26.殲滅と戦後処理
50分後───
ゴブリンエンペラーとゴブリンナイトメアを失ったゴブリンたちは次々と殺されていく。
すぐ全滅するかと思ったが上位種ゴブリンジェネラル、ゴブリンプリースト、ゴブリンウィザード、ゴブリンアーティラリーたちを中心に陣形を整えて冒険者たちとミルバークの衛兵たちを攻撃していたのである。
中~上位種ゴブリンはシフトが【念動力】を使って次々と無力化していった。
いつしか戦力は逆転しついにはゴブリンたちを全滅させたのである。
余談だがシフトは戦っている最中に上位種ゴブリンや遥か彼方まで吹っ飛ばされたゴブリンエンペラーの死体をちゃっかり回収していた。
ゴブリンナイトメアを含め上位種ゴブリンの魔石は高く買い取ってくれるからだ。
みんながゴブリン退治で疲弊して動けないでいるなか、シフトは1人だけ魔石を取り出しては袋の中に入れていく。
これで当面の金欠はないとほくそ笑むシフトにベルが服を引っ張って声をかけてきた。
「ご主人様」
「どうした? ベル?」
「【鑑定】のレベルが上がった」
ベルは笑顔で報告するとシフトも素直に喜ぶ。
「! ベル、おめでとう。 何がわかるようになった?」
「え・・・っと、名前の判別とそれから物体(?)の簡易な情報かな?」
試しにシフトを鑑定すると『シフト 強い』と出たらしい。
シフトは内心でちょっとがっかりして世の中そんなに甘くはなかったと痛感した。
「それだとまだ料理は難しいか・・・」
「・・・ご主人様、ベル料理したい」
「ベル、ありがとう。 だけど無理しなくてもいいんだよ」
シフトの言葉にベルが首を横に振る。
「ベルが料理したいんです。 そしてご主人様に食べてもらいたい」
「・・・なら今度一緒に作ろうか?」
「! うん、作る!! ベル、ご主人様と一緒に料理作る!!!」
ベルは嬉しそうな顔で答える。
「なんだ?! これは!! どうなっているんだ?!」
森の方を見るとギルバートたちが平原にある冒険者やゴブリンたちの死体を見て驚いていた。
誰か説明できるのはいないかと辺りを見回すとシフトたちを見つけたので近寄って話しかけた。
「シフト君、これはいったいどういうことだ? なぜこれほどまでのゴブリンが平原にいる?」
「お疲れ様です、ギルドマスター。 手短に話すと上空で何か爆発してから倍以上のゴブリンが森から現れ、森と平原の境界線にいたCランク冒険者のほとんどが犠牲になりました。 また、町の衛兵がゴブリンと交戦しました」
シフトはギルバートの後ろにいるA~Bランク冒険者をちらっと見る。
ギルバートはシフトが何か言えないと悟って彼らに命令する。
「もう少し彼と詳しい話をしたいのでA~Bランク冒険者の諸君は町に戻り英気を養ってくれ。 明日以降になるがギルドから討伐の報奨金を出そう」
疲弊していたA~Bランク冒険者たちは喜びながらあるいは犠牲になった者たちを弔うために町へと戻っていく。
彼らを見送るとギルバートはシフトに向き直り話を再開する。
「さて、それでここで何があったのか詳しく教えてくれないか?」
「実は中~上位種のゴブリンも数十体紛れ込んでいました。 あとは特殊個体のゴブリンがあちらにいるので・・・」
シフトは奥のほうにギルバートを案内する。
そこにはゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーの死体が置かれていた。
「このゴブリンは?」
「おそらくゴブリンキングと同等の力をもった個体です」
「・・・なるほど・・・こっちにも特殊個体のゴブリンがいたのか・・・」
ギルバートの発言にシフトも驚きを隠せなかった。
「?! こっちにもってことはギルドマスターの方にも?」
「ああ、僕たちが戦ったのは王国騎士団長クラス並みの剣技を使うゴブリンと宮廷魔導士並みの魔法を自由自在に操るゴブリンだ。 そちらは?」
「・・・殺した相手の血肉を喰らうことで能力を取り込むゴブリンと、自分と味方の強化および敵の弱体化を同時に行う力場を展開するゴブリンです」
ギルバートは眉間に手を当てて溜息をついた。
