348.空間を制する者 〔無双劇69〕
王都内は騎士や魔法士たち対『この手に自由を』で混戦していた。
当初数では騎士や魔法士たちのほうが多かったが、『この手に自由を』もゴーレムや不死者の召喚とどこから現れたのか不明な魔物や魔獣により互角以上に戦いが行われている。
シフトは動きを止めると周りを確認した。
敵が多すぎてどれを相手にするべきか考えていると突然背後から微風を察知する。
危険と判断したシフトがその場から離れると何もない空間から剣身が現れて先ほどまでシフトがいた場所を上段斬りした。
そして、剣身は地面にぶつかる前に消える。
「何っ?! 剣身が現れて消えた?!」
シフトが驚いていると周りの至る所から微風を感じる。
それと同時にシフトの周りから多くの武器が現れた。
頭上から振り下ろされる棍棒、正面から心臓を突いてくる槍、背中から袈裟斬りにしようとする剣、横から首を刎ねようとする鎌、斜めから腕を切り落とそうとする斧、上空から額を狙って放たれた矢、ほかにもいくつもの攻撃が突然現れた空間からシフトに襲い掛かる。
どの攻撃も殺気が込められていた。
シフトのスキルが発動する。
≪『即死攻撃』と判断されました。 【即死回避】を発動します≫
シフトの身体が自分の意志とは関係なく勝手に動く。
頭上の棍棒を破壊し、槍を握り潰し、剣をへし折り、鎌を叩き折り、斧の軌道を変え、矢を掴み・・・
武器を破壊したり回避することでシフトはその場を乗りきった。
「少なくとも今の攻撃の1つは即死と判断されたわけか・・・」
普通ならあんな近距離から攻撃がくれば躱しようがない。
周りを警戒しているとそこに1人の魔族が音もなく現れる。
おそらく【空間魔法】の使い手だろう。
「やるじゃないかオレンジ髪。 まさかこのスパッジャ様の【空間魔法】による奇襲をすべて防ぐとはな」
「今のはお前が空間を捻じ曲げて僕を標的にしたのであってお前自身の攻撃ではないだろ?」
「正解だ。 俺は周りで戦っている者たちの空間を少し歪めてお前のいる座標に攻撃が行くように仕向けただけさ」
多分、皆『この手に自由を』を相手に殺意を込めて戦っているだろう。
「どうりで殺す気満々な攻撃ばかりが飛んでくるわけだ」
「だからこんなこともできる」
スパッジャは指を鳴らすと目の前に魔獣が急に現れてその鋭い牙でシフトの身体を噛んだ。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ・・・どうだ? 痛いだろ? お前はその魔獣に食われて死ぬんだ」
「ああ、たしかに痛いけどこの程度なら死にはしない」
シフトは龍鱗のナイフで斬り刻むと魔獣を一瞬にして葬った。
あとには魔石だけがその場に落ちている。
噛まれた部分は赤らみほんの少し痛みを感じるが、シフトの耐久力が異常に高いため血が出るほどの怪我ではない。
「・・・どうやら舐めてかかると痛い目を見そうだな」
「お返しだ」
シフトは【空間収納】を発動すると先ほどの戦いでメタムが作った巨大金槌を取り出してスパッジャに向けて振り下ろした。
「バカめ! そのまま返してやるよ!!」
スパッジャは目の前の空間を歪めるとその矛先をシフトの後頭部に座標を変更した。
シフトは後頭部に迫る何かを察してすぐに左手で防ぐ。
そこには巨大金槌の木殺しの部分があり、危うく自分で自分を攻撃するところだった。
もし、後頭部に直撃していたら当たり所によっては即死もあり得ただろう。
シフトはすぐに巨大金槌を空間にしまった。
「僕が振り下ろした金槌をそのまま返すとはな・・・」
「無駄無駄、俺に攻撃は当たらないぜ」
スパッジャは指を鳴らすとシフトとスパッジャの周りの空間が次々と歪んでいく。
シフトの周りにはこの戦場での誰かの攻撃だけでなく、そこに魔法も追加される。
さらに魔物や魔獣が空間内から現れてシフトを見るなり攻撃態勢をとった。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ・・・どうだ? 周りの空間が全部お前への攻撃対象だ。 どこから攻撃してくるかわからないだろ?」
「・・・性格が捻じ曲がっているだけあってスキルとの相性が抜群だな」
実際はそこらにいる同じ【空間魔法】の使い手よりも上だろう。
スパッジャの【空間魔法】は有機物無機物問わず自分が作り出した空間内に収納できる。
空間を歪めることで軌道を変えたり結びつけたりすることが可能だ。
また、シフトと同様に空間の転移もできるので不利になれば逃げることもできる。
スパッジャは【空間魔法】を最大限に生かしてシフトを少しずつ追い詰めていく。
狙った獲物を確実に殺すために。
シフトは空間からの武器による攻撃を躱し、襲ってくる魔物や魔獣を倒しながらスパッジャに近づこうとするが、それを察したスパッジャが転移でシフトからある程度離れた場所へと逃げた。
