220.ヴァルファールの西へ
滞在3日目───
久しぶりにベルの料理を堪能した翌日、朝市が行われると聞いてシフトたちとベルの姉リーン、ベルの母親クローシュ、それに老執事ヴィルウェムの9人で首都の商店街を訪れる。
店先には多くの食材、香辛料がこれでもかと販売していた。
そんな中シフトはある食材を見ると目を細める。
その食材とは茸だ。
(そうか・・・もうそんな時期か・・・)
今は国歴1854年、季節は紅葉をむかえる時期。
そこには取れたての種類豊富な茸を始め、野菜ならさつまいも、果物なら林檎、栗、柿と時期を代表する食材が置かれていた。
「ご主人様、いかがなさいましたか?」
「美味しそうな食物がたくさんあるなって思ったのさ。 ベル、できるだけ多くの食料を購入したい」
「うん、美味しい食物いっぱい見つける」
ベルが両手を握りしめるとシフトに応えるために【鑑定】を発動させて食材を選び始めた。
「これとこれとこれと・・・あとこれ・・・」
ベルは次々と新鮮な食材を選んでいく。
リーンとクローシュ、ヴィルウェムが驚いた顔でベルを見る。
「ベルの目が光ってる」
「もしかするとこれがベルのスキルかしら」
「ええ、ベルのスキルである【鑑定】です」
「そうですか・・・」
ギャンザーを狂わす切っ掛けとなったスキル【鑑定】を見て、リーンとクローシュ、ヴィルウェムは複雑な顔をしていた。
そうこうしているうちにベルが選んだ量がとんでもない数になりつつある。
「お、お客さ・・・お客様、そ、そんなに買えるんですか?」
店主が訪ねたのでシフトは懐の袋から金貨3枚ほどを取り出す。
「これで足りるかな?」
それを見て店主が目を見開いた。
「た、足りるどころか多すぎですよ。 それより持って帰れるんですか?」
シフトが答えようとするよりも早くヴィルウェムが答える。
「それならベルお嬢様が選んだ食材を領主の館に運んでもらえますかな?」
「ええ、それくらいならお安い御用です」
ヴィルウェムはヴァルファールに長年使えているだけあり、市井にも顔が利くようだ。
そんな会話をしていると横からシフトの金貨が入った袋を引っ手繰ろうと男が走って近づいてきた。
「ご主人様の物を取ろうとするなんてダメでしょ」
だが、それを逸早く察知したフェイがあっさりと捕まえる。
「なっ?! こ、この・・・」
「暴れるならこのまま腕の骨を折るよ?」
騒ぎを嗅ぎつけた、否元々近くにいた護衛たちのうちの2人がやってくると、フェイは引っ手繰り犯を引き渡す。
「く、くそっ! 放せ!!」
「ベルお嬢様の買い物を邪魔するとは許さん」
「牢に入ってもらう」
引っ手繰り犯は両腕の自由を奪われるとそのままずるずると引き摺られていった。
「こんなところかな?」
ベルが食材を選び終わる。
1つ1つは銅貨1~10枚ほどの値段だがその数が尋常ではなかった。
「いくらになるかな?」
「えっと・・・銀貨50枚ほどです」
シフトは銀貨を60枚出して店主に渡す。
「はい、運送の手間賃分も渡しておくよ」
「こ、こんなに?! あ、ありがとうございます! 必ず領主の館にお届けします!」
店主は営業スマイルではない本当の笑顔でシフトたちに対応する。
「次は卵か香辛料の店に行こうか」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトたちはそれからも色々な店を見て回る。
朝市を見終わると太陽が頂上に近づきつつあった。
館に戻ると使用人の1人がシフトが購入した食材を置いた大きな部屋へと案内する。
そこには大量の食材が入った大きな箱が7箱置かれていた。
中身は野菜、果物、パン、卵、香辛料などがぎっしりと詰まっている。
総額にすれば金貨10枚はするだろう。
値段的に高かったのは卵、香辛料だがそれは希少であるから仕方がない。
シフトはヴィルウェムと使用人に礼を言う。
「ありがとうございます。 もし良ければ購入した食材や香辛料を少し持って行ってください」
「いえ、それについては定期的に農家や市場で購入しているので大丈夫です」
「そうですか? わかりました」
「それでは失礼します」
ヴィルウェムと使用人はシフトたちに一礼すると部屋を出て行った。
シフトは【空間収納】を発動して食材の入った箱を1つ持ち上げると中身を空間に流し込んでいく。
流し終わると残りの6箱も同様に空間に流し入れる。
空間内にある食材に問題がないことを確認してシフトは満足した。
「ふぅ、これで当分は食材の心配はなくなったな」
「ええ、これだけあれば長旅に出てもそうそう尽きることはないでしょう」
今までの旅で普通の食材や香辛料が底を尽きかけていたのでここで大量購入できたのは大きい。
もしなくてもサンドワームや魔獣の肉が空間内に大量にあるので困らなくはないが、いつも同じだとさすがに飽きてくるだろう。
「ご主人様」
「ベル、どうした?」
「館のみんなにお礼がしたい」
「さっきしようとして断られたばかりだけど・・・」
「それは普通の食材が間に合っているから。 だけど肉なら喜ぶ」
「ああ、なるほどね」
