325.魔力結晶を求めて
「申し訳ございません。 シフト様が何を言われているのか私には理解できません」
メイドはシフトに対して頭を下げると丁寧な言葉で返事をした。
「たしかに目の前の女性も相当な実力者だが、あなたのほうが強い」
「私はいざという時ディル様をお守りするために戦闘訓練も受けています」
それでも尚シフトは疑惑の目で見続ける。
「シフトさん、彼女は私のメイド兼護衛です」
「なら、なんで先ほどから僕に精神攻撃をしかけてくるんですか? まるで僕を操り人形にする気満々じゃないですか?」
それを聞いてメイドの眉がピクリと動く。
シフトはディルと名乗る目の前の女性と話しをしている間にメイドから立て続けに精神攻撃を受け続けていた。
しかし、【次元干渉】を発動して精神への干渉を尽く弾く。
怪しいと感じたシフトは悟られぬように[鑑定石]で2人を鑑定する。
その結果、ディルという名を持つのは目の前の女性ではなく傍に立っていたメイドであることが判明した。
「何のことでしょう?」
「とぼけるか・・・なら僕にも考えがある」
シフトは【五感操作】で目の前のディルと名乗っていた女性・・・影武者の触覚を剥奪した。
そして、シフトは立ち上がると龍鱗のナイフを鞘から抜きメイドへと歩き出そうとする。
影ディルが動こうとするが動きを封じられたことに気付く。
「ディ、ディル様、危険です! お逃げください!!」
突然の出来事に影ディルが慌てて口を滑らせてしまう。
影ディルはディルの護衛で何かあればその身を盾にして主を守るのが役目だ。
しかし、守るはずの自分が動けず主であるディルを危険に晒してしまい、気が動転して襤褸が出てしまった。
「・・・その娘には手を出さないでください。 私もやりすぎました」
それだけ言うと魔法を発動してカチューシャから白金のティアラに変わり、メイド服からワインレッドの煌びやかなドレス姿へと変身した。
「試すようなことをして失礼しました、シフト殿」
シフトは【五感操作】で影ディルの触覚を付与した。
元に戻ったことで影ディルは席を立つとディルの前に跪き頭を垂れる。
「も、申し訳ございません! ディル様!」
その言葉を否定するようにディルが首を横に振る。
「私が余計なことをしたせいであなたを危険に晒してしまった。 むしろ責められるのは私のほうです」
それだけ言うとディルは今まで影ディルが座っていた椅子に座る。
影ディルは自分が使用したティーカップを下げ、新しいカップを取り出すとお茶を注ぎディルの前に置くとそのまま後ろに控えた。
シフトもナイフを鞘に納めると席に戻る。
「それでなぜ僕を傀儡にしようとしたのか説明をしてもらいたいのですが」
「ドラゴンに乗ってくれば当然のことでしょう」
「たしかにそうだな」
ドラゴンが攻めてくる。
ディルたち魔族からしてみれば脅威以外の何物でもない。
そう考えたらシフトでも警戒するだろう。
「それに虚偽の情報を齎す可能性もあります」
「まぁ、それもあるかもしれないな」
偽りの情報で国に多大なる被害が出ることもあるだろう。
本来はシフトの精神を一時的に支配し、情報だけを抜き取るつもりであった。
繰り返し精神干渉したことで逆に疑われることになるとはディルとしても計算外だ。
「国を守る立場としては当然のことをしたまでです」
「僕の知り合いにも治世者がいるからその苦労はわかるよ」
ディルの言動は魔族の国を考えた上での行動だった。
シフトもグラントを始めとした国の治世者を見ている。
大半の治世者はディル同様に国を1番に物事を考えていた。
なのでディルの発言はどれもこれも正論過ぎてシフトはぐうの音もでない。
「それでシフト殿は何を聞きたいのですか?」
「魔力結晶についてお聞きしたいのです」
「魔力結晶?」
その単語にディルは眉を顰める。
ディルの気配が変わり、シフトは地雷を踏んだことを認識した。
「失礼ですが、それをどこで知りましたか?」
「僕の嫁から聞いたのですがエルフ族に伝わるある書物に記述があったとか。 製法こそ書かれていませんでしたが、ドラゴンの国の長より魔力結晶の作成方法は魔族が知っていると教えてもらいました」
「そうですか・・・それで魔力結晶を何に使うのですか?」
「残念ですが僕は知りません。 僕の嫁に聞けばわかるのですが・・・」
シフトはユールが魔力結晶と各種宝玉を基に賢者の石を作ろうとしているのは知っている。
ユールにとって何か必要な物を作るのだろうとはうすうす気付いていたが無理矢理聞くことはなかった。
「魔力結晶は高密度に圧縮された魔力の塊です。 普通では作り出すことは不可能です」
そういって目配せすると影ディルは小さなメッシュバックをディルに渡す。
そこから1センチほどの紅玉の宝石を1つ取り出してテーブルの上に置いた。
「これが魔力結晶です。 元は無色の宝石とも言われており、長い年月をかけて魔力を吸収し紅玉の宝石へと変色すると伝えられています。 残念ながら貴重な品なのでお渡しすることはできません」
「これはどこで手に入るのですか?」
