319.霊薬
シフトたちは再度霊峰山の扉を開けて中に入ると先ほどと同じまっすぐな一本の道が現れた。
「さて、進むにしてもただ歩いているだけでは一生辿り着けない可能性があるな」
「ご主人様、どうしますか?」
「うーん、とりあえずは確認しながら進むしかないか・・・」
シフトはベルに話しかける。
「ベル、【鑑定】を使って進むぞ。 対象は地面や岩壁だけでなくこの空間すべてだ。 僕も[鑑定石]を使って確認する」
「わかった」
「みんなは僕とベルの後ろをついてきて」
「「「「畏まりました、ご主人様」」」」
シフトは[鑑定石]を使い、ベルは【鑑定】を発動させることで2人は見えている空間内を隈なく調べる。
普通に歩くのと違い確認しながら歩いているので通常の倍以上の時間がかかっていた。
2時間以上経ち、5キロを過ぎたところで異変が起きる。
進んでいるとシフトの[鑑定石]に1つだけ反応した。
夢幻の空間
品質:-
効果:普通の能力では看破できない。 一見すると普通の空間。 これより先は普通に入ると数分後に指定された場所に空間ごと移動する。
シフトはその効果を見て嫌な顔をする。
「みんな、止まれ。 ベル、目の前の空間を【鑑定】して」
「わかった」
ベルはシフトの言う通りに目の前の空間を【鑑定】する。
「ご主人様、何も見つからない」
「やはりそうか・・・」
ベルの【鑑定】は普通の人たちからしてみればレベルとしては十分に高いが、看破できないところを見ると今のところは常識の範囲内なのだろう。
「ご主人様、何かわかったの?」
「僕の[鑑定石]で確認した結果、ここから先が無限ループ・・・に近い状態になっている。 つまり普通に歩いた場合の終着点というべき場所だな」
シフトの言葉にルマたちが驚く。
「ここが終着点?」
「でも道は続いている」
「ここを通るには何かしらが必要なのか?」
「それとも何か条件があるとか?」
「言葉、行動、能力、道具、時間、どれが条件かわかりませんわね」
シフトたちはその場で悩みだした。
まずはこれがどういう仕組みなのか確認する必要がある。
「まずは本当にこの先で数分後に別の場所に移動するかを確認する。 ローザ、フェイ、悪いがここより先に少し進んでくれ」
「「はい、ご主人様」」
ローザとフェイが先に進む。
「ストップ! そこで数分間待ってみて」
「「わかりました」」
念のためローザがシフトたちのほうを見ている。
それから数分後、シフトたちの目の前からローザとフェイの姿が突如消えた。
「「「「!!」」」」
シフトたちは驚いて辺りを見るがローザとフェイの姿は見当たらない。
しばらくするとうしろからローザとフェイがこちらに走ってくる。
「おーい、ご主人様~」
ローザとフェイがシフトたちに合流するとそれぞれ感想を述べる。
「目の前の光景は全然変わっていなかったよ」
「ご主人様たちはうしろにいたはずだが・・・」
「ローザ、フェイ、2人とも大丈夫か?」
「問題ないよ」
「突然ご主人様たちが消えてびっくりした」
シフトはローザとフェイの無事を確認すると改めて目の前の空間を見る。
そこには何も変わらずにただ道があるだけだ。
「どうやらここより先は進んだ分だけうしろに戻されるようだな」
「それも普通に歩いたりしたら本人にはまったく気付かれずに一瞬にして移動させられています」
「不思議」
「空間が歪曲してるのか?」
「通路そのものに無限ループの罠が仕掛けてある感じだね」
「これ1人では絶対にクリアは不可能な気がしますわ」
現状ではこれ以上先に進めないので何かしらの打開策を考えなければならない。
シフトは自分が持つあるスキルに着目する。
「ご主人様?」
「試してみるか・・・みんな、これから僕がこの空間に干渉する。 上手くいけば前に進めるかもしれない」
「それは本当ですか?」
「実際に上手くいくかはやってみないとわからないけどね。 それじゃ、試しにやってみよう」
シフトは右手を前に出すと【次元干渉】を発動して夢幻の空間に干渉した。
この空間を本来あるべき姿に戻すことを念じながら・・・
すると空間に亀裂が入っていく。
ミシ・・・ミシ・・・バリ・・・バリ・・・バリ・・・
裂けていく空間を見てルマたちが驚いた。
「空間に亀裂が!!」
「どんどん広がっていく」
空間全体の隅々まで罅が入っていく。
ミシ・・・ミシミシミシ・・・パリイイイイイィーーーーーン!!