「ふぅ・・・なるほどね。 今の話を聞いて森の奥にシフト君を連れて行かなくて正解だったよ。 もし連れて行ったら今頃町は壊滅していただろう」
「・・・それでも多くのC~Eランクの冒険者が犠牲になった。 僕は・・・」
「それ以上は言わなくてもいいよ。 シフト君には何か考えがあって自分を戒めているんだろ? なら君が今持てる力で救われた命がある。 それで十分だろう」
「・・・ありがとうございます」
余計な詮索をされずに済んだので素直に感謝する。
「さて、僕はもう少し戦場を見て回るよ。 シフト君たちは?」
「ゴブリンの襲撃がないのなら、町に戻ろうと思います」
「わかった。 町に戻ったらサリアに一言かけてくれないか? あとこの特殊個体のゴブリンも持ち帰ってギルドに提出してくれ」
「わかりました」
「それじゃ、僕はこれで」
「お疲れ様でした」
ギルバートはほかに生存者に話しかけに行った。
「さて、僕たちも町に戻ろうか?」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
「ローザとフェイだがこっちの外傷がほとんどないゴブリンを持って行ってくれないか?」
「「はい、お任せください」」
シフトがゴブリンナイトメアの首と身体を、ローザとフェイは2人がかりでゴブリンエンペラーを引きずって持って行った。
シフトたちがミルバークの町に戻るとあちらこちらで衛兵たちが死傷者を救助している。
「よお、坊主。 生きていたか!!」
衛兵アルフレッドが手を止めて声をかけてくれる。
「お疲れ様です。 町の方にもゴブリンが攻めてきたのはわかっていたのですが、僕たちも自分たちのことで手一杯だっだので・・・」
「おう、見てたぞ。 冒険者が頑張ってくれなければ今頃は俺たちも死んでたところだ。 それにしても・・・」
アルフレッドはシフトの担いでいるゴブリンの首無し死体を見る。
「昨日も言ったけど、坊主は死体と縁があるのか? これで3度目だぞ」
「ああ、これはギルドマスターに頼まれて今からギルドに持っていくところです」
「そういうことだったのか。 それは大変だな」
「ええ、これも仕事ですから」
「そうか、引き留めて悪かったな」
じゃあなと言ってアルフレッドは仕事を再開した。
冒険者ギルドにつくとサリアがシフトに気づいてやってきた。
「シフト様、ルマ様、ベル様、ローザ様、フェイ様、ユール様、よくぞご無事で・・・」
「サリアさんも無事で何よりです。 ギルドマスターから2つ言伝を頼まれていました」
「ギルマスから? それで言伝とは?」
「1つ目は草原で戦った冒険者たちの死傷者の回収と救護活動です。 2つ目がこの特殊個体のゴブリンをギルドに持っていってほしいとのことです」
「畏まりましたわ。 手の空いている従業員に救護活動へ行ってもらうわ。 それとこのゴブリンの遺体は私の方で責任をもって預かるわ」
「そういえばこの特殊個体のゴブリンの名前って何ですか?」
「私も知らないわね・・・ちょっと待ってね」
サリアは受付から[鑑定石]を持ってくると鑑定を始めた。
「え・・・っとシフト様が担いでいるのがゴブリンナイトメア、ローザ様とフェイ様が担いでいるのがゴブリンエンペラーですね」
「ゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラー? 初めて聞く名前ですね」
「長年この仕事をしてきましたが私も初めて聞く名前です」
「ところでこの遺体はどこに持っていけば・・・」
「これは失礼しました。 解体所にお願いします」
[鑑定石]を受付に戻すとサリアに連れられて解体所に着くとゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーを置いた。
「お疲れ様でした。 今日はこれから宿へ?」
「はい、『猫の憩い亭』に行って1泊予定です」
「まだ日も高いし時間があるならちょっと話さない?」
「僕は構いませんが・・・あ、こちらもお願いがあるのですがいいですか?」
「ええ、なら受付の隣にあるフリースペースで話しましょう」
フリースペースにつくとサリアが御茶7つと茶菓子を持ってやってきた。
