339.重力に抗え
太陽が頂点に差し掛かろうとしていた頃、シフトたちは皇国に辿り着いた。
プラルタが着陸しようとした時、重力に引っ張られて墜落していく。
『な、なんですか?! これはあああああぁーーーーーっ!!』
「「「「「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」」」」」
「お、重いっ?!」
シフトたちは振り落とされないようにプラルタにしがみつく。
地面に降り立つというよりも這いつくばる。
重力がシフトたちを圧し潰そうと容赦なく襲う。
特にプラルタはその巨体故にもろに重力の影響を受けていた。
『重いですうううううぅーーーーーっ!!』
そこにシフトたちを狙って何かが飛んできた。
当然それも重力の影響を受けているが、上空へと放物線を描くように投げられたそれはシフトたち目がけて落ちてくる。
「危ない!!」
シフトは【念動力】を発動すると投げられた何かを空中で固定した。
よく見るとそれは抜き身の刃だ。
落下してきてもし刃の部分に当たれば怪我だけではすまないだろう。
シフトは普段よりも少し力を籠めて立ち上がる。
「みんな! 大丈夫か?!」
「う、上手く身体を動かせませんっ!!」
「身体が重いっ!!」
「こ、これはきついなっ!!」
「なんとかねっ!!」
「お、重すぎて動けませんわぁっ!!」
『ダメですうううううぅーーーーーっ!!』
耐久力のおかげでシフトはそこまで苦労はしなかったが、ルマたちはそうはいかなかった。
シフトは【次元干渉】を発動して空間に干渉して重力を無効化する。
すると今まで受けていた重力の影響がすっかりなくなった。
「う、動ける?」
『助かりましたぁ・・・』
シフトが重力を打ち消したことでルマたちが安堵している。
「みんな、落ち着いたらまずは僕たちの動きを封じようとした者を探すぞ」
ルマたちが返事をするよりも早く再び重力が襲い掛かる。
「ま、またっ?!」
「しつこいっ!!」
「い、いい加減にしてほしいねっ!!」
「2度も同じ手を使ってこないでほしいよねっ!!」
「ダ、ダイエットにはいいかもしれませんが、こ、こんなの願い下げですわっ!!」
『潰されるうううううぅーーーーーっ!!』
シフトは先ほどと同じように【次元干渉】を発動して空間に干渉して重力を再び無効化した。
「どうやら相手は皇国の都市全体を包むほどの広範囲に重力場を展開できるらしいな」
「あまり嬉しくない情報ですね」
「強敵」
「相手の独壇場で戦うとか勘弁してほしいものだ」
「卑怯だよね」
「厄介極まりないですわ」
『つ、疲れましたぁ・・・』
シフトたちが立ち上がる中、プラルタはその場で蹲る。
無理もない、この中では一日以上動きっぱなしで体力もそろそろ限界に近い。
そのうえシフトたちと違い、その体格で重力を真面に受けたのだ。
シフトは【空間収納】からプラルタ用のサンドワームの肉を取り出す。
ローザに適当に斬ってもらい残りを空間にしまって閉じた。
「プラルタさん、僕たちはこれから都の中央に行きます。 ここに肉を置いておくから」
『ありがとうございます~♡』
プラルタは目の前のサンドワームの肉を見ると目を輝かせる。
早速炙ろうとするとそこに3度重力が襲い掛かった。
「くっ!! また同じ手をっ!!」
シフトたちが重力に苛まれる中、プラルタはサンドワームの肉を焼き始めた。
重力を受けているにも関わらずプラルタの肉への執念が感じられる。
(どれだけ肉好きなんだよ・・・)
シフトは呆れた目でプラルタを見ながらも【次元干渉】を3度発動して空間に干渉して重力を再び無効化する。
敵が何度も仕掛けてくるのであれば、その都度シフトは無効化するつもりだ。
だが、3度も破られたことでそれ以上重力場を展開することはなかった。
やるだけ無駄と感じたのか、それとも魔力か体力が底を尽きたのか知らないが、重力に悩まなくて済んだのはシフトたちにとっては好転と受け止める。
都に入ると多くの人々が怪我を負っていて、中にはすでに事切れている者も少なからずいた。
