208.Vsギャンザー 〔無双劇42〕〔※残酷描写有り〕
シフトは【空間収納】を発動すると巨大な氷の塊を空間にしまうと閉じた。
足場を失ったシフトはそのまま落下して地上に着地する。
目の前には炎の壁が展開されていた。
しばらくすると炎の壁が消失する。
そこには老若男女の人間だけでなく、ゴブリンやオークなどの魔物や、狼や熊などの魔獣が大勢いた。
ただし、その目は正気を失っているのか血のような紅い目をしている。
『・・・アア・・・ニクイ・・・オマエガニクイ・・・』
『・・・シネ・・・ジゴクニオチロ・・・』
『・・・コロス・・・コロシテヤル・・・』
怨嗟の声が次々と聞こえてくる。
「・・・まるで亡者だな」
「そうだ、こいつらは亡者だ」
意識のあるはっきりとした声がすると目の前にいる者たちは左右に分かれて道を作った。
そこから1人の男が歩いてくる。
「久しぶりだな、小僧」
「城から抜け出したとグラントから聞いていたがこんなところにいたとはな」
ベルとリーンの実父にして、国を手中に収めようと画策した男、ギャンザーである。
その目は血のような紅い目をしていたが、ほかの者たちと違い正気を保っていた。
「今日、この場がお前の墓場だ! 小僧!!」
「それは僕に勝ってから言え」
「相変わらず生意気な! これでもくらえ!!」
ギャンザーは剣を抜くとシフトに襲い掛かった。
シフトは【五感操作】を発動してギャンザーの距離感や平衡感覚を狂わす。
ギャンザーは気にせず上段から剣を振り下ろす。
その腕の動きが明らかにおかしい。
まるで何本もあるように見える。
結果的にはギャンザーの攻撃はシフトにかすりもしなかったが、地面にはその衝撃が刻まれる。
ただし、その斬撃は1つだけでなく何十にも地面を傷つけていく。
「ふん! 相変わらず当たらないな」
「そういうあんたは奇妙な力を使うようになったな」
「お前を殺すために手に入れた力だ! 素直に受けるがいい!!」
ギャンザーは袈裟斬りや横薙ぎで攻撃するがシフトには当たらない。
当たらないがその攻撃は一瞬にして何十もの動作を繰り返しているように見えた。
ギャンザーは速度を上げて攻撃を繰り返す。
どの攻撃もシフトに当たらず徒労に終わる。
「これだけ攻撃しても当たらないとはな・・・」
「お前じゃ僕は倒せない。 あきらめろ」
「なら、これならどうだ」
ギャンザーは剣を持ってない反対の手を前に突き出すと【火魔法】を発動し、火球をシフトに向けて放つ。
シフトはそこで驚いた。
1つだけなら明後日の方向に通り過ぎるだけなので気にしないが、ギャンザーは一瞬で20個の火球を同時に放ったのだ。
それも前面に逃げ場がないように火球が飛んでくる。
シフトはすぐに【次元遮断】を発動して外界から隔離した。
結界に火球がぶつかると爆炎が結界を覆う。
火球が1個1個結界にぶつかるたびに炎が爆ぜる。
やがて20個の火球すべてが結界に当たり、しばらくすると炎が霧散した。
ギャンザーは確実に殺したと思ったのか愉悦な顔をしていたが、視界が晴れるとシフトが生きていることに驚愕する。
シフトは結界を解除するとギャンザーの叫び声が聞こえてきた。
「なぜだ! なぜ生きているんだ! あれならば逃げ場なく殺せていたはずだ!!」
シフト1人ならば【次元遮断】を使用せずに簡単に避けられたのにその場で結界を張ったのか?
その答えは後方にあった。
「ご主人様! 大丈夫ですか?!」
そう、シフトは後方からやってきたルマたちを庇うために自ら盾になったのだ。
「ああ、大丈夫だ。 ルマたちは大丈夫だったか?」
「はい、全員怪我はありません。 それよりもご主人様の言う通り尻尾を出しました」
「捕まえた」
「大したことはなかったな」
「ぼくにかかれば余裕だね」
「今は縄で捕縛してありますわ」
どうやら敵意を向けていた者たちを捕まえることに成功したらしい。
「何人いたの?」
「リーダー格の騎士と女騎士2人、それと魔法士の計4人ですわ」
「7人中4人もか? 随分と多いな」
「演技をしてわたしたちを倒そうとしたのだろうな」
「ま、ぼくたちの演技力のほうが上だったけどね」
「ふん! 随分と余裕だな」
ギャンザーが会話に割り込んでくる。
「安心しろ。 今すぐ全員殺してやる」
「父様」
ベルは沈痛な顔でギャンザーに声をかける。
「誰だ? 貴様は? 我の子供はリーンただ1人よ」
ギャンザーはベルのことなど最初から存在しない物言いだ。
これにはルマたちが激怒した。
「あなたはベルがどんな気持ちか考えたことがないの!」
「実の娘をなんだと思っているだ!」
「さすがにその言葉はないんじゃないの?」
「神が許してもわたくしたちが許しませんわ!」
それに対してギャンザーが吠える。
「五月蠅いぞ! 小娘たち! 黙ってろ!」
「なっ?! この・・・」
「みんな、もういい」
「ベル?」
「あれにいくら言っても時間の無駄」
ベルは無表情でルマたちに話しかける。
「ベル・・・」
「ご主人様、あれはベルが倒す」
「いや、みんなには周りの大軍を頼みたい」
「「「「畏まりました、ご主人様」」」」
「・・・畏まりました」
ルマたちはシフトの命令でその場をすぐに離れる。
「ふん! 最後の別れは済んだか?」
「随分と寛大じゃないか」
「王となる我はこれくらいの情けはかけてやらないとな。 もうすぐお前は死ぬんだからな」
「口先だけで実力が伴ってないがな」
「ぐぬぬぬぬぬぅ・・・ほざけえええええぇーーーーーっ!!」
逆上したギャンザーが突進する。
シフトはそれを躱すがギャンザーは振り向きざまに至近距離から【火魔法】を発動し、火球をシフトに向けて放つ。
その数は先ほどと同じ20個でそれらがシフトに襲い掛かるが素早く横に回避する。
「はっはっは、バカめ! 避けたことを後悔しろ!!」
ギャンザーが放った火球はルマたちのほうへと飛んでいったのだ。
シフトの悔しがる顔を見たいがためにギャンザーはわざとシフトとルマたちを直線状になる位置に移動してから【火魔法】を使った。
このままではルマたちに直撃する。
ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!!