「どうしたどうした? 俺はここだぜ? ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ・・・」
スパッジャの行動にシフトは自分なりの答えを出す。
(遠くに逃げないということはある程度の距離を保たないと攻撃できないということか)
スパッジャが空間から取り出した魔物や魔獣を倒しているといつの間にか武器による攻撃が止んでいた。
「ちっ!」
「!」
スパッジャは空間からマナポーションを取り出すと口に含んで失った魔力を回復させる。
「んくんくんく・・・ぷはあぁ・・・」
「・・・」
飲み終えた空瓶を投げ捨てる。
「さて、お前といつまでも戦ってられないからさっさとぶっ殺してやるよ」
「ふ、ふふふふふ・・・」
「あん? 何がおかしいんだ? 気でも触れたか?」
「いや、もうお前には僕を倒す手段がないということだ」
シフトはスパッジャに対して勝利宣言をした。
「何を言うかと思えば俺が負けるだと? お前は今の状況を判断することもできないのか?」
「そう思うのならさっさとかかってこいよ」
「なら望み通り殺してやるぜ!!」
スパッジャが【空間魔法】を発動するが何も起こらない。
「?! おかしいな・・・なぜお前の周りに攻撃が発生しない? ならこれならどうだ!!」
スパッジャが再び【空間魔法】を発動すると空間内に収納している魔物や魔獣たちが現れてシフトに襲い掛かった。
せっかく空間から呼び出した魔物や魔獣たちだが、シフトの龍鱗のナイフの斬撃に耐えられずに倒されていく。
「ちっ! 役立たずが! だが、俺の空間にはまだ魔物や魔獣たちがたくさんいる!」
スパッジャは空間内に収納している魔物や魔獣たちを次々に出していくが、その度にシフトが魔物や魔獣たちを葬っていく。
それから20分後、スパッジャは空間内に収納している魔物や魔獣たちを出そうとするが、空間内にはもう1匹もいなかった。
「う、嘘だろ・・・お、俺の魔物や魔獣たちが全滅だと・・・」
「どうした? もう終わりか? お前自慢の魔物や魔獣たちも大したことなかったな」
「・・・ちっ! 今日のところは俺の負けにしといてやるぜ! あばよ!!」
スパッジャは【空間魔法】を発動するとその場から逃げ出した・・・はずだった。
バアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!
何かが盛大にぶつかる音がシフトの耳に届いた。
音がしたほうを見るとスパッジャが地面に芋虫みたいに転がっている。
「ぐわあああああぁーーーーーっ!! いてえよおおおおおぉーーーーーっ!!」
あまりの痛さにのた打ち回るスパッジャ。
そこにシフトが歩いてやってきた。
「て、てめえええええぇーーーーーっ!! 何しやがったあああああぁーーーーーっ!!」
「僕から逃げられると思っていたのか? 残念だけどここからは逃げられないよ」
スパッジャがマナポーションで魔力を回復している間に、シフトは【次元遮断】を発動してシフトとスパッジャのいるこの場所を外界から隔離したのだ。
そうとは知らずにスパッジャは周りで戦っている者たちの攻撃をシフトに向けようとしたが、この空間が外界から遮断されているために繋ぐことができなかった。
そして、スパッジャに残された道はただ1つ、自分の空間内にある魔物や魔獣たちを使ってシフトを倒すことだ。
だが、それもシフトには1つも通用しなかった。
もし、スパッジャが自らも前に出て戦うタイプであれば魔物や魔獣たちと連携してシフトを倒すことができたかもしれない。
しかし、スパッジャは自らの手を汚さず相手が苦しんで死ぬ様を眺めて愉悦に浸るのが好きなのだ。
今までは自分が上の立場だったが、今は自分が下の立場にされている。
ここにきてスパッジャはようやく自分で動かなければならないことに気付く。
スパッジャが動こうとするよりも早くシフトの【五感操作】を発動してスパッジャの視覚と触覚を剥奪した。
「な、なんだこれはあああああぁーーーーーっ!!」
突然身体に襲い掛かった異変に混乱するスパッジャ。
シフトは改めて龍鱗のナイフを握るとスパッジャのほうへと歩き出す。
自分に近づく足音にもともと青白い顔を蒼褪めさせて恐怖を覚えるスパッジャ。
逃げようとするも目は見えず身体は動かない。
「く、くるな・・・くるなあああああぁーーーーーっ!!」
「これで終わりだ」
「や、やめろおおおおおぉーーーーーっ!!」
シフトはスパッジャの心臓を刺し、次に脳を刺した。
脳と心臓から蒼い血が大量に吹き出し、スパッジャの身体が前のめりになり地面に倒れる。
「ぅぅぅ・・・ぅ・・・ぅ・・・」
言葉を発しようとするも出てこず、しばらくするとスパッジャはそのまま息絶えた。
「これで3人目・・・」
シフトは空間を閉じてから結界を解くと次の敵を探しに動き出す。




