349.重力使い 〔無双劇70〕
シフトが王都内を駆けていると突然身体が重くなる。
「これはっ!!」
襲い掛かる重力に倒れまいと立ち続けるシフト。
以前同じ体験をしたシフトはその重力に逆らいながらも周りを確認する。
すると上空から何かがシフト目がけて落ちてきた。
そこに見えたのは重力を操る魔族と大量に投げ捨てた抜き身の刃だ。
それも重力に引っ張られてさらに加速して落ちてくる。
「やばい!!」
周りの建物を見てシフトはすぐに【空間転移】を発動してその場から転移した。
その数瞬あとにシフトがいた位置に大量の刃が地面に刺さる。
重力範囲外に逃れたシフトは改めて魔族を見た。
眼下をキョロキョロ見てシフトを見つけると驚いた様子だ。
魔族はそのままゆっくりと降りてくる。
「今のをよく躱したな。 褒めてやるぜ」
「それはどうも」
「俺の名はグラッビィだ。 お前を殺すものだ」
グラッビィと名乗った魔族はそれだけいうと【重力魔法】を発動してシフトの周りの重くする。
「同じ手は通用しない」
シフトはグラッビィの後方へと転移する。
龍鱗のナイフを鞘から抜くとそのままグラッビィに斬りかかった。
「たしかに重力で圧し潰すだけでは芸がないな」
グラッビィは重力の方向を変えた。
シフトは突然後方へと吹き飛ばされる。
そのままうしろにある建物にぶつかり前方から圧された。
「俺からのプレゼントだ」
グラッビィは地面に転がっている刃を抜くとシフトのほうに軽く投げた。
それは引力に則ってシフトへと襲い掛かる。
シフトは転移することで刃を回避した。
「ほう、スパッジャと同じ【空間魔法】使いか・・・だとすると倒すのは難しいな」
グラッビィは顔から余裕な笑みを消した。
それはシフトにはそれなりの実力があると認めたからだ。
「なら本気で行くか」
グラッビィはシフトの周りの重くすると今度は自らも突進する。
そのスピードは重力下とは思えないほどの速さだ。
シフトに近づくとグラッビィは拳でシフトの顔面を殴った。
グラッビィの拳を手で受け止めたシフトだったが、勢いが半端なく吹っ飛ばされる。
(重い!!)
それは体感している重力だけでなくグラッビィの拳もだ。
さらに重力の方向を変えて落下するようなスピードでシフトは建物に激突した。
そこにグラッビィの蹴りが飛んでくる。
シフトは腕を十字に構えると蹴りを受け止めた。
その衝撃はすさまじくシフトの背中を通じて建物に罅が入るほどだ。
「さすがだな、普通ならこの重力に負けて骨の1本や2本折れていてもおかしくないんだがな」
「柔な身体じゃなくて残念だったな」
「いや、そうでもない。 何しろ壊しがいがありそうだからな!」
グラッビィはそこから足踏みするような感じで蹴りを連続してシフトに叩き込む。
1蹴りごとに【重力魔法】による負荷をかけることで何倍もの威力がシフトを襲う。
シフトの背中が地面であればかなり有効であっただろうが、建物だったため先に壁が壊れた。
さすがに建物内はまずいと感じたシフトはグラッビィの足を掴み、そのまま建物の外に転移する。
重力から逃れたシフトと重力の位置が変わったことに驚くグラッビィ。
そのままグラッビィを地面に叩きつけようとするが、当たる直前にグラッビィの身体が浮遊する。
否、グラッビィだけでなくシフトも宙に浮いていた。
「な、なんだこれは?!」
「くっくっく、俺の【重力魔法】がただ重くするだけの能力だけかと思ったか?」
グラッビィは慣れた動きでシフトの拘束を解くと自由自在に無重力空間内を動き回る。
対して上手く身体を動かせないシフト。
勝機と捉えたグラッビィは手持ちのナイフを抜くとシフトの死角に移動する。
「くらえぇっ!!」
グラッビィが殺意を込めたナイフでシフトの後頭部を狙った。
その時、シフトのスキルが発動する。
≪『即死攻撃』と判断されました。 【即死回避】を発動します≫
シフトの身体が自分の意志とは関係なく無重力空間内を勝手に動く。
グラッビィですらできない動きで攻撃を回避する。
「何っ!!」
「ふぅ・・・危なかった・・・」
シフトは間一髪のところで【即死回避】により助かった。
「ちっ! もう少しで殺せたものを・・・まぁいい、まだチャンスはある」
グラッビィは怒りを露わにするがそれも一瞬のこと、次には冷静になった。
一方のシフトはこの無重力空間をどうにかして脱出しなければならないと考える。
以前の海底神殿での水中戦と違い、沈むことも浮くこともできない状態だ。
