346.一騎当千 〔無双劇67〕
カンカンカン・・・
シフトが王城の一室でグラントとギルバートの2人とともにお茶をしていると突然王都内の鐘が鳴り響く。
「何事だ!」
グラントが鐘の音を聞いて席を立ち上がる。
そこに衛兵が部屋にやってきて報告した。
「陛下! 大変です! 見知らぬ集団が北門を襲撃して王都に雪崩れ込んできました!!」
「何っ!! 直ちに各騎士団、各魔法兵団を動員して敵を食い止めろっ!!」
「はっ! 畏まりましたっ!!」
衛兵がグラントの命令を受けると部屋から出て行った。
「ついに来たか・・・シフトの言う通りになったな」
グラントとしても覚悟はしていたが、いざ現実になると頭を悩ませる。
シフトとギルバートは席を立つ。
「グラント、僕も出るよ」
「陛下、私も出向きます」
「ギルバート、シフト、頼むぞ」
「はっ!!」
2人は部屋を出ると王城の門のほうへと急いで走っていく。
「シフト君、今回の襲撃は・・・」
「十中八九『この手に自由を』か魔族でしょう」
「相手も苦しい状況が続いているだろうからここらで打破したいのだろう」
ギルバートの読み通り『この手に自由を』は各国で活動していた仲間が次々と捕まりあとがない状態だ。
起死回生を狙って『この手に自由を』は大陸の中でも大国である王国に狙いを定めた。
王都を陥落し、捕まっている同志たちを解放することで戦力を増強、その勢いのまま大陸を征服するのが目的だ。
だが、魔族たちは違う。
一番の目的はシフトだ。
彼らのプライドを傷つけたことで闘争心に火を点けてしまった。
シフトを倒したあとはこの大陸を蹂躙する予定だ。
そして、もう1つの勢力である6人の少女たち。
彼女たちの目的もシフトだ。
生前に受けた痛み苦しみを何千倍、何万倍にしてシフトに返さないと気が済まない。
そのために10000人の魂の中から勝ち抜いて意識を勝ち取ったのだから。
シフトとギルバートが走っていると後方からルマたちとリーンが走ってくる。
「ご主人様」
「みんな、これから襲撃者を撃退する。 敵はおそらく『この手に自由を』か魔族だろう。 油断だけはするな」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
シフトの命令にルマたちが返事をしているとリーンが怒り出す。
「もう! ベルに命令しないで!!」
「五月蠅い」
「べ、ベル?! 私はベルのことを思って・・・」
「ベルはご主人様のもの。 余計な口出しはしないで」
「ああ・・・ベル・・・」
ベルの言葉にリーンはショックを受ける。
「あ、あははははは・・・リ、リーンさんしっかりしてください」
「うううううぅ・・・あなたに励まされたくないわよ!!」
リーンはシフトを睨みながら恨み言をいった。
「シフト君たち、今は遊んでいる場合じゃないよ」
ギルバートがシフトたち全員を窘める。
それからシフトたちは王城を出ると前方を見た。
平民街のあちこちから煙が上がっている。
「みんな、急ぐぞ」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
シフトたちは走って平民街に到着するとそこでは多くの騎士たちや魔法士たちが外部から侵入した魔物や魔獣、それに以前王都を襲った化け物などと対峙している。
その戦火はすさまじく多くの家屋が燃えていた。
「みんな、僕たちも加勢・・・」
「見つけたぞ! このガキが!!」
突然の大声がシフトの言葉を遮る。
北門からすごい勢いで走ってくる青白い肌の男・・・魔族だ。
不意の攻撃だがシフトはしっかりと防御する。
「この前はよくもこの俺キウン様を虚仮にしてくれたな! 百万倍にして返してやる!!」
「やめておけ。 やられるのがオチだぞ?」
「これを見てもそれが言えるかよ!!」
キウンと名乗った魔族が自らの切り札をいきなり使った。
その瞬間キウンの数が1000人に増加する。
いや、それだけではなかった。
攻撃してきた手数が一気に増えたのだ。
その手数は1人につきなんと1000手、シフトはキウンの1000の攻撃をすべて防ぎきる。
キウンの能力は以前戦った皇国の天皇陛下の分身能力にカトイルという悪魔の手数能力を足した能力だろう。
だが、その人数も手数も予想以上の数だった。
「ご主人様!!」
「こいつは僕が引き受ける! みんなは魔物や魔獣たちをお願い!」
「「「「「畏まりました、ご主人様!!」」」」」
ルマたち、ギルバート、リーンは王都を破壊している魔物や魔獣たちの殲滅に動き出す。
それをキウンが逃さないかと思いきや全員がその場を動かずにシフトに殺気を放っていた。
