341.普通とは違う違和感
夜、月が西に傾き東の空がほんの少し明るさをみせた頃、シフトたちを乗せたプラルタは獣王国に到着した。
今まで魔族が襲ってきた国と違い静かな時間が流れている。
シフトたちは王都アンニマームまで向かうとより静かさを感じていた。
いや、静かすぎるのだ。
プラルタに王都から離れたところに着陸してもらうとシフトたちはすぐに王都の入り口まで向かう。
そこには倒れている獣人の衛兵が大勢いた。
「おい、しっかりしろ!」
「ウウウゥ・・・」
シフトたちが見ると獣人たちは激しく傷ついているとはいえ皆身体が痙攣しているところから死亡者はいないようだ。
「ルマ! ユール!」
「任せてください!!」
「今助けますわ!!」
ルマとユールが片っ端から獣人を治療していく。
シフトは意識がある獣人に質問する。
「ここで一体何があった?」
「フードヲカブッタヒトガオソッテキタ・・・タイミューサマガアブナイ・・・タノムタスケニイッテクレ・・・」
「タイミュー女王陛下が?! わかった! ベル、ローザ、フェイ! ルマとユールを守れ! 僕はタイミュー女王陛下のところに向かう!」
「「「畏まりました、ご主人様」」」
シフトは1人獣王国の城を目指して移動を開始する。
王都内を走っていると怪我人で溢れかえっていた。
「獣人たちをここまで一方的に倒すということは相当の手練れだな」
シフトは王城に辿り着くとそこにも獣人が多く倒れていた。
獣人たちを踏まないように気を付けながらシフトは王城内を駆け巡る。
物音がしたのは謁見の間だ。
「グワァッ!!」
フードを被った襲撃者が最後の衛兵を丁度倒したところだ。
「ウウゥ・・・タイミューサマ・・・」
「オ、オニゲクダサイ・・・」
「この程度か? 物足りないな・・・残ったのはお前たちだけだ」
襲撃者は衛兵を蹴っ飛ばすと玉座を見る。
そこにはタイミューとイーウィムがそれぞれ剣を構えて襲撃者に対峙する。
「ツヨイ」
「これほどの強さを持った者がまだいるとはな・・・」
「ほう・・・中々に良い身体をしているじゃないか。 お前たちを捻じ伏せてその身体を堪能してやろうではないか」
「イーウィムサン、イッショニコウゲキシマショウ」
「ああ、1対1で勝てるような相手ではないからな」
タイミューとイーウィムが頷きあう。
「ちゃんと作戦は考えたか? どの道無駄だろうけどな」
「ソンナノヤッテミナケレバ!!」
「わからないだろう!!」
イーウィムが【風魔法】を発動して襲撃者に大量の風の刃を飛ばす。
「ふっ、鈍い鈍い」
襲撃者はひらひらと風の刃を避けていく。
そこに【雷魔法】を纏って速度を上げたタイミューが剣で横薙ぎを入れようとする。
だが、襲撃者はそれを躱すとタイミューの腕を掴んだ。
「タイミュー殿!!」
「あっちの胸がでかい翼がある女も良いが、この獣娘も中々そそられるじゃないか」
「クッ、ハナシナサイ!!」
襲撃者は空いている手でタイミューの服の胸元部分に指を入れるとそのまま力任せに服を引き裂いた。
ビリビリビリッ!!
