310.予想外と期待外れ
戦い始めてから15時間が経過した。
上空には円を描く月が地上だけでなく空の闇も優しく照らしている。
シフトが東門の援軍に来てから形勢は逆転し、今ではギューベの指揮のもと騎士たちや魔法士たちが化け物たちを圧倒していた。
ローザ、クーリア、エルフの女長老エレンミィアは疲れからか少し休憩している。
その分シフトが3人分の働きをしたのは言うまでもない。
シフトが化け物を倒しているとギューベがやってきた。
「シフト殿、化け物たちも大分減ったのでここは私たちでなんとかなります」
「ギューベ様、わかりました。 ローザのこと頼みます」
「わかっています。 彼女はここでの戦力の要です。 絶対に守って見せます」
シフトは頷くと各方面の戦況を知るためにその場で空高く跳躍した。
王都内はほぼ落ち着いた感じだ。
西門はここからでは遠くてわからない。
北門を見ると東門と同じくらいかそれ以上に化け物の数が減っている。
ギルバート、サリア、イーウィム、3人の戦略が合わさり相乗効果で化け物たちを倒していく。
北門に配置したメンバーは戦いのプロたちが集まっているのだ。
簡単に負けるはずがない。
南の断崖を見るとドラゴンは動かずに佇んでいた。
「何をやってるんだ? あのドラゴンは・・・」
それだけいうとシフトはとりあえず【空間転移】を発動してルマたちのいる南の城壁へ転移する。
崖から降りてルマと合流した。
「ルマ、援軍に来たよ」
「あ・・・ご主人様・・・」
「シフト・・・」
ルマとメーズサンはまるで救世主が現れたようにシフトを見る。
その顔から疲労していることがわかり、ルマとメーズサンの目からはハイライトが消えていた。
周りでは大量の化け物が騎士たちや魔法士たちに襲い掛かる。
「? どうした? 何があった? もしかしてあのドラゴンが何かしたか?」
「ええ・・・まぁ・・・したといえばしたのですが・・・」
「悪気はないとは思うんですけど・・・」
「? よくわからないが手伝うよ」
シフトはすぐに戦線に加わる。
化け物たちの攻撃が激しく想像以上に手強くなっていた。
なんというか必死さを感じる。
「あれ? この化け物たちってこんなに強かったっけ?」
騎士たちや魔法士たちがいないところはシフトの【五感操作】で化け物たちの視覚と触覚を剥奪して足止めし、その間に混戦になっている場所へ援軍に行く。
シフトの対応によりここら辺にいる化け物たちの戦力が激減し、ルマたちにも少しずつ余裕が出てきた。
「ルマ、メーズサン、僕は前線のほうに行ってくるよ」
「わかりました」
「助かったよ、シフト」
ルマとメーズサンに一言いってからシフトは前線のほうへ移動した。
戦いながら前線に進むとモターの姿が見える。
「モター辺境伯、大丈夫か?」
「シフトか・・・これが大丈夫に見えるか?」
モターの周りの騎士たちや魔法士たちは引っ切り無しに化け物たちと戦っていた。
とても大丈夫そうには見えない。
「見えないな・・・すぐに加勢する」
「頼む」
シフトは片っ端から化け物を攻撃して動きを鈍らせる。
その隙に騎士たちや魔法士たちが袋叩きにして化け物を倒す。
ここでも騎士たちや魔法士たちがいないところはシフトの【五感操作】で化け物たちの視覚と触覚を封じていく。
シフトの活躍により先ほどまでの苦労が一変、モターたちはかなり楽をしながら化け物たちに対応するのであった。
「シフト! 本当に助かった!!」
「モター辺境伯、一体何があったんですか?」
「ああ、それなんだが・・・」
モターは口には出さなかったが、なぜかドラゴンをチラチラ見る。
(あのドラゴン、本当に何をやったんだ?)
