抱きしめていた。