シフトたちに御茶を配るとサリアも自分が持ってきた御茶を少し啜ってから話し始めた。
「それで話というのは今回の討伐だけど、私も口伝でしか情報が入ってこなかったのでできれば討伐参加者から事の顛末を聞きたいと思って・・・」
「わかりました、できる限りお話しします」
シフトはギルバートにも説明した内容をサリアに話した。
「なるほど・・・森の奥だけでなく平原にも特殊個体のゴブリンが現れたのですね。 シフト様がいなければこの町も危なかったでしょう。 ありがとうございます」
「それでこちらのお願いなのですが、先ほどの討伐で手に入れたゴブリンの魔石を買い取っていただけないでしょうか?」
「本来なら明日以降なのですが・・・何か入用なのでしょう?」
「ええ、それもありますが、手元にあるお金が心許なくて・・・」
「なるほど、わかりました。 [鑑定石]を持ってきますので少々お待ちください」
サリアが[鑑定石]を持ってくる間にシフトは魔石が入った袋を机の上に置く。
「お待たせしました。 こちらが魔石ですね。 すぐに鑑定しますわ」
サリアは手際よく魔石を鑑定している。
「ゴブリンジェネラル、ゴブリンプリースト、ゴブリンウィザード、ゴブリンアーティラリー・・・小・中位種だけでなく上位種の魔石まで・・・よく生きていましたね」
「運だけは良いので」
「・・・確かに、冒険者登録証を発行する際に[鑑定石]で確認したけど運が異常に高かったのは覚えているわ」
「運は運でも悪運が強いなのかもしれませんけどね・・・」
シフトは自分の運が異常でまだ限界に達していないことを思い出す。
「それはちょっと・・・と、鑑定が終わったけどゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーの魔石はなかったわね?」
「僕の方で使いたいと思っていたのですが・・・売らないとダメですか?」
「ダメではないけど珍しい魔石なので鑑定してみたいと思ってね」
「鑑定だけなら構いませんよ」
袋からゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーの魔石を取り出すとサリアの前に置いた。
「これが・・・じゃあ鑑定っと・・・うわぁ、2つとも凄い魔石ね。 ゴブリンキングと甲乙つけ難いわ」
サリアは目を輝かせてみていたが、鑑定を終えるとシフトに魔石を返した。
「ありがとうね、今お金を用意するからここで待っててね」
サリアは[鑑定石]とメモ帳を持って受付に向かった。
しばらくして革袋と一枚の紙を持って戻ってきた。
「今回の代金だけど中・上位種の魔石が大量に入っていたので金貨50枚よ。 それとこちらは『猫の憩い亭』の受付に渡してね」
「こんなに頂いていいんですか?」
「あ、それについてなんですけど、今回ギルドで大々的に討伐依頼かけたじゃないですか。 多くの死傷者が出てそれに対する慰霊金やら障害保障金やら退職金やらが必要で・・・もちろん頑張ってくれた人たちにも報奨金を支払わないといけないしね・・・」
やらなければならないことが多くてサリアは疲れた顔で愚痴を零した。
「(戦死者遺族への対応や負傷または部位欠損などでの冒険者家業の停止または失業、過酷すぎる戦いでの冒険者引退に今回参加した冒険者全員への礼金か) ・・・なるほど・・・」
「頑張っていただいたシフト様たちには本当はもっと色を付けたかったんですけど明日の支払いでどれだけお金が飛ぶかと考えるとね・・・ごめんなさいね」
「いえ、予想よりも多かったのでビックリしただけです」
「ゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーの魔石もっていわれなくて助かったわ」
「いくらくらいになるんですか?」
「最低でも1つ金貨100枚以上です。 因みに上位種のゴブリンジェネラル、ゴブリンプリースト、ゴブリンウィザード、ゴブリンアーティラリーの買取価格が各金貨1~3枚前後です」
その額を聞いたシフトたちは驚愕する。
「金貨100枚?!」
「桁が違う」
「それはなんとも・・・」
「100倍も違うの?!」
