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219.ヴァルファールでの滞在

滞在1日目───

ご主人様の決定で数日の間ベルの実家であるヴァルファールの館で過ごすことになった。

(久しぶりの実家)

口では嫌がっていたけどいざ家の中を見ると何も変わっていなかった。

変わったことといえばリーンお姉さまがベルにべったりであることと母様が心労からか白髪が増えて凄く老けてしまったことだ。

ベルは昔を思い出す。

リーンお姉さまはもっと凛々しかった。

母様も美しい髪に美しい顔立ちだった。

ベルがスキル鑑定の儀で【鑑定】を授与されたばかりに2人には迷惑をかけてしまった。

いや、リーンお姉さまと母様だけじゃない。

以前宿屋で聞いた話だと館の大半の人々が父様に抗議していた。

それに対して父様は逆らう者には容赦しなかった。

父様は当時からこのヴァルファールで一番強い人だ。

父様の部下や冒険者で父様に勝てる人などいない。

そのため父様に逆らう者など誰もいなかった。

これからもヴァルファールの統治は父様が死ぬまで続くものと考えていた。

だけど、そうはならなかった。

ベルのご主人様が父様を殺したからだ。

これで父様の長年に亘る恐怖統治からヴァルファールは解放された。

これからはリーンお姉さまとその子孫がヴァルファールを良い方向に導いてくれるだろう。


ベルは館を1人で歩いていると1つの部屋があった。

何気にその部屋を開けるとそこは何もないただの部屋。

だけど、なんだか懐かしい。

(なんだろう・・・何もないのに懐かしく感じるなんて・・・)

ベルが感慨に耽っていると廊下の奥からこちらに駆けてくる音と共に声が聞こえる。

「ベルウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!!!!!!!」

この声の主はすぐにわかる。

ベルが声がしたほうに振り向くのと声の主が抱きついたのは同時である。

「ベル! どうしたのこんなところで?」

声の主はリーンお姉さまだ。

昔はこんなことをする人じゃなかったのに、どうしてこんな残念な人になったんだろう。

ベルはそっぽを向きながら答える。

「・・・なんでもない」

「そう? ベルも自分の部屋が懐かしくてここに来たんでしょ?」

リーンお姉さまの一言にベルは驚いた。

(自分の部屋? ここが? だけどそうかここはベルの部屋だから・・・)

ベルはなんとなく懐かしく感じた理由がわかった。

「そうなの?」

「そうよ。 ここは元々ベルの部屋だったの・・・父様がベルを家から追い出すまでは」

「今は違うの?」

「父様にとっては空き部屋でも私や母様、それにこの館にいる大半の者は今でもここはベルの部屋だと思っているわ」

いつもは抱きつかれて鬱陶しいけど、今のリーンお姉さまはベルを優しく抱擁している。

「父様はベルがスキル鑑定の儀から帰ってくると使用人にこの部屋にある物すべてを捨てさせたわ。 まるで最初からここには何もなかったように・・・」

リーンお姉さまはそれだけ言うとギュッと抱きしめる。

「けど、それも今日でお終い。 ベル、今日からここはあなたの部屋よ。 だから・・・」

リーンお姉さまは苦しいほどにベルを抱きしめた。

「だから帰ってきて・・・お願い」

いつの間にかリーンお姉さまの目から涙が流れていた。

(そうか・・・リーンお姉さまも寂しかったんだ・・・)