服の裂け目からタイミューの胸が外気に晒される。
「キャアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーッ!!!!!!!」
「この程度で叫んでたらあとが持たないぜ」
襲撃者はそのまま手をタイミューの太腿まで移動すると触り始める。
柔らかい肌の感触に襲撃者は舌なめずりをした。
「ヤッ! サワラナイデッ!!」
「いい肉付きだな。 これは本番が楽しみだな」
イーウィムが【風魔法】を発動しようとすると襲撃者はタイミューを盾にするように構えた。
「なっ?!」
「さっきみたいに魔法を使いたければ使えばいいさ。 この獣娘がどうなってもいいならな」
「ひ、卑怯な!!」
襲撃者はイーウィムを見て高笑いをする。
「はっはっは・・・戦いに卑怯もクソもないだろ?」
「その通りだな」
突然聞こえた声に襲撃者が声のほうを向くと同時に顔のど真ん中に拳が綺麗に入った。
襲撃者は吹っ飛ぶが手を握っていたことでタイミューも一緒に吹き飛ばされる。
それでも地面に叩きつけられたことで拘束が解けて襲撃者とタイミューの距離が離れた。
「ぐうぅ・・・な、何者だ?」
「シフト殿!!」
「エ・・・シ、シフトサン!!」
シフトはすぐにタイミューのところに駆けつける。
「大丈夫ですか? タイミュー女王陛下?」
「シフトサン!!」
タイミューは時と場所を弁えずにシフトの懐に飛び込んだ。
目には薄っすらと涙を浮かべている。
イーウィムはタイミューが助かったことに安堵すると同時に嫉妬していた。
なぜ自分があの場でシフトに抱擁されていないのかと・・・
「もう大丈夫ですよ。 イーウィム将軍閣下のところに戻っていてください」
「ハ、ハイ!!」
タイミューはシフトから離れるとイーウィムのほうへと走っていく。
襲撃者は立ち上がるとシフトを睨みつけた。
「おいおい騎士気取りか? 随分余裕じゃないか」
「別に気取ったつもりはないけどね」
「その髪の色に額の傷・・・お前がレザクが言っていた人間族か」
「それを知っているということはお前魔族だな」
「その通りだ。 隠しても意味はないがな」
魔族は怒りに任せて襲ってくるかと思いきや動くのを止めて表情を消した。
「怒りに任せれば相手の思う壺だからな。 ここは冷静にいこう」
「別にほかの奴らみたいに襲ってきてもよかったんだけど?」
「ほかの奴ら? もしかしてほかの国を攻めている奴らのことか?」
「ああ、すでに4人倒したけどな」
「なんだ、あいつら全員やられたのか・・・情けない奴らだ」
魔族の言葉にシフトは眉を動かす。
どうやらレザクは動いていないらしい。
「そうか、それならお前を倒して捕縛するとしよう」
「無理だな。 最初に一撃で倒せなかったことを後悔するがいい!!」
それだけいうと魔族がシフトに突進してくる。
シフトも魔族との間合いを詰めるべく走った。
お互いにあと数歩のところでシフトは違和感を覚える。
(なんだ? 急に身体が鈍くなった?)
シフトが身体の違和感に戸惑っているのと同時に魔族の動きが更に速くなった。
魔族の拳がシフトの顔面に迫る!
普段なら避けられるはずなのに、今のシフトは避けられずに頬に当たってしまった。
ただ、常人を遥かに超える耐久力でその場に踏み止まる。
「おいおい・・・今の1撃で吹き飛ばないってどれだけタフなんだよ」
「お前と対峙していると妙な違和感を覚えるな」
「さて、なんのことやら」
普段と同じ速さで拳を振るうが魔族はぎりぎりのところで回避する。
「今のを躱すか・・・」
「危ない危ない・・・これでも十二分に警戒していたのにそれを上回るかよ」
「ならこれならどうだ?」
シフトは攻撃速度を一段階上げた。
その攻撃も魔族は避ける。
「へっ、そんな攻撃など・・・?!」
シフトは魔族に追いつくために移動速度を上げる。
それに驚いた魔族はバックステップで後方へと距離をとった。
「おいおい勘弁してくれよ、お前どれだけ速いんだよ!!」
現在のシフトの移動速度はルマやタイミューが【雷魔法】を纏った時と同じ速度だ。
普通は避けられないが魔族は避けるのに成功した。
(こいつ・・・何か魔法を使っているな?)
