198.王国へと戻ってきた
シフトたちが元の場所に転送されるとすでに太陽は沈み、空は星の光以外は真っ暗である。
「せっかくライサンダーたちの居場所がわかったのに・・・」
こんな暗い中では下手に移動できない。
もどかしい気持ちになっているとルマが話しかけてくる。
「ご主人様、落ち着いてください。 焦っても良い結果は得られません」
「・・・そうだな、すまない。 見苦しいところを見せた」
「いえ、それより今日はここで1泊して明日の朝移動しましょう」
「そうしよう、それよりも食事にしようか。 ベル、料理を頼んでもいいか?」
「任された」
シフトたちはその日は風の精霊のいる島で1夜を過ごした。
翌日───
天候は晴れで微風と魔動車で移動するのに最適だ。
朝食を終えたシフトたちはまずは魔動車の点検から始める。
魔石に軽く魔力を流すと問題なく発動した。
前回は風の精霊の横槍により制御不能に陥ったが、今は邪魔することなく自分たちでコントロールできる。
出発の準備はできた。
「そろそろ出発するけど、みんな準備はいいか?」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
「それじゃ、ガイアール王国に向けて出発する」
ユールが前面の鉄のパネルに魔力を流して運転席の正面に風の障壁を展開する。
それを確認したシフトは後部座席にある浮力と加速の鉄のパネルに魔力を流した。
魔動車は前方に急加速しながら少しずつ空に浮いていく。
シフトたちは風の精霊がいる島から脱出する。
まずは公国を目指すべく西北西に向けて出発した。
8時間後───
太陽も西に傾き空が赤く染まり始めた頃、双眼鏡を覗いていたベルとフェイが声を上げる。
「あ、すごく遠くに陸が見えた」
「ご主人様、大陸がぼんやりと見えてきたよ」
「やっとか・・・」
そこは公国の中でも最も海に近い貴族の都市だった場所。
以前、アクアル誘拐事件で海域を広げようと海人が陸地を削られて今もそのままの状態だ。
海のど真ん中には唯一水没していない城だけが残っている。
「ベル、フェイ、どんな感じだ?」
「まだ、陸地には程遠い」
「このまま現状維持だね」
「了解。 ベル、フェイ、何かあればすぐに報告しろ」
「「はい、ご主人様」」
それから3分と経たないうちにシフトたちの視界には公国が見えてきた。
シフトは後方への魔力供給を少しずつ減らしていき、速度を落としていく。
また、床への魔力を少しずつ減らしていき、高度も時間をかけてゆっくりと少しずつ下げていく。
ベルとフェイは陸地を見て着陸に適した場所を探す。
公国の領域に突入した時にはすでに時速は100キロを切り、高度も僅か50メートルのところまで下降していた。
「ご主人様、そのまままっすぐ」
「このまま平原に着陸だね」
「わかった」
シフトは後方への魔力供給は既に絶っているので、あとは高度をゆっくり下げていくだけだ。
5分後にはシフトたちは無事に公国の平原に無事着陸する。
「ふぅ、無事に着いたな」
ルマたちは着陸と同時に平原に立つと連れだって離れる。
8時間もの間、ずっと我慢していたのだから仕方ない。
シフトはその間に【空間収納】を発動して魔動車をしまい、代わりに食器や食材に調理器具を出すと空間を閉じた。
食事の準備をしているとルマたちが戻ってくる。
「ご主人様、手伝います」
「料理は任せる」
皆で協力したことで料理が早めに完成する。
因みに今日の料理は肉がゴロゴロ入って香辛料が効いたスープとパン、それにデザートは葡萄だ。
食事をしているとローザが声をかけてくる。
「ご主人様、明日はどうするんだい?」
「予定では明日も魔動車を使って王国へ移動する予定だ」
「前回は公国から皇国への移動時間は約4時間ほどでしたわ」
「公国から王国までは6~8時間くらいと見るべきですね」
「やはりそのくらいかかってしまうか・・・」
ローザは暗い顔をする。
慣れてきたとはいえ、未だに飛行については不慣れだ。
ローザの気持ちを考えれば、ここは無理せずに陸路を行くべきだろう。
だが、シフトとしてはライサンダーたちに復讐する機会である。
これを逃せばまたどこかに逃げられる可能性が高いからだ。
どうするか考えているとローザが謝ってきた。
「申し訳ございません、ご主人様の宿願を果たすまたとない機会にわたしが足手まといな発言をして」
「いや、僕のほうこそローザに無理強いをさせたくない」
ローザは少し考えこむと覚悟を決めてシフトを見る。
「・・・ご主人様、わたしは大丈夫です。 明日も魔動車で空路を行きましょう」
「いいのか?」
「はい」
「それならば明日も空路を使って王国まで飛んでいく」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトたちは食事を済ますと明日に備えて早めに就寝する。
念のため【次元遮断】で外界から隔離しておいたので、盗賊とかに襲われても問題ない。
翌日───
今日も爽やかな天気である。
朝食を済ますとシフトは空間を開き、食器や調理器具をしまい、代わりに魔動車を取り出すと閉じる。
