206.先制攻撃 〔無双劇41〕〔※残酷描写有り〕
シフトはベルに話しかける。
「ベル、あの中に『勇者』ライサンダーたちがいるか確認できるか?」
「やってみる」
ベルは【鑑定】を発動するとすぐにそれを止める。
「ご主人様、数が多すぎて無理」
「ああ、やっぱりか・・・」
多分無理だろうなとは予想していたのでそこまで落胆していない。
上空を見るとそこには大量の雲が広がっている。
「みなさん、これから僕が先制攻撃を仕掛けます。 ある程度数を減らしますがここに攻めてきた場合は対処お願いします」
シフトはルマたちや騎士たち、魔法士たちにこれから行動することを伝える。
「ご主人様、お気をつけて」
「ああ、行ってくる」
シフトは魔石に魔力を流すと魔石から光が放たれると同時に【空間転移】を発動して上空の雲があるところまで転移した。
雲の中に移動するとシフトは【空間収納】を発動すると巨大な氷の塊を取り出して空間を閉じる。
その氷の塊の上に乗るとシフトは【念動力】を発動して巨大な氷の塊を大軍の先端部分に移動するように動かした。
巨大な氷の塊はそのまま敵の先端に向けて突進していく。
そして、想定通り大軍の先端部分に直撃し、その場にいた人間も魔物も魔獣もすべてその重力で圧し潰す。
地上に激突したのと同時に凄まじい地揺れと周りへの衝撃波が襲い掛かった。
直撃を免れた敵はその地揺れで動けないところに衝撃波を受けて吹き飛ばされていく。
これでシフトの先制攻撃は終了した・・・かにみえたが、そこから【念動力】で氷の塊を動かして敵にぶつけていった。
氷の塊は敵を次々と轢いていき、当たった者たちは吹っ飛ばされたり放物線を描いたりそのまま圧し潰されたりして数を減らしていく。
人間や魔物や魔獣たちの悲鳴が止まらない。
このまま、敵を殲滅させようと動かしていると目の前から巨大な炎が飛んでくる。
氷全体を溶かすには火力不足だが、足元の地表の部分を溶かすには十分な威力だ。
シフトは【念動力】を解除すると氷の塊が重力を受けて再び落下し、その下にいる敵たちを圧し潰す。
上空からの落下とは異なり氷の塊は止まるまでそのまま直進して次々と敵を轢いていく。
自動車を運転中に急にアクセルを踏んでも止まらないのと同じ原理である。
その威力は凄まじく多くの敵が犠牲となった。
しばらくすると氷の塊が動きを止める。
これにより敵の被害は全体の約4割が死亡、負傷者を含めると5割弱にまで及んだ。
敵はこれを好機とみて氷の塊に火をぶつける。
人間や魔物は【火魔法】で、魔獣は自ら炎を吐いて氷の塊を溶かし始めた。
氷の塊は見る見る溶けていき、直径500メートルあった巨大な氷の塊は今やその1/2にまでに縮小する。
このままいけばやがて氷の塊は溶けてなくなるだろう。
シフトはこれからどうするか考える。
残った氷の塊で再び攻撃するか。
それぞれのメリットとデメリットを考える。
攻撃するメリットは氷の塊が縮小したとはいえ、【念動力】で轢けばその威力が衰えるわけではないこと。
デメリットは氷が縮小した分、範囲が狭まり【念動力】で動かすことで敵に無駄な体力や魔力を消費させられないこと。
シフトは【空間収納】を発動して空間内にある氷の塊を確認する。
そこには大小合わせて300個以上の氷の塊があった。
小さいので1~3メートルくらい、中くらいで10メートルくらい、大きいので100メートルくらい、そして、王国でも披露して今回も使った特大で500メートル級以上のものと様々だ。
ルマが時間を作っては氷の塊を作成してくれている。
空間内にある特大の氷の塊はあれから増えて今は15個だ。
シフトは空間を閉じる。
周りを確認すると氷を溶かす者たちと進行する者たちの二手に分かれて行動していた。
(なら、これは破棄だな)
シフトは上空を見上げると【空間転移】を発動して上空の雲のところまで転移した。
そして、【空間収納】を発動すると2個目の巨大な氷の塊を取り出して空間を閉じる。
地上では今氷の塊を溶かしている者たちが火を使うのをやめた。
それは上空にある2個目の氷の塊を見たからだ。
その氷の塊の上に乗るとシフトは【念動力】を発動して巨大な氷の塊を今度は大軍の末端部分に移動するように動かした。
巨大な氷の塊はそのまま敵の末端に向けて突進していく。
そして、想定通り大軍の末端部分に直撃し、その場にいた者たちが圧し潰されていく。
地上に激突すると本日2度目の地揺れと衝撃波が敵を襲った。
地揺れと衝撃波の影響により敵の後方が瓦解する。
さらに追い打ちをかけるようにシフトは【念動力】で氷の塊を動かして敵にぶつけていった。
先ほどのが直線状であれば今度は螺旋状に動かし始める。
これにより外周にいた敵も次々と氷の塊に轢かれていく。
外側から段々と内側に移動してくる氷の塊だが、中央部分では円柱のように炎の壁を展開する。
地表の部分の氷を溶かしながら切り抜けようとしているのだろう。
シフトは【念動力】で中央から少しずれたところで氷の塊を止める。
攻撃を開始してからわずか10分。
現在の敵の被害は全体の約8割が死亡、負傷者を含めると9割弱にまで及んだ。
それでもまだ1万以上残っている。
シフトは中央に残された者たちは相当な手練れと判断した。