シフトたちが都を走っていると広間では天皇陛下テンローと青白い肌の魔族がぶつかり合っている。
周りには傷を負って蹲る皇国の皇子殿下チーローとその部下たちがいた。
「へっ! やるじぇねぇかっ!!」
「そういうお前は大したことないな」
「強がるなよ。 俺の【重力魔法】を受けてそこまで動けるのは褒めてやるけどお前じゃ力不足だ」
魔族がいうようにテンローは重力をもろに受けているのかシフトと戦った時より動きがぎこちない。
「だが、この国のどこかに俺の【重力魔法】を打ち破った奴がいる。 そいつは注意しないといけないな」
「・・・ふ、ふふふふふ・・・」
「ん? どうした? 気でも触れたか?」
テンローが急に笑ったことに魔族は憐れみを込めた目で見る。
「いやいや、正気さ。 お前は強者がすぐそこまで来ていることすら認識できない愚か者だと思ってな」
テンローの言葉を聞いた魔族の蟀谷に青筋が現れる。
「大層なことをいうその口を黙らすとしよう」
魔族が斧を構えるとテンローに突進した。
そこにシフトが横から乱入して攻撃を仕掛ける。
「!!」
魔族はシフトの攻撃を防げずに押し返された。
「ほら、言わないことではない」
「強者って・・・もしかして僕のことを言っているの?」
「ふ、化け物じみた力の持ち主などほかに誰がいるというのだ?」
シフトからしたらテンローも十分強者だが、その強者から見たシフトの力は強大に見えるのだろう。
「オレンジ色の髪に額の大きな傷、お前がレザクの言っていたガキか・・・」
「だとしたらどうする?」
「こうするさ」
魔族は【重力魔法】を発動するとシフトの周辺を重くした。
突然重力が増したことでシフトは膝を突く。
「こ、これはっ?! お、重いっ!!」
「化け物というからどんな奴かと身構えれば、この程度の重力で動けないとか大したことないな。 レザクもそこの人間族もこいつのことを過大評価しすぎだぜ」
「くぅ・・・」
「まぁここでこいつを倒せばあいつらより俺のほうが上だということになるからな。 悪く思うなよ」
魔族は持っている斧を振り上げてシフトの頭の上に下ろした。
ガシッ!!
「?! 何っ?!」
シフトは魔族が振り下ろした斧の刃の部分を掴んでいた。
「どうした? 僕のことは大したことなかったんじゃないのか?」
「ふんぬぅっ!!」
魔族は力を籠めて斧を押し込もうとするが、そこから1センチも動いていない。
「俺の力と重力も加えているんだぞっ?! なんでこんな柔な細腕で止められるんだっ!!」
「僕に力がないのではなくて、お前が力がないのでは?」
「なんだとおおおおおぉーーーーーっ!!」
魔族は【重力魔法】を発動するとシフトに向けてさらに加重した。
それだけではなく今振り下ろしている斧にまで重力を付加したのだ。
これだけ力を加えてもシフトには斧の刃が届かない。
魔族は【重力魔法】を使い続けた。
その度にシフトの重力が2倍にも3倍にも圧し掛かり、斧も比例して重力が増す。
シフトとその周りの重力場はすでに10倍以上の重さを与えている。
それでもシフトに刃は届いていない。
魔族は尚も【重力魔法】を使おうとするがシフトにそれ以上の重力はかからなかった。
そう、乱発したことで魔族の魔力が底を尽きかけている。
「ぐぅ・・・こんな時に・・・」
「どうやらこれまでのようだな」
「なぜだ? なぜこの重力でも耐えきれる?」
「僕の耐久力とお前の重力では僕のほうが上だったということだけさ」
「ふざけるなっ! こうなったらこの身体ごと魔力に変えてお前を倒すっ!!」
そういうと魔族は文字通り身体を魔力に全変換してシフトを討とうとする。
シフトが異変に気付いたのはその時だ。
周りに空間の亀裂が走ったのだ。
「!!」
シフトは慌てて【次元遮断】を発動すると自分と魔族を外界から隔離する。
さすがにシフトの張った結界は破壊することはできないようだ。
しかし、その開いた空間がシフトを飲み込もうとしていた。
「こ、これはっ?! ま、まずいっ!!」
シフトは本能で悟る。