ルマたちの準備ができるとシフトは結界を解いて西にある王国に向けて出発した。
快適な空の旅。
盗賊を始めとして魔物や魔獣など邪魔が入らなくて助かる。
1時間としないうちに公国を抜けるとそのまま西に進んでいく。
5時間を過ぎた頃、正面に帝国、右に皇国、左にドワーフの国が見えてくる。
帝国の先には広大な森が広がっていた。
シフトたちの魔動車は森の上を通過していった。
それから30分くらいして、もうすぐ森を抜ける時だ。
突然、双眼鏡で右側を見ていたフェイが叫ぶ。
「ご主人様! 右のほうに大軍を発見したよ!」
「本当か?!」
「うん、距離としては王都までものすごくあるけど、間違いないよ」
「わかった! ベル! フェイ! 前方に着陸できそうな陸地を探してくれ」
「「畏まりました、ご主人様」」
シフトは後方への魔力供給を断ち、あとは魔石に残っている魔力に任せる。
また、床への魔力も少しずつ減らしていき、高度もゆっくりと下げていく。
15分後、ついに森を抜けてシフトたちは王国へと戻ってきた。
後方の魔石の魔力も残り少しで、高度も30~40メートルほどを維持している。
「ご主人様、そのまま草原に着陸する」
「ここら辺で着陸しないと大変なことになるよ」
「わかった!」
シフトは床への魔力をさらに減らしていき着陸する。
無事、着陸するとシフトはフェイから双眼鏡を借りると急いで魔動車を降りて周りを確認した。
辺り一面草原だけで現在地がわからない。
シフトは上空にある雲を見つけると【空間転移】で雲の位置まで転移する。
北を見ればフェイの言う通り遥か遠方に大軍が見えた。
(あれか! ついに見つけたぞ、ライサンダー!!)
大軍を確認したシフトだが、現在地も確認することを忘れない。
魔動車がある位置から少し東北東には大都市が、ほんの少し西北西には町が見える。
距離は町のほうが近かった。
(とりあえず、あの町を目指すか)
シフトは魔動車を見ると転移して戻る。
「ただいま」
魔動車の前にはルマたちが待っていた。
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」
「今、上空から確認したんだけど、フェイの言う通りここから遥か北に大軍が見えた。 おそらく『勇者』ライサンダーたちで間違いないだろう」
「それではこれから北へ向かうのですか?」
ルマが質問するとシフトは空を見上げる。
太陽が南よりも僅かに西に傾いていたので首を横に振った。
「そうしたいが、太陽が傾き始めている。 今急ぐのは得策ではない。 これから西北西にある町に行って2~3泊する予定だ」
「ここまで長旅でしたからね」
「久しぶりの町」
「英気を養わないとな」
「美味しいもの食べるぞ」
「久しぶりにベッドで寝れますわ」
町で泊まると聞いたルマたちが嬉しそうな顔をする。
それはそうだろう、最後にゆっくりできたのはイーウィムの館だ。
それ以降は無人島から始まり、水の海底神殿、死の大地、火の塔、巨人たちの島、土の神殿、風の島とこの1ヵ月は碌な場所にいなかった。
そう考えればルマたちとしては町の宿屋でゆっくりと羽を伸ばせるのはありがたいことだろう。
シフトは空間を開き、魔動車をしまうと閉じる。
「ははは・・・それじゃ、暗くなる前に町に行きますか」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
「太陽はまだ上空にあるけど、ここからだと結構距離があるから走らないと門が閉じられる可能性がある。 急ごう」
「それなら私に任せてください」
「こういう時こそぼくの出番だね」
ルマとフェイが前に出ると2人は頷き合い【風魔法】でシフトたちの敏捷度を底上げした。
「ルマ、フェイ、ありがとう。 町を目指して出発だ」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトを先頭にルマたちがそれに続くように走っていく。
ルマたちのことを考慮して速度は極力抑えているが、それでもシフトの速度はルマたちを凌駕している。
途中【風魔法】の効果が切れる度にルマとフェイがかけ直し、ユールが体力を回復させていた。
町に辿り着く頃には太陽が地平線へと沈み始めていたが、閉門まではまだまだ時間に余裕がある。
「何とか町まで辿り着けたな、大丈夫か?」
「は、はい」
「く、苦しい」
「な、なんとか」
「つ、疲れた」
「も、もう無理ですわ」
ルマたちは深呼吸をして息を徐々に整えていく。
上空から見た町までの距離は大したことないと思っていたが、ここまでかなりの距離があった。
距離感を間違えたのはシフトの完全なミスだ。
ルマたちに悪いことをした。
「えっと、すまない」
「い、いえ、私たちのことを考えているのですから当然です」
「今日はみんな頑張ったし、この町で一番の宿屋に泊まって美味しい食事を堪能しよう」
それを聞いてルマたちに笑顔が戻り、早速何を食べようか話し合っている。
入町までしばらく待っているとシフトたちに順番が回ってきた。
「ようこそ、ミルバークの町へ」
若い衛兵の言葉にシフトたちは驚いた。