ガイアール王国 王都スターリイン 王城・中庭
シフトが大軍に先制攻撃を仕掛けてほぼ壊滅させてから15分後の未来の出来事。
王城内にある中庭に1人の魔導師がいる。
彼は国王の命令で1日1回北東を調べるように言われた風の精霊を使役する魔導師だ。
風の精霊が戻ってきた。
『ただいま戻りました、召喚主』
『ご苦労様、状況を教えてほしい』
『大軍が何かと戦闘というよりは一方的な虐殺にあっています』
『何?! どういうことだ?』
『今、情報を送ります』
風の精霊の1柱がクーリアの額に触れる。
『・・・これは?! なんだ?! いったい何が起きている?!』
巨大な氷の塊が大軍を次々と倒していく。
そして、氷の塊の上には少年が乗っている。
『・・・これはシフトというあの少年か?! この氷の塊はたしか?!』
魔導師は4ヵ月前のことを思い出す。
ここ王都で起きたあの悪夢のような出来事を。
そして、会議で国王陛下が仰ったことを。
『初撃にあれを使えば問題なかろう?』
あれとはつまり巨大な氷の塊を指していたのだ。
(国王陛下が自信満々に仰っていたのはこれのことだったのか・・・)
もし、これが自分に振ってきたらと考えると魔導師はその場で身震いする。
『わかりました。 情報ありがとうございます』
『それじゃ、僕らは帰るよ』
魔導師に別れを告げると精霊がその場から消える。
それと同時にその場に後ろから声がかけられた。
「どうした? 何かあったのか?」
驚いて後ろを振り向くとそこには国王陛下とそれを守る護衛がいた。
魔導師はその場で膝を突く。
「?! こ、これは国王陛下、こんなところまでご足労とは何か問題でも?」
「いや、いつもなら定時連絡の報告を受けているのに中々姿を見せなくてな。 気になって様子を見に来たのだが・・・」
「はっ! 実は大軍に動きがありまして、今し方情報を受け取ったばかりでございます」
「そうだったのか? 邪魔をしたようですまないのぅ」
「いえ、報告が遅くなり申し訳ございません」
「其方には余が与えた重要な任務を遂行しておるのだ。 多少の遅れであれば問題ない。 して、その様子から何か動きがあったようじゃのぅ」
国王陛下が報告について催促する。
「はっ! 実は大軍に対して巨大な氷の塊が2つ落とされました。 そのあと、多くの者たちが氷の塊の犠牲になった模様です」
「そうか・・・シフトが動いたか・・・」
国王陛下が難しい顔をしている。
「それにしてもシフトめ、あれを使ってないのに馬車であの距離をどうやって移動したんじゃ? まったく・・・彼奴は相も変わらず規格外なことをするのぅ」
愚痴を言っているのに国王陛下はどこか面白そうに見て取れた。
ガイアール王国の極東モオウォーク辺境伯領 首都モウス 領主の館・中庭
グラントが魔法師から報告を受けていた同時刻、クーリアも風の精霊を使役して北の大軍を確認していた。
『ただいま戻りました、召喚主』
『お帰りなさい、それでどうでした』
『大軍が何かと戦っているというよりは一方的に倒されてるよ』
『すごいよね』
『本当だね』
『えっ?! どういうこと?』
『今、情報を送るよ』
風の精霊の1柱が私の額に触れる。
『・・・これは?! いったい何が起きているの?!』
巨大な氷の塊が大軍を次々と倒していく。
そして、氷の塊の上にはシフトが乗っている。
『・・・これはシフト殿?! あの巨大な氷の塊は何なの?!』
私は会議での国王陛下の言葉を思い出す。
『初撃にあれを使えば問題なかろう?』
あれとはつまり巨大な氷の塊を指している。
(国王陛下が自信満々に仰っていたのはこれだったのですね・・・)
私は今受け取った出来事に混乱していた。
『わかりました。 ありがとうございます』
『それじゃ、僕らは帰るよ』
私に別れを告げると精霊がその場から消える。
受け取った情報を整理していると前からギューベ様がこちらに歩いてくる。
「クーリア、北の大軍はどうなっていますか?」
「ギューベ様、実は・・・」
私は今し方起きたことをギューベ様に話す。
「・・・という訳です」
ギューベ様は眉間に手を当てると自分の考えを話し始める。
「なるほど、わかりました。 それにしても彼は規格外ですね。 陛下が欲しがる訳です」
私は王城に泊まった時の国王陛下の食いつきを思い出す。
「たしかに国王陛下が1個人をあそこまで優遇するとは思いませんでした」
私の言葉にギューベ様は頷く。
「あの魔動車といい、今回の戦いに使用した氷の塊といい、彼にしかないモノばかりです。 陛下だけでなく彼の実力の一端を知る者なら喉から手が出るほど欲するでしょう」
「ギューベ様?」
「ああ、すみません。 クーリアが悪いわけではないのですが彼が部下にいたらと思いましてね」
ギューベ様は私に頭を下げる。
「ギューベ様、頭を上げてください。 私は気にしておりませんので」
ギューベ様は頭を上げると今後のことを話し出す。
「クーリア、落ち着いたらもう1度北の大軍を確認してください。 といってもこの調子では大軍が殲滅している可能性があるかもしれません」
「畏まりました、ギューベ様」
私は一礼すると休憩するためにその場を離れたのだった。