動こうとすれば動けるがその速度は赤ん坊のよちよち歩きと変わらない。
「それならこれでどうだ!!」
グラッビィは高速で無重力空間内を動き回り、シフトが対応できないと判断したところで足を掴んだ。
「捕まえたぜ!!」
そこからジャイアントスイングでシフトを振り回す。
「くっ!!」
グラッビィはそのままシフトを上空へ放り投げる。
「これで終わりだあああああぁーーーーーっ!!」
シフトの背中にグラッビィは思い切り蹴りを入れる。
成すすべもなくシフトは上空へと蹴り上げられた。
普通なら無重力空間外に出たシフトは重力に則り再び無重力空間内に落ちてくるのだが、グラッビィはあろうことか重力を上空へと向けたのだ。
その結果、シフトは際限なく上空へと昇っていく。
否、重力により上空へと落ちていった。
「これはまずい!! 非常にまずいぞ!!!」
このまま落ちていくとシフトが住む星の外に弾き出されてしまい、二度と元の場所に戻れなくなる。
シフトはさすがにこの状態を何とかしなければならないと必死に考えた。
ここから脱出するには【空間転移】しかない! シフトはすぐに周りに手頃な雲がないか見るが、見つけてもあまりの速さに転移までの僅かな時間に間に合わない。
そうこうしているうちにシフトが落ちた先に星空が見え始めた。
「上空に星がっ?! やばいっ!! 早くしないと本当に戻れなくなるぞっ!!!」
限られた時間は極僅か、シフトはこの危機的状況を打破する打開策を考えた。
上空を見上げるグラッビィ。
自らも自分の能力で上空に移動しているがシフトの飛ばされたスピードに比べれば微々たるものだ。
「さすがにあれだけの速度で落ちれば助かるまい」
シフトの姿が見えないことを確認したグラッビィは、【重力魔法】を解除すると重力が逆転して地上へと落下していく。
地上に落ちる寸前に無重力空間を作り、即解除して地面への衝突を避けた。
「ふぅ・・・それにしても強敵だったな、あのオレンジ髪」
グラッビィはシフトのことを今まで戦った中で間違いなく1番の強敵だと確信した。
「大分魔力を消費したな。 さっさと魔力を回復させてここを陥落させるとしよう」
そういうとグラッビィはマナポーションを取り出して飲み始めようとした。
キイイイイイイイィィィィィィィーーーーーーーン!!!!!!!
何かの音にグラッビィは周りを警戒する。
上空を見るとグラッビィのところに何かが落ちてくる。
「やべえぇっ!!」
グラッビィがその場を離れると同時にそれは地上に激突した。
ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!!
衝撃波がグラッビィを襲う。
この衝撃で地上が一瞬だが揺れた。
「一体何が・・・まさかっ?!」
グラッビィは地面に落ちたところを見る。
「ふぅ・・・今回は本当に危なかった・・・」
それは遥か上空から舞い戻ってきたシフトだった。
「な、なぜだっ?! なんで生きているんだっ?!」
「いや、本当に死ぬかと思ったよ。 僕のスキルがなければね」
シフトは星の外に弾かれる寸前に【念動力】を発動して手に持っていた龍鱗のナイフをその場で固定させて耐え忍んだ。
やがて重力が元に戻ると【念動力】を解除して地上に戻ってきた。
グラッビィと同じように落下速度を抑えつつ落ちていく。
最後に目算を見誤って衝撃を殺し損ねて摩擦熱で熱い思いをしたが、桁違いの耐久力によりシフトは耐えきった。
「さて、それじゃ今度は僕の番だ」
「ふざけるなぁっ!! 俺の最後の力を見せてやるっ!!!」
グラッビィは残された魔力をすべて使い全方向からシフトを潰すように重力が襲い掛かる。
「残念だったな。 もうその攻撃は僕には効かない」
シフトは【空間転移】を発動するとグラッビィの前に転移した。
「なっ・・・」
「終わりだ」
シフトは龍鱗のナイフを突き出すとグラッビィの心臓を打ち抜いた。
「がはぁっ!!」
グラッビィの口と心臓の傷口から蒼い血を吐かれた。
「て・・・てめぇ・・・」
「僕の勝ちだ」
「・・・ふっ・・・負け・・・た・・・よ・・・」
グラッビィはそれだけいうとシフトに寄りかかるように前のめりに倒れると動かなくなった。
「お前も十分強かったよ」
シフトは龍鱗のナイフを抜くと鞘に収める。
「これで4人目・・・残る魔族はあと2人・・・」
シフトはグラッビィの亡骸を地面に置くとその場を離れるのであった。