【空間魔法】の異空間とはまったく違うと。
この空間に引き寄せられたら最後、二度とこの世界に帰ってこれなくなるかもしれないと。
シフトは魔族を吹っ飛ばすと即座に【次元干渉】を発動し、さらに【空間転移】でルマたちがいる結界の外へ転移する。
その直後、【次元遮断】の内部に小指の爪ほどの黒い球体が発生すると、魔族を含めたその空間内の物質をすべて吸収した。
結界の内部は純粋に真っ黒な空間に染まっている。
すべてを飲み込んだ黒い球体はやがて大爆発を起こした。
シフトは自身が張った結界を見るが亀裂が入ることなく衝撃を外に漏らしていない。
爆発が収まると黒い球体は自然と消滅した。
「あ、危なかった・・・」
シフトが座り込んでようやっと言葉を口にすることができたのは黒い球体が消滅してから1分後だった。
その間シフトもルマたちもこの状態を見ている皇国にいる者たちも全員言葉が出てこなかったのだ。
シフトの言葉に我に返ったルマたちが話しかけてくる。
「ご主人様、大丈夫なんですよね?」
「平気?」
「怪我はないか?」
「びっくりしたよ」
「心配させないでくださいまし」
そこにテンローとチーローがやってくる。
「シフト殿、大丈夫か?」
「あれは一体なんだったんだ?」
「い、一応は大丈夫です。 それとあの黒い球体はわかりません。 僕も初めて見たので・・・」
シフトが知らないのも無理はない。
何しろそれは地上ではほとんど起きない現象だ。
仮に発生するとしたら確率は天文学的数値で、あの大きさの黒い球体レベルだと皇国だけでなく大陸全体、下手をすればこの世界そのものが消滅してもおかしくない。
シフトは知らぬ間にこの大地の危機を救ったのだ。
「黒い球体もそうだが先ほどの陛下やシフト殿が戦っていた者は?」
「あれは魔族です。 といってもあれは多分本体ではなく分身体だと思いますが・・・」
「本体ではないだと? ふむ、厄介だな」
「シフト殿、どうしてあれが分身体だとわかるのですか?」
「僕がドラゴンの国・・・東からこの大陸に帰ってきて公国、ドワーフの国、それに帝国と立て続けに魔族が暴れていたのですが、どれも屍肉人形というアイテムを使って遠隔操作で国を襲っていたのです」
シフトはマジックバックからボロボロになった屍肉人形を取り出し、テンローとチーローに見せた。
「これがアイテム? まるで本物の人と変わらない」
「うむ、これは厄介だな。 あとどれだけこれを所持しているか・・・先ほどみたいに特攻して自爆もあり得る」
そういうとシフトたちは魔族がいた場所を見る。
そこはシフトの張った結界と同じ球状に地面が抉られていた。
「ところでシフト殿はこれからどうするのだ?」
「ここで救援作業して問題なければすぐにでも王国に向かいます。 まだ全部が終わっていないので」
「そうか・・・」
「それと念のためここから全員退避させてください。 もしかするとあの空間内は危険かもしれないので」
シフトは本能的に結界内が危険だと察知する。
その判断は正しく、結界内は真空状態だ。
迂闊に解除すればこの場の全員に危害及ぶことは想像に難くない。
シフトはルマたちに救援作業を命令し、テンローとチーローに頼んでこの場から人払いをしてもらう。
全員の非難が完了したところでシフトは離れたところから結界を解除する。
案の定、外部と内部の気圧差が生じてとんでもないことになっていたが、事前に人払いしていたおかげで被害はなかった。
念のため[鑑定石]で調べて問題ないことを確認する。
そのあと、シフトたちはある程度救援作業を終えるとテンローとチーローに出発することを伝えた。
「僕は王国と獣王国が気になるので急ぎ戻ります。 一応まだ油断はしないでください。 もしかするとまた攻めてくる可能性もありますから」
「その時は今度こそ朕たちで対処します」
「先ほどは後れを取ったが今度はそんなことはさせぬ」
テンローとチーローが力強く宣言する。
「それでは僕たちはこれで」
シフトたちはプラルタに乗ると王国目指して移動を開始した。