ルマ、モター、メーズサンの反応を見て不安しか残っていない。
「と、とりあえず後で聞きます。 僕は最前線に行きます」
「シフト、気をつけてな」
モターと別れるとシフトは化け物を倒しながら最前線を目指す。
最前線に到着するとドワーフの鍛冶王ラッグズも疲れながら化け物の相手をしている。
「はぁはぁはぁ・・・せいっ!!」
ラッグズが上段切りの構えからオリハルコンの剣を振り下ろすと化け物は頭から縦線上に斬られて真っ二つになり、その場で塵となって消えた。
「ドワーフ王、大丈夫ですか?」
「シフト殿・・・なんとかな・・・」
「一体何があったんですか?」
ドラゴンを見ながらラッグズは語り出す。
「シフト殿が連れてきたドラゴンだが、戦力としては申し分ない・・・ないのだがこちらの連携の輪を乱してな・・・」
「ああ・・・そういうことか・・・」
多分援軍前まではルマや魔法士たちが足止めし、そこに騎士たちが攻撃するように連携をとっていたのだろう。
ドラゴンが我関せずと攻撃したことにより、後方は危険と察知した化け物たちがルマたちのほうに一斉に逃げるように移動した。
結果、ルマ達には化け物たちが暴走したように見える。
よく見るとドラゴンの足元には地面を思い切り踏んだ後がいくつもあった。
戦力として良かれと連れてきたドラゴンがまさか邪魔者兼置物扱いされるとはシフトとしても予想外の出来事だ。
ドラゴンを見ると王都内のときと同じように暇そうにしている。
状況を把握してシフトはげんなりした。
「ああ・・・だから手持ち無沙汰だったのか・・・」
「最初は大活躍だったものだからこのままいけると踏んだんだけどな・・・」
今になってルマ、モター、メーズサンの反応に納得してしまう。
本来なら挟撃して数を減らすはずが減らないどころか脅威が増したのだから不満にもなる。
「と、とりあえず加勢するよ・・・」
「頼む、このままではここがもたない」
シフトはすぐに化け物たちに攻撃を開始する。
最前線だけあってここには騎士たちや魔法士たちはほとんどいない。
まずは攻めてくる数を減らすためにシフトは【五感操作】で化け物たちの視覚と触覚を剥奪する。
これにより大多数の化け物たちが動きを止めた。
「よし! これで回復するまでの時間は稼げるはずだ!」
「化け物たちの動きを止めたか・・・さすがはシフト殿だな」
「時間が経てば動けるようになるから今のうちに周りで動いている者を倒そう」
「わかった」
シフトとラッグズは手当たり次第に化け物たちを斬り伏せる。
戦況が変わり最前線でともに戦っている騎士たちや魔法士たちの士気が上がった。
ある程度化け物たちを倒すと最初に動きを止めた化け物たちが回復して動き出す。
シフトはもう1度【五感操作】で動き出した化け物たちの視覚と触覚を剥奪していく。
これでまたしばらくは動けないはずだ。
少し余裕ができたところでシフトはラッグズに声をかける。
「ドワーフ王、ちょっとドラゴンのところに行ってくるから」
「いつ頃戻ってくる?」
「5分もかからないと思います」
「それなら大丈夫だ。 行ってこい」
シフトはドラゴンのところに転移する。
突然現れたシフトに暇そうにしていたドラゴンが驚く。
『きゃっ?!』
「すまない。 と、とりあえず後方支援ありがとう。 できればもう少し手伝ってくれるか?」
『別に構わないですよ』
「そうか、ちょっとあそこにいる化け物を相手にしてもらえないか?」
シフトが指さしたのは触覚を剥奪されて動けない化け物たちだ。
「今あの化け物たちは動けないようにしているから、その爪で攻撃してほしい」
『わかりました』
「あの位置まで送るよ」
シフトはドラゴンに手を触れて転移する。
目の前にはシフトが言ったように動けない化け物たちで溢れていた。
「それじゃここら辺一帯を頼んだよ。 僕は向こうで戦っているから」
『はい』
ドラゴンはその爪で化け物たちを攻撃し始めた。
動けない化け物たちはそれをもろに食らい、ある者は空高く舞い上がり、またある者は横に吹っ飛び、またある者はその重量に押し潰される。
問題ないことを確認するとシフトはラッグズのところに転移した。
「ただいま戻りました」
「お、おう・・・あのドラゴンが急に移動したのでびっくりしたぞ」
「手伝ってもらうようにお願いしてきました」
「すごいな、シフト殿」
シフトがいうようにドラゴンは後方から動けない化け物たちを次々とその爪で攻撃している。
死んで塵になる者もいれば、運悪く生き残って苦しんでいる者もいた。
ドラゴンの参戦で化け物の数がみるみる減っていく。
今まで死んだような目をして戦っていた騎士たちや魔法士たちに生気が戻ってきた。
まだ不安はあるがこれで南の断崖も何とかなりそうだ。
月が西に消えて太陽が東の地平線に現れる頃、シフトたちの活躍により南の断崖にいた化け物たちを殲滅することに成功した。