「魔力に満ちた鉱山で手に入るそうです。 この紅玉の宝石も私が生まれる数百年前に奇跡的に出土したと聞かされております。 しかし、宝石自体が出土されるのが珍しい上に成熟した紅玉の宝石は出てきません。 仮に運良く宝石が出土されても魔力を伴わない無色の宝石ばかりです」
「その鉱山で宝石を採掘したいとお願いしたら?」
ディルは目を閉じて考える。
しばらくして目を開き口にした。
「1つだけ採掘することを許可します。 採掘する場合は私の部下の監視のもと行ってもらいます。 無色の宝石が出てきても文句は言わないでください。 複数個出てきた場合はその中から1つを選び、それ以外を手放すというのでどうでしょうか?」
「わかりました。 それで構いません」
「それでは採掘を許可します。 あとで部下には伝えておきます」
「ありがとうございます」
ディルの好意にシフトは礼をする。
テーブルにある紅玉の宝石をメッシュバックにしまうとディルが質問した。
「ほかに何かありませんか?」
シフトは考えるとディルに聞いてみる。
「そうですね・・・採掘している間はここに滞在しないといけないのですが、僕たちは魔族の通貨を持っていません。 できればこちらが提供しても良い品と通貨を交換してもらえませんか?」
「たしかに通貨がなければ何も買えませんわね。 わかりました。 何を提供できますか?」
「何が価値があるのかわかりませんので少しだけテーブルの上に置かせてもらいます」
シフトはマジックバックから色々と取り出す。
ガイアール王国がある大陸の共通通貨(白金貨、金貨、銀貨、銅貨)、宝石、龍の鱗、それに小箱くらいにカットされたサンドワームの肉。
とりあえずこれくらいで一旦様子を見る。
「それでは失礼します」
ディルと影ディルはシフトが置いた品を1つ1つ確認する。
まずは通貨から見ていく。
「これはシフト殿が住む国の通貨ですね。 こちらで使っている通貨と同じ金属、同じ重さの通貨と交換いたします」
影ディルに秤を用意させるとそれぞれの金貨を秤に乗せる。
秤はほぼ同じ重さを指していた。
同じように銀貨と銅貨も確認するが、ほぼ同じ重さだ。
因みに魔族たちは白金貨を使用していないので除外した。
「硬貨の重さはほぼ同じです。 よって1:1交換とします」
「ディル様、宝石は本物です。 魔族の相場で交換が可能です」
「ありがとう。 問題はこれとこれですか・・・」
ディルと影ディルは龍の鱗とサンドワームの肉を見る。
ディルはまず龍の鱗を手に取ると軽く叩いてみた。
コンコン・・・
それから手に魔力を籠めて叩く。
ガンッ!!
龍の鱗には傷一つついていない。
「軽い・・・そして恐ろしく硬い」
「これは珍しい品ですね。 買取するにも流通していないので値がつけられません」
「とりあえずこれは保留にします」
龍の鱗をテーブルに置くと今度はサンドワームの肉を見る。
「これは食べ物ですか?」
「はい。 サンドワームという魔物の肉です」
魔物と聞いてディルと影ディルが顔を顰める。
表情からあまり好ましくないと感じたシフトはサンドワームの肉を片付けようとした。
「これはどのようにして食べるのですか?」
「生では危険なので普通なら焼くか煮込むかですね。 許可さえもらえればここで焼いてみますが?」
「・・・とりあえず食してみましょう」
ディルが合図すると影ディルが簡易の調理器具を用意する。
「こちらで調理をお願いします」
シフトは用意してくれた場所でサンドワームを調理し始めた。
1口に肉をカットしたら弱火で焼いていく。
途中塩を一振りして味を調える。
しばらくすると香ばしい匂いが周りに広がっていく。
中まで火が通ったら皿に乗せてディルと影ディルの前に配膳した。
「どうぞ」
「え、ええ・・・まずは味見を頼みます」
「わ、わかりました」
ディルに味見を任された影ディルは意を決してサンドワームの肉を口に含む。
咀嚼してから嚥下すると影ディルは目を見開いて絶句した。
「ど、どうですか?」
「ディ、ディル様・・・もう1口頂いてもよろしいでしょうか?」
「か、構いません」
影ディルはサンドワームの肉を今度は躊躇せずに口に含んだ。
先ほどよりも長く口の中で味わいそれから飲み込む。
「お・・・」
「お?」
「美味しいです! なんですかこれは! 今まで食べた肉の中でも上位に入ります!!」
「本当ですか?」
「はい。 あのよければ私がこの肉を言い値で買い取りますので売ってもらえませんか?」
「それは構わないですが・・・」
シフトは一応ディルの反応も確認することにした。
ディルは恐る恐るサンドワームの肉を食べる。
1口2口噛む毎にディルの顔が喜びに変わっていく。
飲み込むとディルは嬉しそうに声を上げた。
「本当に美味しいです。 私も購入します」
「ディル様、私が先に購入を希望したのですが?」
「ここは主である私に譲るべきです」
どうやら2人ともサンドワームの肉を気に入ったらしい。
「それなら同じサイズのを1つずつお譲りします。 相場はそちらの価格で構いません」
「本当ですか!!」
「ありがとうございます!!」
このあとサンドワームの肉を売却したことで無事に魔族の通貨を手に入れたのと、ついでにシフトたち全員分の魔都への入国及び滞在許可も貰うことに成功した。