311.スターリイン王都終戦へ
戦いが始まってから24時間が経過した。
シフトたちの活躍により王都内及び王都外にいる化け物たちの殲滅に成功する。
この戦いによる負傷者は8000人を超え、死者も300人以上確認された。
王都内外では教会の神官たちが戦場を浄化している。
それとは別に治療部隊が負傷者を見て回っていた。
建物の損害も多く、特にドラゴンが破壊した王都中心部である貴族街と平民街の境目が酷い。
壁は破壊され、地面の石畳は高熱で融解して見る影もない。
また、この戦いにより王都内での犯罪が増加するが、巡回している警備兵によりすぐに取り押さえられた。
南の断崖では騎士たちや魔法士たちが戦後処理に奔走している。
モター、ドワーフの鍛冶王ラッグズはなんとか気力で起きているが、ルマとメーズサンは疲れからか爆睡していた。
そんな中、王都から離れたところでシフトとドラゴンは話す。
「ああ・・・とりあえず手伝ってくれて助かったよ」
『そ、そうですか・・・』
ドラゴンはシフトの微妙なニュアンスを察したのだろう、すまなそうに返事をする。
「ところでこれからどうするんだ?」
『できればわたしを襲った者の正体を知りたい。 そして、この脅威を仲間に伝えたい』
ドラゴンとしても今回自分が狙われたことに危機感を感じているらしく、同族に報告したいらしい。
「事の顛末は僕がだいたい知っているけど、整理してから話したい。 それまでここで待っててもらってもいいか?」
『わかりました。 どのくらい待てばいいですか?』
「4~5日・・・いや3日待ってもらえないか? 戦後処理で王都は今忙しいし、すぐには時間が取れないだろうから」
『3日ですか・・・了解したわ』
話が終わるとドラゴンから音が聞こえてきた。
ぐうぅ・・・
その音にシフトが反応する。
『あ・・・う・・・』
「もしかしてお腹が空いたのか?」
『は、はい・・・』
ドラゴンはあまりの恥ずかしさからか顔を背ける。
シフトは【空間収納】を発動するとサンドワームを1匹取り出した。
突然現れたサンドワームにドラゴンは驚く。
『な、何もない空間からモンスターが出てきた?!』
「このサンドワームは死んでいるので問題ないですよ。 あと、これは誰にも言わないでください」
『え、あ、はい』
ドラゴンはこくこくと頷いた。
シフトは龍鱗のナイフでサンドワームを輪切りにしていく。
「さて、あとは火を起こして焼くだけだ」
『それならわたしに任せてください』
「・・・任せるけどサンドワームの肉は焦げやすいから手加減して焼いたほうがいいぞ」
本当はサンドワームを焦がすのは難しいが、こうでも言っておかないとこのドラゴンのことだから絶対に焦がすだろう。
ドラゴンは軽く息を吸うとサンドワームに向かって最小限の炎を吐いた。
じゅうじゅう・・・
肉の焼ける音が聞こえてくるのと同時に香ばしい匂いがドラゴンの鼻腔をくすぐる。
ある程度焼けると炎を止めた。
『美味しそう』
「食べていいよ」
『本当ですか! ではいただきます!!』
ドラゴンは自分が焼いたサンドワームの肉を口に入れると噛み砕いて飲み込んだ。
『美味しい!!』
「そのサンドワームの肉は全部食べていいから」
『これまるごと1匹いいんですか! ありがとうございます!!』
ドラゴンは自分で火を通すと美味しそうにサンドワームの肉を次々と平らげていく。
しばらくするとサンドワームの肉はすべてドラゴンの胃袋に収まった。
『美味しかったです!!』
「お腹の具合はどう?」
『はい、これ一匹食べたのでお腹一杯です! 普段はこんなに食べられませんからね』
ドラゴンは満足な声を上げる。
その巨体を満足させるには普通の魔獣だと相当必要になるのだろう。
「それは良かった」
シフトは空間からもう1匹サンドワームを取り出す。
それから適度な大きさに切るとマジックバックに入れ直した。
「これでよし」
『あの・・・何をしてるんですか?』
「ああ、僕の能力はあまり人に見せるものじゃないからここで下準備をしているだけだよ」
『そうですか』
ドラゴンは自分が食べる分ではないと悟ると興味がなくなったようだ。
シフトは10匹ほど同じことを繰り返すと空間を閉じる。
「僕は王都に戻るからここで大人しくしていてくれ」
『わかりました』
シフトは【空間転移】を発動してルマたちのいる南の城壁へ転移した。
戻ってくるとルマとメーズサンが目を覚ます。
「ぅぅん・・・」
「ううー・・・」
「ルマ、大丈夫か?」
「ぁぁ・・・ご主人様・・・はぃ・・・」
「うぅ・・・ねむい・・・」
2人は意識を覚醒させると身体を伸ばす。
疲労があるのも無理もない、ルマは【風魔法】や【氷魔法】などで攻撃や補助に、メーズサンは未来視で先読みして戦況をコントロールするのに手一杯だったのだから。
シフトは近くで炊き出しをしている料理人のところに行くとマジックバックから先ほど切り分けたサンドワームの肉塊を1個取り出した。
あまりのことに周りにいる騎士たちや魔法士たちがその巨塊を2~3度見ては目を擦っている。
「あの・・・これは?」