ベルはここ(ヴァルファール家)を追放されてからご主人様と出会うまで、ただ生きることしか考えていなかった。

しかし、リーンお姉さまは、いや母様もこの館の人たちもベルが追放されてから今までずっと心配してくれた。

快諾するか、拒絶するか。

その答えならベルはすでに決めている。

「ごめんなさい。 ベルはもう自分の生きる道を決めたから」

拒絶。

それがベルが出した答えだ。

「・・・そう・・・」

リーンお姉さまは悲しげな声でベルから離れる。

「母様も悲しむわね」

「・・・」

「そんな悲しい顔しないで、私は・・・いえ、母様も皆もベルが幸せであってほしいと願っているから」

リーンお姉さまは背を向けると来た道を戻っていく。

その背中は悲しさに覆われていた。


ベルは中庭を歩いているとガゼボの中で母様がお茶を楽しんでいた。

ベルに気付いた母様が優しく声をかけてくる。

「あら、ベル。 こんなところでどうしたの?」

「散歩」

「もし良かったら一緒にお茶をしない?」

「・・・わかった」

母様付きのメイドが椅子を引いてくれたので座る。

メイドは手際良く紅茶を入れるとベルの目の前に音を立てないようにそっと置く。

「お菓子もあるから遠慮なく食べてね」

「・・・うん」

ベルは勧められるままに紅茶とお菓子をいただく。

「美味しい」

「ふふふ・・・良かったわ」

しばらく無言が続く。

ベルは思い切って母様に尋ねてみる。

「何も聞かないの?」

母様はカップをとると紅茶を少し口に含む。

少し間をおいてから母様は口を開いた。

「ベル、リーンと違って母はもう覚悟はできています。 あなた(ベル)ここ(ヴァルファール家)に残らないことも」

「・・・」

「本音を言えば悲しいし手放したくない。 だけど、あなた(ベル)が決めた道を母は応援しています」

母様は笑顔でベルを見る。

「ただこれだけは覚えておいて。 もし苦しくて辛いことがあればいつでもここ(ヴァルファール家)に戻ってきていいのよ」

「・・・」

「できれば時間を作って会いに来てくれると母もリーンも嬉しいけれど」

ベルは何とも言えない。

こういう時、ベルはまだまだ子供だと痛感させられる。

「そんな困った顔しないで。 ベルにはシフトさんがついているもの、今のあなた(ベル)の居場所はあの人(シフトさん)の中であるはずよ」

「・・・うん、その通り」

「それならシフトさんの隣に立って迷わず進めばいいのよ」

母様は優しく諭してくれた。

ベルは紅茶を飲み終えると席を立つ。

「お茶、美味しかった」

「また、一緒にお茶しましょう」

ベルは頷くとその場を後にした。


滞在2日目───

その日、ベルは厨房に立っていた。

そこでは料理人たちがベルの料理を手伝ってくれる。

といっても、ベルの作った料理を盛り付けていくだけ。

「ベルお嬢様、これでよろしいですか?」

ベルは料理はできても繊細な盛り付けはできないので正直助かる。

「うん、できたものから持っていって」

「畏まりました」

執事やメイドが恭しく礼をするとできた皿を次々と持っていく。

なぜベルが料理をしているのか。

事の発端は昨日の夕食のことだ。


ベルたちはリーンお姉さまと母様を交えて優雅な食事を堪能していた。

「うん、美味しいね」

「とても美味しいわ」

「これ程とは・・・余程腕が立つのだろう」

「美味い! これ美味いよ!」

「本当ですわね。 美味しくて食べ過ぎてしまいそうですわ」

美味しそうに食べるご主人様たち。

「良かったです。 料理人たちも皆喜んでくれるでしょう」

「そうね、今日はいつもより張り切って作っているのがわかるわ」

リーンお姉さまと母様が普段よりも美味いと褒めている。

今までの話を思い出すとベルが来たから料理人たちが俄然張り切っているのだろう。

「・・・」

そんな食事をしているとベルは黙って食べていた。

「ベル、どうした?」

「ベルもこれくらい上手く作れれば、ご主人様に満足してもらえるのに・・・」

ダアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!