やがてすべてに行き届くと鏡が割れたような音を立てて夢幻の空間が消滅する。
シフトたちの目の前には自然はそのままに大理石でできた床が敷き詰められた神々しい空間が広がっていた。
その空間の最奥には滝が見える。
水の精霊がいた海底神殿も美しかったがここはそれに勝るとも劣らない場所だ。
後ろを見ればシフトたちが入ってきた扉がある。
「上手くいったようだな。 どうやらこれが本来の空間なのだろう」
「ご主人様、やりましたね」
「滝が現れた」
「これが本来の場所なのか」
「何はともあれこれで先に進めるね」
「行きましょう」
シフトたちは滝のあるほうへと歩いていく。
滝の近くまで来ると声が空間内に響いた。
『人の子よ。 汝らは霊薬を求めてここを訪れたのか?』
その声にシフトだけでなくルマたちも驚いていた。
「はい、その通りですわ」
ユールはその声の主にはっきりと言葉にして肯定した。
『目の前にある滝より流れるは霊薬だ。 持っていくがよい。 ただし、霊薬を求める者には試練が待ち受けよう』
試練と聞いてシフトたちは周りを見渡す。
しかし、何も襲ってこなかった。
「ご主人様、どう思います?」
「推測だけど僕たちが霊薬に手を出さない限りは試練はないのだろう」
「何もしなければあの扉から帰れってことだね」
「霊薬を手に入れれば試練が待ち構えていると解釈できるな」
「どうするの?」
シフトはユールを見る。
「ご主人様、わたくしは・・・」
「ユールの判断に任せるよ」
シフトの言葉にルマたちも同意するように頷く。
「わたくしは・・・わたくしは霊薬を持って帰りたいです」
「わかった。 ユール、霊薬を手に入れておいで」
「はい」
ユールが滝から落水してできた水溜まりの前に立つとどこからともなく無色透明な水差しが目の前に現れて宙に浮いていた。
それを両手でしっかりと受け取ると水差しを水溜まりの中にそっと入れる。
水差しに8割ほどの霊薬を入れると滝から取り出す。
それと同時に今まであった出入り口の扉が空間から消える。
『それでは汝らに試練を与えよう』
目が開けていられないほどの強烈な光が空間内に広がる。
その光はシフトたちを照らすとそこから影が伸びていく。
影はそのままシフトたちから分離された。
光が収まったのでシフトたちが周りを見ると後ろには黒い塊が6つある。
しばらくすると黒い塊は形を成しシフトたちへと姿を変えた。
ただし、その容姿には黒い影が色濃く表れている。
「あれは・・・」
「ご主人様がいます」
「ベルたちもいる」
「だけど皆色が暗いな」
「気のせいか向こうのぼくは胸が大きいような気がする」
「わたくしたちを模って何をさせるのでしょうか?」
空間内に声が響く。
『これより試練を開始する。 制限時間は無制限、勝利条件は汝らの影に打ち克つこと。 また、霊薬を手放すことで試練を放棄したと見做し終了とする。 何か質問はあるか?』
「仮に霊薬を手放して試練を放棄した場合、再度試練を受けることは可能か?」
『是。 何度でも挑戦することは可能』
「試練に打ち克つことができた場合は、再度試練を受けにくることは可能か?」
『是。 何度でも挑戦することは可能』
「僕が聞きたいことは以上だけど、みんなは聞きたいことはあるか?」
シフトがルマたちを見るが特にないようだ。
「僕たちからの質問は以上だ」
『了・・・汝らの準備は整ったか?』
シフトがルマたちを見ると全員頷く。
「僕たちはいつでもいいよ」
『それでは・・・始め』
シフトたちは試練に挑むのであった。