「これは以前倒して手に入れた魔物の肉です。 よければ使ってください」
「ありがとうございます!」
「生肉なので早めに使ってくださいね」
「わかりました!」
その太っ腹な行為に周りにいた騎士たちや魔法士たちが歓声を上げる。
騎士たちや魔法士たちは料理人のところに殺到すると早速注文していた。
「俺は焼いた肉がいい! 肉は厚切りに!!」
「スープに入れてほしい!!」
「串焼きとかできないか?」
「みなさん、落ち着いてください! 要望には応えますから!!」
皆、肉の魅力に惹きつけられていた。
そこにルマ、モター、メーズサン、ラッグズがやってくる。
ラッグズが気になったのか質問してきた。
「シフト殿、あの肉は?」
「ああ、以前倒して手に入れた魔物の肉ですよ。 これから王都内・北門・東門・西門に行って配給する予定です」
モター、メーズサンも肉を見て喜んでいる。
「もしかしてデューゼレルで配給していた肉かな?」
「ええ、どうやら役に立ちそうです」
「ああ、あの肉ですか。 とても美味しかったことを憶えています」
「まぁ、あれだけの大きさです。 すぐにはなくならないからみなさんも食べてください」
モター、メーズサン、ラッグズは素直に頷いた。
シフトはルマに向き直り用件をいう。
「ルマ、僕はほかのところにも配りに行ってくるから、ルマもあれを食べながらここで休んでいて」
「わかりました」
シフトはルマたちから離れると転移で移動を開始した。
東門・北門・王都内中央と移動しては炊き出しのところに行ってサンドワームの肉塊を1個置いていく。
東門のローザ、ギューベ、クーリア、エルフの女長老エレンミィアからは素直に感謝した。
北門のユール、ギルバート、サリア、イーウィム、帝国の皇子エアディズからは少し呆れられた。
王都内中央のベル、リーン、皇国の皇子チーローからは普通に対応された。
どこに行っても騎士たちや魔法士たちは喜んでいたが。
そして、ついに西門に転移してきたシフト。
そこにはフェイ、アルデーツ、タイミュー、公国の王子ネクトン、そして・・・ナンゴーがいた。
最初に気付いたのはフェイだ。
「あ、ご主人様!」
『フェイ! しーっ・・・』
フェイに静かにしろとジェスチャーするも後の祭り。
そこに額に青筋を立てたナンゴーがやってきた。
シフトは内心で舌打ちをする。
「やぁ、シフト君、待ってたよ」
「別に待たなくてもよかったんじゃないか? ナンゴー辺境伯」
「いやいや、シフト君とは1度じっくりと話がしたいからな」
ナンゴーはそういうとシフトの肩をがっしりと掴む。
逃がすつもりはないらしい。
「ナンゴー辺境伯、ここで僕を見逃さないとここで頑張ってくれた騎士たちや魔法士たちが可哀想になるよ」
「シフト君、そんな脅しには乗らないぞ」
「アルデーツにほかの場所を確認させればわかるよ」
ナンゴーはアルデーツを見るとすぐに鷹の目で確認をしたのだろう、渋い顔をしていた。
「なるほど、シフトの言う通りかもしれないな、主よ」
「あん? どういうことだ?」
「ほかの場所では肉が大盤振る舞いされている」
それを聞いてフェイが飛びつく。
「ご主人様! それはどういうことなの?」
「いやなに、今回はどこも頑張ってくれただろ? それで僕が持っている魔物の肉を王都内・北門・東門・南の断崖の人たちに提供したんだけど、ナンゴー辺境伯が僕と話し合いをするとここには提供できないなって」
シフトはわざと大声で肉を持ってきたことをアピールした。
ここでナンゴーが引き下がらなければここにいる者たちは肉にありつけないぞっと脅しをかけたのだ。
肉という単語に西門を守っていた多くの騎士たちや魔法士たちが反応する。
ほかの場所では肉をみんな食べているのに自分たちだけ食べられない。
これだけ頑張ったのに褒美もないことに不満を抱き、そこに不公平感が生まれ争いの火種になることは間違いないだろう。
「ぐぬぬぬぬぬ・・・」
「それでどうします? ナンゴー辺境伯? 僕は付き合ってもいいですけど」
シフトはそう言いながら騎士たちや魔法士たちを見た。
彼ら彼女らの中ではシフトとナンゴーの結末により肉が食べられるかどうかがかかっている。
「シフト、てめぇ・・・」
「主、今回は主の負けです」
「くそぉ・・・シフト、覚えてろよ」
ナンゴーはシフトを放すとその場から離れた。
「さすがナンゴー、話がわかる」
シフトは炊き出しをしている料理人のところに行くとマジックバックからサンドワームの肉塊を1個取り出す。
その巨塊にナンゴーもアルデーツもタイミューもネクトンも目が点になる。
騎士たちや魔法士たちも巨塊を見て驚いていた。
そして、次の瞬間西門に歓声が鳴り響く。
「ちっ! あんなのを見せられたら怒るに怒れないだろ」
「そうですね、褒美としては金目の物を除けばこれ以上はないでしょう」
ナンゴーも辺境伯をやっているだけありその手の人心掌握術は心得ている。
この場にいる者たちの胃袋を掴んだシフトを糾弾すればナンゴーの立場は危うくなるだろう。
このあと西門もほかの場所と同様お祭り騒ぎになったのは言うまでもない。