ギャンザーが放った火球がルマたちに迫る直前に見えない壁に当たると炎が爆ぜた。
ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!! ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!! ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!! ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!! ・・・
火球が次々に見えない壁に当たり、その度に爆音がシフトとギャンザーを襲う。
しばらくすると爆音が鳴り止む。
視界が晴れるとルマたちは何事もなく行動していた。
「なっ?! バカな?! なぜ無傷なんだ?!」
「ここはもう僕とお前しか立ち入ることはできない空間にしてある」
「何?」
「ここから出るには僕が結界を解除するか死ぬかのどちらかだ」
「外部からの援軍を恐れたか? それとも・・・」
「決まっている・・・てめぇと1対1で戦うためだ!!」
シフトの表情が豹変する。
先ほどはルマたちがいたので我慢していたが、内心激怒していた。
それはベルを容赦なく傷つけたことだ。
如何に実父とは言え、ルマたちと同様に許せなかった。
故にシフトはギャンザーが突進してきた際に【次元遮断】を発動して2人だけになるように外界から隔離したのだ。
そして、シフトが抑えていた殺気がギャンザーに襲い掛かる。
それを真正面から受けたギャンザーは怯んだ。
「な、なんだ? このすさまじい殺気は?」
「覚悟はできてるんだろうなぁ? 人の嫁を殺そうとしたんだ、ただで済むと思うなよ!!」
言うが早いかシフトはギャンザーに向けて走り出す。
ギャンザーが気付いた時にはシフトが右の拳を握って殴る態勢に入っている。
反射的に避けようとする前にギャンザーの左頬を殴った。
「ぐふぇっ!!」
吹っ飛ばされるギャンザー。
結界にぶつかると前のめりに倒れようとするところにシフトが追いつき、そこからは拳の弾幕がギャンザーを打ち付ける。
今のギャンザーにできることは抵抗することなくシフトの拳を只々受け続けることしかできなかった。
身体がぐらついたギャンザーの顎にシフトはアッパーカットを放つ。
「がはぁっ!!」
ギャンザーは見事に宙に舞い、そのまま地面に背中から激突した。
「お、おの・・・れぇ・・・」
ギャンザーはなんとか立ち上がろうと上体を起こそうとするが、それよりも早くシフトは馬乗りになった。
「さて・・・覚悟はいいかな?」
「や・・・やめ・・・」
言葉で抑止する前にシフトはギャンザーの顔を殴った。
殴る、殴る、ひたすら殴る。
殴られる度にギャンザーの顔が変形し、流血が止まらない。
1発拳が入る度にギャンザーの抵抗力も失われていく。
しばらく続いたがある程度殴ると止める。
「あ・・・あ・・・あ・・・がぁ・・・た・・・たす・・・け・・・て・・・」
「ギャンザー、お前を王国に引き渡しても死刑は免れないだろう。 せめてもの情けだ、僕が引導を渡してやる」
シフトは右拳を高らかに上げる。
「ひぃ・・・」
ギャンザーが残った体力を使って両手で顔を庇う。
『役に立たねぇな』
「?!」
その声はギャンザーから聞こえてきた。
シフトはギャンザーから飛び退き間合いを取る。
「な・・・なん・・・だ・・・?」
ギャンザーは不思議そうに自分が発した言葉に疑問を持つ。
『俺がせっかく力を分け与えたのにこんな惨めな姿を晒すとはな』
「お・・・おま・・・えは・・・いっ・・・た・・・い・・・?」
ギャンザーは先ほどから独り言で会話をしている。
『お前はほかの奴よりも使えるから自我を残しといたのに、結局はそんなに変わらなかったな。 こんなことなら最初から全部俺が奪ってやればよかったよ』
ギャンザーは自分の額に手を乗せる。
「い・・・いっ・・・たい・・・な・・・にを?」
『これからお前の精神を破壊して乗っ取る』
「?!」
『なぁに、痛いのは一瞬だけだ。 あとのことは俺に全部任せろ』
「ふ・・・ふざ・・・け・・・るな・・・わ・・・われ・・・を・・・の・・・のっ・・・とる・・・だと?」
『じゃあな、宿主。 短い間だったが楽しかったぜ』
「やめろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!!!!!!」
ギャンザーの手が闇色に染まる。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
ギャンザーが身体を痙攣させながら苦悶に満ちた声で叫ぶ。
永遠に続くかと思いきや突然ギャンザーの声が止む。
ギャンザーの身体が起き上がる。
『ほう、中々に良い身体ではないか』
ギャンザーは・・・いや、ギャンザーだった者は拳を握ったり開いたりして身体を馴染ませるように動かす。
『くっくっく、安心しろよ宿主。 俺がお前の未練を叶えてやろう』
ギャンザーだった者はシフトを見ると不敵に笑うのであった。