「僕の仲間に手を出さないとか随分と優しいところがあるんだな」
「俺の目的はお前だ! あの時の恥辱は今でも忘れんぞ! お前を殺したあとあの女たちを犯して犯して犯しぬいてからお前の所に送ってやる!!」
「ルマたちに手を出すっていうなら僕も容赦しないぞ!」
睨み合うシフトとキウン1000人。
そして、戦いは始まった。
シフトは龍鱗のナイフを鞘から抜くと目の前の本体に斬りかかる。
キウンはそうはさせまいと千本の手に多くの武器と大量の魔法を使ってシフトにぶつけてきた。
目の前のキウンにシフトは【五感操作】を発動することで距離感と平衡感覚を狂わせてすべての攻撃を回避する。
一瞬の隙をついてキウンの本体に突進するとナイフで攻撃した。
本体は左肩から右腰にかけて深い傷を負うとその場に倒れて事切れる。
これで残りの分身が消滅して終わりかに見えたが、それで終わりではなかった。
残りの999人がシフトに襲い掛かってきたのだ。
シフトは【五感操作】である者は距離感と平衡感覚を狂わせ、またある者は視覚と触覚を剥奪する。
距離をとるとシフトは疑問を口にした。
「おかしいな・・・たしかにスキル発動前の本体を倒したはずなのに・・・」
それを聞いたキウンが勝ち誇る。
「ははははは・・・お前は勘違いをしている! 俺のこのスキルは999人の分身を作り出すことじゃない! 俺が1000人に分裂することなんだよ! つまりここにいる全員が俺の本体だ!!」
キウンが百万倍にして返すという言葉はあながち間違ってはいない。
1000の手数を1000人で行えば文字通り1000000なのだから。
キウンの切り札【一騎当千】は文字通り1人が1000人に匹敵する力と1人が1000人になる能力だ。
ただし、このスキルを発動するには1人だけでないといけないという条件がある。
仮に999人を倒しても1人だけ生き残っていれば再び発動することができるのだ。
逆に言えば2人以上いるとこのスキルは使うことはできない。
キウンを確実に倒すのであれば残り1人にならないように同時に殺さなければならないのだ。
また、ある程度の距離以上離れられないという欠点もある。
次々と襲い掛かってくるキウンたち。
シフトはキウンたちを1人1人致命傷を与えて確実に倒していく。
キウンたちも犠牲など考えずにシフトに攻撃を仕掛ける。
分裂体がやられても最後の1人さえ生き残ればいいのだ。
シフトは【五感操作】でキウンたちの視覚と触覚を次々と剥奪しつつ、動いている者を最優先に仕留めていく。
それから40分が経過した頃、シフトの周りには大量のキウンの死体が転がっていた。
周りには【五感操作】で視覚と触覚を失ったキウンたちが顔を真っ赤にして必死に動こうとしている。
今動けるキウンは1人もいない。
「くそっ・・・なんだてめぇ・・・なんなんだよこの強さは!!」
キウンは【一騎当千】を発動して負けたことなどない。
出せば最後、必殺だからだ。
今までの相手は格上だろうがこの数の暴力の前には抗えず死んでいった。
しかし、今回は相手が悪い。
シフトの実力もそうだが【五感操作】が反則級の強さを発揮した。
キウンはその猪突猛進の性格から全力で相手を叩き潰すのが好きだ。
裏を返せば冷静に物事を考えられず、一々人のいうことなど聞こうとはしない。
故に司令塔となる自分を作ろうとはしない。
もし、キウンがもっと冷静な判断力を持っていれば今の危機的状態にはならなかっただろう。
これはキウンが慢心した結果である。
この時になってキウンは初めて周りに自分があと何人いるのか気になったのだ。
視覚を失ったため自分が何人いるか把握できていない。
自分の分身体はあと何人いるのか? 自分以外はもう全滅したのか? だとしたら【一騎当千】を発動しないと死んでしまう。
ここにきてキウンは死の恐怖を感じていた。
「こんなところで殺されてたまるかあああああぁーーーーーっ!!」
「五月蠅い」
残っているキウンたちに対してシフトは【五感操作】で味覚と聴覚も剥奪する。
これによりキウンは自ら助かるかもしれない手段までも奪われた。
「お前には悪いがこれで終わりだ」
シフトは龍鱗のナイフでキウンたちを1人また1人と殺していく。
最後は残った2人のキウンを同時に殺した。
知ってか知らずかシフトは偶然キウンを必ず殺す方法をとったのだ。
キウンたちが物言わぬ躯となり、周りにほかにいないことを確認する。
「どうやら無事に1000人倒したようだな。 このキウンという魔族がここまで強いとなるとほかの魔族も侮れない。 早く倒しに行こう」
シフトは次なる戦場へと走っていった。