突然机を叩く音がする。

その一言にリーンお姉さまが過剰に反応した。

「ベ、ベ、ベ、ベル?! い、今なんて言ったの?!」

「? 満足してもらえるのに?」

リーンお姉さまは首を横に振る。

「違う! もっと前!!」

「? ご主人様?」

リーンお姉さまは更に首を横に振る。

「そうじゃなくて!!」

「? ご主人様に満足してもらえるのに?」

リーンお姉さまはこれでもかと首を横に振る。

「もっと前!!」

「? 上手く作れれば?」

リーンお姉さまは首を縦に振る。

「そう! それ! ベル! 料理作れたの?!」

「うん、スキル【料理】を持っている」

「なんでそんな重要なことを隠しているのよ!!」

「聞かれなかったから」

「はう!」

リーンお姉さまはなぜか胸を押さえる。

「み、皆さんはベルの料理を?」

「ええ、食べてます」

「ベルがいてとても助かってます」

「腕が上がる度に食事が楽しみになった」

「この料理に負けないくらい美味いよ」

「いつも美味しいものを提供してくださいますわ」

「がーん・・・」

ご主人様たちの言葉にリーンお姉さまは今度は頭を抱える。

「そういえばマーリィアも美味しそうに食べてた」

「なんですってえええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!!!!!」

リーンお姉さまは淑女にあるまじき声を出していた。

「なんで?! どうしてマーリィア王女殿下がベルの料理を食べているのよおおおおおぉーーーーーっ!!」

リーンお姉さまの前にマーリィアが口元を扇で隠して勝ち誇っているような幻影が一瞬見えた。

それと同時にリーンお姉さまの流している涙が血の涙に見える。

きっと気のせいだろう。

「ベル! 私も! 私もベルの料理が食べたい!!」

「あらあら、それなら母も食べたいわ」

リーンお姉さまと母様がベルを見る。

ベルはご主人様に伺う。

「ご主人様?」

「ベルの好きにしたらいいよ」

「それなら料理を作る」

ベルの一言でリーンお姉さまが笑顔になる。

「それなら今からでも・・・ああ、だけどベルに包丁なんて持たしたら危ないし・・・」

「リーン、落ち着きなさい。 ベル、明日のお昼にお願いしたいわ」

「わかった」

母様の一言でベルが料理をすることになった。


そして、ベルは今調理場で料理をしている。

最初はベルが料理することに料理人たちが難色を示していたが、卵焼きを出して食べてもらったところ大絶賛された。

(? 卵焼きでなんでこんなに喜んでいるのだろう?)

ベルの腕を知った料理人たちが全面的に協力してくれた。

いざ料理を作り始めるとどこから噂を聞き付けたのか執事やメイド、衛兵や文官など多くの人が調理場を訪れる。

ここに来た人たち全員がベルが作った卵焼きが食べられると聞いて来たと言ってるので、ベルは料理の合間に卵焼きを作ってはその人たちに渡す。

みんな食べると幸せそうな顔をしてそれから現場へと戻っていく。

しばらくの間はリーンお姉さまたちに出す料理と訪問者への卵焼き作りに忙しかった。

訪問者が落ち着いたところでベルは料理に集中する。

時間が来て次々にベルの作った料理をリーンお姉さまたちに出していく。

ある程度料理を出し終わると調理場にリーンお姉さまがやってきた。

「ベル! 私にも卵焼き作ってぇ!!」

「? ()()()なら出したけど?」

「違う! 卵焼き! 使用人たちがベルの卵焼きは絶賛だって言ってたのよ? どうして同じものを出してくれないの!!」

「手間暇かけた料理のほうが良いかと思ったから」

その一言にリーンお姉さまはなぜか胸を押さえる。

「はう! そんなこと言われたら怒るに怒れないじゃない」

リーンお姉さまの顔はなぜかご満悦だ。

ベルはフライパンを取り出す。

「リクエストに応える。 卵焼き食べてって」

ベルは手早く卵焼きを作り、リーンお姉さまに渡すとすぐに食べ始める。

「うーーーーーん、美味しいぃーーーーーっ! ありがとう、ベル!!」

「うん、あとでデザートも持ってかせる」

「わかったわ」

そういうと卵焼きを食べ終わったリーンお姉さまが調理場から去っていく。

ベルは料理人たちに声をかける。

「あと少しだからみんな頑張ろう」

「「「「「おおぉー!!」」」」」

リーンお姉さまたちにデザートを提供して、ベルの料理はこれで終わる。

忙しかったけど、みんな幸せそうで良かった。

ベルはここ(ヴァルファール家)にはいられないけど、リーンお姉さま、母様、館のみんな、これからも幸せな笑顔が続きますように。


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