牛、豚、鶏、羊などの動物や魔獣などの肉は贅を尽くした者でなければ中々食べられない。
シフトは空間から魔獣を30匹ほど出すと空間を閉じる。
ルマは【氷魔法】を発動すると魔獣たちの鮮度が落ちないように氷で覆うように凍らせた。
「滞在期間のお礼はとりあえずこれにしよう」
「きっとみんなも喜ぶ」
ベルがヴィルウェムや使用人たちを呼んで返礼品と魔獣たちを指さすと皆口を大きく開けて呆けていたのは言うまでもない。
大喜びはしたものの貯蔵庫には全部は入りきらず、結局10匹は余ってしまう。
8匹の魔獣は市場へ流し、残りの2匹はその場で解体して焼肉パーティーで館の人々の胃袋に収まった。
滞在4日目───
朝食の時にシフトはリーンとクローシュに今日発つことを伝える。
「え? もう行ってしまうの? ベル、もう少し、もう少しだけここにいましょうよ?」
「こら、リーン。 我儘言わないの。 シフトさんたちにも都合があるのよ」
「母様、だって・・・」
「だってではありません。 リーンも名誉伯爵の仕事があるのですから、いつまでもベルに付きっ切りではいられないでしょう?」
「ううぅ・・・そうだけどぉ・・・」
リーンは悲しい顔をする。
「えっと、またベルを連れて遊びに来ますので・・・」
「絶対ですよ?」
「ははは・・・わかりました」
朝食を終えたシフトたちは館の門を出ると一緒に見送りにきたリーンとクローシュに礼を言う。
「短い間でしたがお世話になりました」
「こちらこそベルを連れてきてくれてありがとう」
「あと、魔獣の肉を提供してくれたことにも感謝するわ」
リーンとクローシュもシフトに礼を言う。
「ベル」
「・・・」
シフトに背中を押されてベルは1歩前に出るが何を話せばいいのかわからずに迷っていた。
するとリーンとクローシュがベルに抱き着く。
「ベル、元気でね」
「必ずまた会いましょう」
「・・・うん」
ベルから離れるとリーンとクローシュが笑顔でシフトたちを見る。
「あなたたちに良い旅を」
「また遊びに来てください」
「ええ、また来ます。 それでは失礼します」
シフトたちは館から離れていった。
しばらくすると西門を目指して歩き出す。
「ご主人様、そちらは西門ですよ? これからどこに向かわれるのですか?」
「これから西にある砂漠に行く」
ルマたちは砂漠という単語で顔が引き攣る。
「砂漠って・・・まさか・・・」
「そう、サンドワームがいる砂漠だ。 といっても行先は砂漠の一歩手前の草原なんだけどね」
「そんなところで何を?」
「ここでは言えない。 誰が聞いているかわからないからね」
「「「「「・・・」」」」」
シフトとしても大事にしたくないのでわざわざ砂漠の近くの草原を選んだ。
西門を出て森を目指して歩く。
空を見上げればどんよりした空から雨が降ってきた。
それは突然威力が増して強く降ってくる。
本来であれば嬉しくないが、シフトにとっては恵みの雨となった。
雨が遮蔽物となってシフトたちを隠してくれる。
シフトは【空間収納】を発動すると魔動車を取り出して空間を閉じる。
「みんな、魔動車に乗って!」
「「「「「は、はい!」」」」」
魔動車に乗ると皆はいつもの定位置につく。
「これで一気に西へと移動する。 僕は今回は飛行のみに専念する。 ベル、フェイ、ユールはいつも通りに、ルマは今回は操縦を頼む」
「「「「畏まりました、ご主人様」」」」
シフトたちが乗った魔動車が西へ移動を開始した。
視界が悪いので今回は時速は40~50キロ、高度も50メートルほどにして安全飛行を心かける。
森を半分過ぎたところで雨から抜けることができたのであとは砂漠地帯を目指して突き進む。
5時間後、シフトたちは森を抜けた。
そこには草原とその先には見覚えのある砂漠が広がっている。
シフトは高度をゆっくりと下げていき草原へと着地した。
しばらくすると魔動車が停止する。
シフトたちは魔動車から降りるとだだっ広い草原を見ていた。
「どうやら無事についたようだな」
「そうですね」
「ところでご主人様、ここで何をするのかな?」
「ここならもう誰も来ないから大丈夫かな」
シフトたちは周りに誰もいないことを確認すると【次元遮断】を発動して半径100メートルを外界から隔離する。
続いて【空間収納】を発動して魔動車をしまう。
さらに厚さ2メートル、縦横30メートル四方の地面の土を空間に回収する。
「ルマ、この穴に氷を作ってくれ。 それも可能な限り頑強に」
「畏まりました」
ルマは【氷魔法】を発動してシフトが空けた地面に氷を生成する。
「ふぅ・・・ご主人様、できました」
「ありがとう、それじゃこれからあるモノを取り出すけどみんな驚かないでね」
「「「「「??」」」」」
ルマたちは不思議そうにシフトを見る。
シフトは空間からあれを取り出すとルマが生成した氷の上に置く。
「「「「「えええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!!!!!」」」」」
それを見たルマたちは驚いて大声で叫んでしまった。