「強かったですからね」
「あくまでも最低買取価格です。 ギルドとしてもゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーの魔石を今買取要求されなくて助かってます」
サリアは心の底からほっとした笑顔を見せた。
「そうですか。 僕としてもサリアさんの判断に不服はありません」
「そう言っていただけて助かります、シフト様」
シフトは革袋と紙を手にすると席を立ちあがった。
「それでは僕たちはこれで失礼します」
「ええ、今日はお疲れでしょう? 宿で英気を養ってください」
シフトたちはサリアに一礼すると冒険者ギルドをあとにするのだった。
3時間後───
執務室でサリアが部下たちからの被害状況や明日の支払いについてまとめているとギルバートが戻ってきた。
「・・・サリア様、只今戻りました」
「お疲れ様、戦後処理ご苦労様」
「いえ、サリア様がギルド職員を送ってくれたことでスムーズに処理できました」
ギルバートは戦後処理に奔走していたのか珍しく顔に疲れが出ていた。
「彼から聞いたわ。 森の奥と平原に特殊個体のゴブリンがでたことを・・・」
「ええ、シフト君がいなかったら今頃ここは戦火の渦に巻き込まれていたでしょう」
「まぁ、そうなる前に私が打って出るしかないでしょうけどね」
「!」
サリアの一言に凍り付くギルバート。
「そこまで驚かなくても・・・」
「驚くなという方が無理です。 あなた様が動けば一大事になりますから・・・」
ギルバートはサリアが動いた時のことを想像して身震いする。
「動かなくても今回は一大事になっているでしょう? 正直ゴブリンが2手に分かれて行動するなんて思いもしなかったわ」
「僕も森の奥にいたゴブリンチャンピオンとゴブリンセージという特殊個体がいたときは正直シフト君を強引にでも連れて行けばよかったなと思ってましたから」
ギルバートの一言で今度はサリアが溜息をつく。
「結果的にはあなたと彼がそれぞれの場所にいたから被害は最小限に済んだと判断しているわ」
「A~Bランクはそこまで被害がないですが、C~Eランクに被害が多く、それもCランクが壊滅的な被害を受けました」
「・・・あなたも彼もよくやってくれたわ。 この町の代表として礼を言うわ」
「勿体ないお言葉です」
ギルバートはサリアに対し最敬礼で応える。
「今回の討伐に関してはA~Bランクは報奨金と戦死者への慰霊金、C以下のランクはそれに加えランクの格上げをするわ」
「御意」
「それとこれからの方針だけどA~Bランクは後進の育成を手伝ってもらうような依頼を発注するわ。 ギルド職員には障害で仕事復帰が困難な冒険者のケアも実施する」
「なるほど、生き残った彼らをギルドの新しい中核に持っていくのですね?」
「そういうこと。 ここではA~Bランクの依頼はあまりないしC~Eランクの依頼を彼らが受けてしまうのも問題ありだし・・・」
サリアの考えにギルバートも賛同を示すように頷く。
「場合によってはギルマス権限を使って対応します」
「それは最終手段でお願い。 それと人選に問題なければ新規で冒険者になりたい人や冒険者に復帰したい人も積極的に取り込みたいわね。 できれば彼もここに定住してほしいところだけど」
2人はシフトのことを思い出す。
苦戦しつつもなんとかゴブリンチャンピオンとゴブリンセージを倒したギルバートと違い、ルマたちに怪我すらさせずにゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーを圧倒的な力で倒したシフト、彼の強さは異常だ。
できれば自分たちのギルドに取り込みたい、そして今後も良い関係を築いていきたい。
「ええ、シフト君の生い立ちや秘密はわからないですが、彼がいてくれればこれ以上ないほど心強いですよ」
「あら、あなたにそんなに言われるなんてちょっと、いやかなり妬けちゃうわね」
「妬んで排除しないでくださいよ?」
「『今のうちに消しましょうか?』って物騒なことを言ったのはどこの誰かしら?」
「う゛・・・」
くすくす笑いながらギルバートを弄るサリアであった。