シフトはさらに移動速度を上げることにした。
魔族はあまりの速度に悲鳴を上げる。
「な、なんだそのスピードは?! 人の域を遥かに超えているじゃないか!!」
なんとか躱し続ける魔族だが、1歩1歩確実に速くなっていくシフトの攻撃を躱すのが精一杯だった。
反撃をした瞬間にやられる。
魔族は本能的にそれを悟った。
「これでも追いつかないか・・・なら更に上げるだけだ」
「何っ?!」
気が付けば魔族の前にシフトが攻撃態勢でいた。
そこからの攻撃も速すぎて魔族はシフトの攻撃をもろに食らう。
「げふぅっ!!」
あまりの速度からの攻撃に派手に吹っ飛ぶ魔族。
そのまま柱へと激突する。
「ぐぅ・・・このぉ・・・」
そこで魔族は自分の身体の異変に気付く。
身体が思うように動かない。
限界を超えた動きをしたため、身体に負荷がかかりすぎて、耐えきれなくなったのだ。
「ちっ! 分身体じゃ本来の力が使えない・・・仕方ない・・・負けだ・・・次に会ったときは本気で相手してやるぜ」
それだけいうと魔族は沈黙した。
動かないところを見るとどうやら魔力を切断したようだ。
念のため[鑑定石]で調べると使用者がいないことを確認できた。
「倒したか・・・あの口振りからしてまた襲ってくるだろうな・・・」
シフトがそんなことを考えているとタイミューとイーウィムがシフトのところまでやってくる。
「シフトサン、ダイジョウブデスカ?」
「シフト殿、これはどうなったのだ?」
「タイミュー女王陛下、イーウィム将軍閣下、敵は倒しました。 もう大丈夫です」
それを聞いてタイミューとイーウィムはホッとする。
「シフトサン、アリガトウゴザイマス」
「正直助かった。 ユール殿たちはどうしたのだ?」
「怪我人を治療してもらっています。 ここまでの道中大勢の獣人が怪我していたものですから」
シフトの言葉にタイミューが悲しい顔をする。
「ミンナガタタカッテケガシテイルノニワタシハナニモデキナカッタ・・・」
「そんなことはない。 これからはタイミュー女王陛下の力が必要になるはずだ」
「そうだな、これから国の指導者として皆に活力を与えればいいのだから」
「・・・ソウデスネ」
シフトとイーウィムの励ましでタイミューは暗い雰囲気から少し明るくなった。
「ところでなぜイーウィム将軍閣下がここに?」
「ああ、それは獣王国の戦力がほかよりも少ないからだ」
「チカラガアッテモジュウジンハカズガスクナイカラ」
「そこで私が出向くことになった。 戦力としては十分かと思ったんだがな・・・」
「アイテガワルカッタデス」
獣人たちは個人の力こそ人間族よりも上回っているが、数では人間族のほうが上だ。
その穴を埋める意味合いで個人はもちろんのこと、大軍に対しても戦えるイーウィムが同行したのだろう。
だが、相手のほうがタイミューやイーウィムよりも強かった。
シフトが来なければその不思議な能力に成すすべもなくやられていただろう。
(それにしても敵のあの能力・・・油断できない)
シフトは戦っている最中に何度も動きが鈍くなるのを感じた。
移動疎外で考えられる魔法といえば【水魔法】、【風魔法】、【土魔法】、【闇魔法】の4つ。
それと2日前に戦った魔族が使っていた【重力魔法】みたいな特殊な魔法もあげられる。
1つ1つ確認していく。
まずは身体が重くなったのではなく鈍くなったので【重力魔法】は除外した。
次に物理的な作用がなかったので【水魔法】、【土魔法】ではないと判断する。
魔法を使う際の視覚的な作用がなかったので【闇魔法】も対象から外す。
残ったのは【風魔法】だけだが何かが違うとシフトの本能が訴えている。
あの魔族が使った魔法は【風魔法】ではなくもっと恐ろしい何かだということだろう。
それが何なのかシフトにはわからないが注意だけはしておく必要がある。
「タイミュー女王陛下、イーウィム将軍閣下、感傷はあとにして今は獣人たちを助けましょう」
「ソウデスネ」
それからシフトたちは傷ついた獣人たちの手当てをした。
予想よりも人数が多かったが幸い死亡者は0と奇跡的な数字である。
敵が手加減したのか、それとも獣人たちの生命力が上なのかは知らないが、人死には避けられたようだ。
シフトたちの救援が終わったのは太陽が真上に昇る頃であった。